第一章 (1) プロローグと日常
週末の放課後を、ビーチでのんびり過ごしていた。ふと目が覚め空を見上げると、もう月が昇り始めている。綺麗な満月だ。
どうやらハンモックに揺られながらうたた寝をしてしまっていたらしい。
地面に無造作に置かれたリュックを拾い上げ、底に付いた砂を払い、学生寮まで歩く。
数分、寮が見えてきたところで、後ろからいつもの低い声が聞こえた。
「よう、元気無いんじゃねーの?」
「一人でテンション高くても気持ち悪いだろ」
こいつはクラスメイトのブラディ。寮の近所に住んでいて、今年で3年目になる中学校生活、ずっと同じクラスで授業を受けている。所謂、腐れ縁。
「海行くか」
唐突にブラディが言う。
「今から!? もうすぐ暗くなるし行かね」
「連れねーな。寮に篭ってても身長伸びないぞ」
いや、それ人が気にしてるとこ。
「お前みたいになりたい訳じゃないし、さっきまで海にいたしね。つーか身長は関係無くね?」
「負け惜しみは止めたまえ」
くそっ……話が通じねえ。
「世界が変わるぞ、180cm」
いつのまに大台突破!? これがブラックアメリカンの血ってやつなのか……羨ましい。
「わかったから。明日休みだし朝から海行こう、それで良いな?」
「ニカッ」
返事の代わりに親指を立ててウィンクしてきた。ムカついたから蹴ってみた。
「んじゃ明日な。起こせよー」
「回し蹴りにはノーコメントかよ。また明日」
クーラーの効いた部屋で快適な一日を過ごす予定だったのに。一人で呟きつつ、また歩き出す。
寮につくと、共同ポストに自分宛ての手紙が届いていた。リュックにしまうと、そのまま食堂へ向かう。
――夕飯を食べ終わり、部屋に戻る。青と緑のモノで統一しているので、いつ帰ってもやはり気分が落ち着く。
亀さん柄のベッドに横たわり、ケータイを弄り始める。日本にいる母親からメールが届いていた。
読もうと開いた直後、タイミングを見計らったかのように、
バタンッ。
という音が響く。同時に勢いよくドアが開いた。誰が来たのかは考えるまでも無い。
「やっほーー!」
いつも通りのテンション。
「帰ってくんの遅かったじゃんかー」
「ん、海行ってた。ハンモックで横になってたら、寝ちゃってたらしい。それよりノックくらいしろよ」
「ごめん、ごめん。あらあら、変な動画でもみてたのかな?」
こいつは寮の隣の部屋に住んでるレオン。クラスは違うが、こいつもなんだかんだ一緒にいることが多い。今は俺の手元にあるケータイを見てニヤニヤしている。そういう奴。
そうだった。画面を再度見る。
(元気でやっていますか。お母さんもお父さんも心配してます。たまには連絡しなさいね)
「またママからメール? なんだって?」
「毎回毎回、似たような文章だわ。つまんね」
「心配してる、みたいな」
「そんな感じ。あ、そうだ。明日ブラディと海行くことになったけど、お前も行く?」
「あしたね。うん、予定なんてないし、いくいくー」
「朝からだから、起きたら適当に教えて」
「わかった。そうと決まったらさっそく準備しないと」
振り返って部屋を出ようとするレオン。
「準備なんているか?」
「もう3年にもなるし、女の子の一人でも捕まえれなきゃね。作戦をたてるのさーふふふ……」
「……そうか。頑張れよ」
「うん! じゃーまたあしたっ」
「おーう」
バタンッ。
ドアが閉まる音と共に、部屋に静けさが戻る。
ベッドに仰向けになり、さっきのメールを頭の中で反芻する。
心配してます……か、良く言えたもんだよな。親の勝手で日本から追い出したくせに。父親にいたっては、こっちに来てから一度も連絡を取っていない。もう2年以上経つってのに。
「あいつ、元気にしてるかな」
一人の少女の顔を思い出す。
「そうだ、手紙……」
起き上がろうとすると、また睡魔が襲ってきた。おいおい、いったい何時間寝かせる気だよ。
抗う事は叶わず、そのまま眠りに就いた。