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渦巻迷宮  作者: 平 啓
1/3

1.渦巻き王子

「急募 王子の花嫁

 年齢 二十五歳前後

 資格 とくになし。ただし太股裏に渦巻きのアザがあること。

 待遇 王太子妃として衣食住の全額保証

 その他 委細面談

 応募 履歴書を持参の上、当口入れ屋にお申し出ください。後日面接日時をお知らせします。」


 ノックもそこそこに、執事長と護衛長が王子の私室へ入ってきた。二人でも足音が一人分なのは、双子故のシンクロ率だ。籐椅子にのびている王子の側までくるとぴたりと止まり、執事長が手にした書類を差し出した。

「殿下、これが口入れ屋からの本日の報告です」

 ああ、だか、うう、だか、唸りをあげながら、それまで天井を見上げていた金髪巻き毛の頭が持ち上がる。ゆるゆる差し出された手に幾枚かの書類が渡され、眠そうな海色の瞳がしばたいて紙面を追った。

「うーん、いないなあ」

 間延びした口調で王子は溜息をついた。

「すぐ見つかると思ったんだけどなあ」

「殿下が変な条件をつけるからです。年上なのはよろしいでしょう。しかし太股はいけません。完全にどん引きものです」

 無遠慮な護衛長と同じ執事長の黒い瞳も、容赦なく王子を責め立てる。

「太股好きなどと風評が立てば、王家の名折れもいいところです。ただでさえ国民にはなんと呼ばれているか、殿下はご存じですか」

「ああもう、いくら幼馴染みとは言え、私は王子でお前達は家来だぞ。もうすこし畏まったらどうだい」

 王子が口を尖らすと、執事長が薄い笑みを目元に浮かべた。

「こんな部屋で、畏まれと言う方が無理というものですが」

 初めてここを訪れた者は、決まって気分が悪くなる。なぜなら壁に掛かる絵画を筆頭に、壁や床、天井、カーテン、ソファ、小卓、マットなどの調度品、果ては観葉植物に至るまで、アルキメデス螺旋、フェルマー螺旋、対数螺旋など、あらゆる渦巻きで埋め尽くされているからだ。一日二回渦潮が臨まれる窓に加え、頭上では極めつけの天井扇が呑気に回転して、羽に描かれた白と青の渦巻きの筋が中心へ吸い込まれている。

 もっさりしたその動きに舌打ちし、護衛長が首を振りながらつぶやいた。

「――渦巻き王子」

 王子の本名よりも広く知れ渡った呼び名は、愛着や失笑と共に人々の口に上っている。

「知っているさ、そのくらい」

 ぼそぼそ返事をしつつ、王子は籐椅子から立ち上がった。すらりとした高い背と均整のとれた身体つきは様相の良い顔も相まって、このへんてこりんな嗜好さえなければ、いずこの王子に勝るのにと家来達のガッカリ感は相当深い。けれど民草がどのように呼ぼうが、当の本人はさして気にしていないようで、現に今も、窓外の蒼海に現れ始めた大渦をうっとりと見下ろしていた。

 先日、王子の父親の老王が倒れた。王宮は一時騒然となったが、単なる暑気あたりと分かって、今は大分に落ち着いている。しかし、自分の健康に自信をなくした王は、この先長くはないからと、早いところ結婚するよう王子に迫ったのだ。涙ながらの訴えに心打たれて、王子はすぐさま王宮専門の口入れ屋に直行し、先の募集をかけたという案配である。

「とにかく殿下。あと数日で口入れ屋の契約期限ですが、それを過ぎましたら、私どもに一任くださるということでよろしいですね」

「腕によりをかけて良縁をまとめて差し上げます。ええ、間違っても殿下の評判をこれ以上落とすことはいたしません」

 背後からステレオでかかる声に、王子は再度唇を尖らせた。子どもの頃はいざ知らず、成年になっても当時の年齢差による力関係がそのままというのは、いささか憮然とならざるを得ない。確かに王宮を運営していく上で彼らの協力は欠かせないし、未来の王太子妃となれば国への影響も強いので、その意向は無視できないだろう。

 けれど王子にしてみても一生の問題なのだ。多少の条件を付けたってバチは当たらないと言いかけたところで、窓外から鐘の音が鳴り響いた。

「宣託のお時間です。ご用意を」

 四つの踵がかちりと鳴って、黒い長髪を後ろで束ねた二つの頭が同じ角度で下げられた。


 その天井の高い部屋も渦巻きで満ちていたが、皆同じ形のところが王子の私室と異なっていた。この渦巻き模様は王家の紋章である。ここは王家の秘式を行う聖なる場所として、長い歴史の昔から使われてきており、すり減った石床や黒光りする木柱がそれを物語っていた。

 からころと音が響く。ひらひらした長衣を纏った王子が、壁に大きな渦巻き紋章のある上座に進み出た。衣は青と白の幅広ストライプ柄で、動く度に現れる渦は聖なる流れとして直視を禁じられているため、側近の執事長と護衛長は畏まって視線を反らせている。

 決して王子の足元が珍奇なためではない。

 からころと音を立てる見慣れない履き物は、恐れ多くも王家の永に渡る家宝なのだから。

 が、とある国民がそれを見たならば、こう言うだろう。

――あ、下駄だ。

「本日は国内向こう一ヶ月の予報からでございます」

 執事長の言葉に王子は無言でうなずき、大きく深呼吸をした。目を閉じしばし瞑想した後、足下が強く床を打って高らかに鳴る。長衣の裾に大渦が現れたかと思うと片足が振り上げられ、履き物がすぽーんと空中に飛び出した。王子と付き人達六つの目の見守る中、放物線を描いて石床に落ち、からころと複雑に回転して止まった。

「月初めは天気がよいが、半ば当たりから時折突風やにわか雨で荒れることがあるだろう。月末は時々雨もあるが落ち着くようだ」

 王子の言葉を執事長が丁寧に書き留める間に、護衛長が転がった履き物を膝を突いて拾い上げ、両手で恭しく王子に差し出した。

 王子の国は小国だが、近辺では一目置かれた存在である。その理由は、王家に伝わる外れることのない天気予報の宣託だ。天気を制する者は世界を制す、とは古の偉人が言ったとか言わないとか。さすがに思い通りにはできないが、前もって知っておくことのメリットは非常に大きく、明日の遠足の準備が無駄にならないのを始めとして、農業ではその年の天気にあった作物を作れるし、災害へも余裕をもって備えることができる。土地の痩せた小さな島国が、なんとか成り立っているのもこのお陰なのだ。おまけに周辺の国々へも有料の宣託を行っているので、外貨もそれなり稼げたりしている。

「最後は、大島国の申し出ですが……これは、ちょっと止めた方がよろしいかと」

 国内の概況、各団体、個人を経て、周辺国からの依頼を一通り終えたところで、執事長が首を振る。王子は額の汗を拭いながら眉をひそめた。

「また怪しげなのか」

「一見漁業関係のように見えますが場所が局地的で、どうも軍事的な臭いがします」

 片割れの紙面を覗いた護衛長が、表情を険しくした。

「大島国には、我が国の天気宣託の秘密を盗もうとした前歴が多くありますから、油断はなりません」

「桁外れな報酬は魅力的ですが、今の国庫より未来の安全です」

 傍若無人ながら信頼のおける二人の意見はもっともなので、王子はうんと頷き、足下の履き物を脱いで手に持った。

「でも秘密の正体を知ったら、どう思うかな」


 渦巻きは死と再生、その循環の象徴である。また天気を左右する大気の動きもこれによっており、川や海で激しく流れが渦巻く様は力の象徴でもあって、王家の紋章としてまことにふさわしい。王子の渦巻き好きをこれらと結びつけ、親近者はなんとか自身を納得させようとするが、イメージとずれまくる王子の現実は、それをことごとく否定する。

 今日とて籐椅子にひっくり返り、真上の天井扇の回転を見上げる表情は、神秘性とか力強さとはほど遠い長閑さだ。

「なあ、どっちだと思う」

 側のテーブルに飲み物を置いた執事長へ問いがかけられる。王子はおもむろに片腕を上げて天井を指さし、くるくると回した。

「あれは、青い筋が吸い込まれているのかな。それとも白い筋が吸い込まれているのかしらん」

 執事長は頭上を見上げると、胡散臭い目つきで天井扇の回転を追った。

「さあ、どちらでもいいように思いますが」

「うーん、そうなんだが、一旦目についたら気になっちゃってさ。青かなあ白かなあ、うーん、分からないなあ」

 突然扉が乱暴に開けられる。物音の凄さに王子と執事長が顔を向けると、頬を上気させた護衛長があわあわと両手を振りながら駆け込んできた。

「おい、いくら馴染みでも王子に失礼だぞ。少しは身分を立ててやったらどうなんだ」

 執事長が双子の片割れに向けた注意も結構失礼だと王子は思ったが、興奮する護衛長の口からでた言葉は、それらすべてを忘れさせた。

「き、きき、き、きました。ふふ、ふ、太股渦付きです」

 募集最終日、ついに王子の条件をクリアする候補者が現れたのである。

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