出会い
_____相変わらず煩い街だ。
耳を裂くような機械音に自身の両耳を塞ぐ少年。
「よう、露綺!」
不意に後ろから声をかけられ、面倒臭そうに振り返る。
「…何?」
「ひゃー、つれないねぇ。そんなんじゃ女にモテねぇぞ」
「要件はそれだけか?なら話しかけんな、時間の無駄だ…」
露綺と呼ばれた少年は不機嫌に答える。
「まあ待てよ。面白い話を持ってきてるんだ」
そう言うと、男は露綺の肩に腕を回しコソリと耳打ちする。
「何でもな、今日開かれる闇市で希少価値なものが拝めるらしい」
「希少価値?」
回された腕を軽く払いのけ怪訝そうに返す。
「もっと詳しい情報はねぇの?それだけじゃ興味が湧かねぇ…」
露綺の言葉に「やれやれ」と頭を振ると、男は彼の胸に人差し指を突き付けニヤリと笑う。
「今回の目玉は、……お前の好きな妖精関連の代物だとよ」
「妖精関連?…つまり、妖精が売られるって事か?」
「そこから先の事は自分の目で確かめてくるんだな」
「……チッ…」
男に見られないよう後ろを向き、小さく舌打ちをする露綺。
そして何事もなかったかのように、ニコリと男に微笑みかけた。
「わかった、サンキューな。またなんか面白い話があったら声かけてくれよ」
男に軽く手を振り、露綺は人混みの中に入って行った____。
大通りを歩きながら露綺は先程の話を思い出していた。
「妖精が好き、か…」
露綺の小さな呟きは大通りを吹き抜ける風により掻き消される。
「このクソガキがっ!!」
突如、何店か先にある果物屋で怒声が響き渡った。
「俺様の店で盗みを働こうなんて、…いい度胸じゃねぇか、ああ゛!!」
側にいた客や通行人は遠巻きに二人の様子を窺っている。
周りの野次馬を掻き分け、果物屋の前まで辿り着いた露綺。
「おーおー!中々威勢がいいじゃねぇか!!」
店の前では掴まれた腕を必死に振り払おうとする子供と、その反応を馬鹿にしながら笑う店主の姿があった。
「金がねぇなら雇ってやっても構わねぇぞ?俺様の手足となって働くんだな!!丁度小間使いが欲しいと思ってたんだよ」
男は下品な笑いを響かせる。
「……その果物いくら?」
「んぁ?」
一通りのやり取りを見ていた露綺は、顎で果物を差しながら店主に尋ねた。
「お前、このガキの連れか?」
「そ、兄弟なんだよ。良かった、見つかって…」
店主に向かいニコリと笑んだ後、露綺は自分より小さな手を掴み店主から遠ざける。
「で、いくら?」
「…ぁあ、えっと、50フェルだ」
「じゃあ、これ…」
そう言って、店主に銅貨五枚を手渡す露綺。
そして握っていた手を軽く引くと、店主の「待て!」という声も聞かず、人混みの中を走り抜けて行った。
______細い路地まで来た二人は、お互い向き合うように壁へも垂れ込んだ。
辺りの様子を窺い誰もいないことを確認すると、地面へと腰を下ろす。
そして、先ほど助けた子供へと話しかける。
「で、お前なんで盗みなんか、……っ…!」
聞きかけた言葉は、急に吹いた突風により途切れてしまう。
子供が身に付けていたマントが、その強い風により上空へと攫われる。
そして露わになった子供の姿をみて、露綺は呆然とする。
「…お前……女?」
宝石の輝きを思わす瑠璃色の瞳に、腰当たりまで伸びた蜂蜜色の髪。
緩やかなウェーブがかかったその髪は、微弱な風によりフワフワと踊らされている。
二人の間に数秒間の沈黙が流れた____。
不意に、少女が懐から何かを取り出した。
「…オカリナ?」
露綺は不思議そうに彼女とオカリナを見つめる。
少女は軽く息を吸い込む。
そして、ゆっくりとオカリナを奏で始めた。
澄みきった音が空気を震わし、露綺の耳へとその音色を届ける。
露綺はその洗練された音色に耳を傾け瞳を閉じた。
____どのくらいの時間が過ぎたのだろう。
気が付けば辺りは暗闇に包まれていて、少女の姿は何処にもなかった。
横には半分に割られた果物が転がっている。それを手に取り、面白くなさそうに呟く露綺。
「助けた礼って奴か…。っつーか、あの女何者だよ……」
そう言って星の瞬く空を仰げば、タイミング良く闇市の始まりを告げる鐘が鳴り響いた。
顔が見えないように黒いフードを被った露綺は、闇市が開かれると聞いた4番街へと足を走らせるのだった。