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4.ヒッチハイクは結構賭けだよね

4.ヒッチハイクは結構賭けだよね


自動販売機の傍らで、作戦会議をする謎の二人組。

はい、あたしとイノリです。


イノリの持っていた近隣周辺の地図を覗き込みながら、作戦部隊の参謀であるあたしは指先で小さな円を書いた。


「うーん、じゃあ隣の市の、この辺りだね。イノリの通っていた小学校は」

「たぶん……」


目的地はイノリが母と義父と一緒に住んでいたアパートだ。

小学1年生の記憶力ではおおざっぱな住所しか分からず、しかも目安にすべき地図というのがこれまた雑。

主要道路しか書いてないのだ。いや、無いよりはマシだけどさー。

ということで、まずはイノリの通っていた小学校を見つけ(校名は分かってるので、探しやすいはず)、登校ルートを辿ってアパートへ向かう、という作戦にした。


と言うのも、詳しく訊けば、義父はイノリを実父の家へ連れて行き、「元気でな」と言い残して去ったのらしい。

それから先の消息は、実父が教えてくれないので分からないとのこと。


なので、まずは以前住んでいたアパートへ。

引っ越してなければ、捜索は早く済むはずだ。


「少し距離はあるとはいえ隣だし、歩いて行くね。平気?」

「うん。がんばる」


イノリの所持金は、6千円。

お年玉やお小遣いをこつこつ貯めたものだという。

そんな大事なお金をおいそれと使えない。


歩いていける距離なら、歩いて行くべきだ。


あたしも新札でよければ同額以上はあるんだけどねー……。

何の役にも立たないなんて、切ない。

つーか、いつ紙幣はリニューアルされたの?

誰か教えてー。もやもやするのー。


「よし、行くか」


作戦室ベンチを立ち、あたしたちはこそこそと駅を後にした。

カバに会うといけないからね。

早くここを離れなくては。


駅横に併設されているバスターミナルを抜け、駅前通りを歩く。

さっき来た道を逆戻りだ。


「イノリさあ、何で駅に向かってたの?」

「遠くに行くときは電車に乗るんだよって母さんが言ってたから」

「あーなるほど」


てけてけ歩いていると、あたしがイノリと出会った場所についた。

今、元の時代に戻ったらこの子を置き去りにしてしまう。

それはよくない。


なんとなく、自分が立っていた場所を避けながら通り過ぎた。


「どうしたの? ミャオ」

「なんでもない。で、イノリさあ、どうやって本当の父ちゃんの家を出てきたの?」

「近くの公園でおとしよりがラジオ体操してるんだ。それにまじって体操してきますって言った。このリュックは前の日にマンションの垣根の中にかくしてたんだ」


知能犯じゃのう、おぬし。

イノリは仮面ラ●ダーなんとか(よくわかんない。女の子はヒーロー物に疎い生き物なのだ)のリュックサックを背負っている。

パンパンに膨れているのだが、中身はお菓子と下着だ。もう確認済み。

小遣いといい、荷物準備といい、行動的だわ、ホント。

あたしはこのころは鼻水垂らして遊んでた記憶しかないのにな。


てくてく。

てくてく。


どれくらい歩いたんだろう。

まだ隣の市にも入ってないのはかろうじて分かるんだけど、いまいち自分のいる位置が把握できない。

9年ってこんなにも景色を変えるものなんだろうか。

浦島太郎気分だわ。あたしの場合、時代を逆行してるんだけどね。


つーか、荷物重たい。

バッグの紐が肩に食い込んでるんだよね、さっきから。


あたしの荷物は、衣服や食品などを詰めた旅行用バッグと、しおりやおやつ、今は使えないケータイや財布などを入れたメッセンジャーバッグだ。

うーん、これから歩く距離を考えたらこの旅行用バッグが邪魔なんだよなあ。

きょろきょろと辺りを見回すと、前方にあるバス停の横に、コインロッカーがあるのを見つけた。


「イノリ、ストップ」

「え?」

「この荷物、邪魔なんだ。あそこに入れてく」


イノリを連れてコインロッカーへ。

旅行用バッグの中からタオルや替えのTシャツなど、必要そうなものをとりだして、詰め替える。

小さなロッカーにぎゅうぎゅうと押し込んで、無理やり閉めた。


よし、これで行動しやすい。

ロッカーの代金はなけなしの小銭でどうにか事足りた。


「あー、楽になった。さ、歩くの再開だ」

「うん」


進んでいくと、目的地へ繋がっている国道へと出た。

交通量の多い道路は、大型トラックもたくさん走っている。


「イノリ、こっち側歩きな」


歩道の内側にイノリを押しやると、小さな男の子はむ、としたように唇を結んだ。


「なに、どうしたの?」

「ぼく、男の子だから、そういうのいやだ」

「は?」

「父さんが言ってた。男は女の子を守るほうなんだぞ、って。ぼく、男だから車の近くのほう歩く」


おお、すごい。

こんなに小さくっても、充分男だと、そういうことですね。

紳士的! ジェントルメン! ナイスメン!


しかし、だ。


「ダメ。そういうのは、自分より小さな女の子に言いなさい」


心意気は紳士でも、危ないもんは危ないのだ。


「なんだよー、それ」

「あたしはイノリより年上だし、それに体がおっきいでしょ。だから、この場合はあたしが外側なの。でも、気持ちはすごくうれしい。ありがとう」


しゃがんで同じ目線になってから、頭を下げた。

あたしを女の子扱いして、守ってくれようとした、その気持ちには感謝だ。

まだ納得していない様子のイノリにそっと笑いつつ、国道沿いを進む。


街中を少し離れると、田んぼがちらほらと見かけられるようになった。

おお、ここらへん、大型商業施設があるはずなのに、田んぼが広がってるー。


思えば、あれっていつできたんだろう。

うーん、覚えてないや。にしても、新鮮な景色だわー。


「ねえ、イノリ。ここの田んぼってさあ、数年したら」


言いかけて、口を噤んだ。

あたしが未来から来てる、なんて下手に言わないほうがいいか。

無駄に怖がらせるかもしれないし、何より未来のイノリについて訊かれたら困る。

大澤姓になってた、なんて言えば、この子の中の希望を壊してしまう。

上手く隠し通せる自信はないんだから、黙っとくほうがいい。


「なに、ミャオ?」

「ううん、なんでもない。田んぼが青々としてて綺麗だねー」

「ん? ああ、ほんとだね。それに、田んぼの横って少しすずしいよね」

「うんうん。何でだろーね」


水があるからなのだろうか。

田んぼから抜けてきた風は心なしかひんやりしているのだ。

今も、苗を揺らした風があたしたちの間をふわりと通り抜けた。

額に滲んだ汗に心地いい、のだが。


「日差しは暴力的に痛くなってきたよな」


愚痴をこぼして、空を仰いだ

太陽は随分高い位置まで昇っており、その紫外線は容赦なくあたしたちに照射されていた。


7月だもんなー。真夏だよな、もう。

Tシャツの袖から出た腕をみたら、ほんのり赤い。

あたしってすぐ赤くなるんだよね。んでもって、夜になるとひりひりすんの。


腕を眺めて、ふうと一息つくと、もう一人分のため息が重なった。

見れば、イノリが手の甲で額の汗を拭っている。


「イノリ、平気? どこか日陰を見つけて休憩にしようか」

「ううん、平気!」


慌てて答える顔は上気していた。

鼻の頭にも汗が溜まっている。


やっぱ休憩したほうがいいな。

ケータイを取り出して時間を確認。

9年も逆行したし、日にちにも多少の誤差があったが、時間だけは元の時代と同じだった。

駅内の大型ビジョンで確認済みなのだ。


12時45分。お昼かあ。

お金のないあたしだが、実は食料はある。

というのも、今日の昼食はお弁当持参のこと、だったのだ。

お菓子もまだあるしね。


休めそうな場所を探して、食事にしよう。


「イノリ、もうお昼だ。もう少し頑張ってくれる? 適当な場所見つけて、食事にしようよ」

「ぼく大丈夫だよ。休憩しなくていいよ!」

「そうじゃなくて、あたしお腹すいちゃったんだ。ダメ?」


お腹に手をあてて、困ったように眉を下げてみせる。

紳士な少年は、少しほっとしたように口元を緩めた。


「ミャオがお腹すいたっていうなら、仕方ないよね。うん、休憩しよう」

「ありがとう」

「ええと、どこかいい場所ないかなあ。うーん」


ぴょんぴょんと跳ねて先を見ようとする姿に、くすりと笑う。

あー、かわいい。かわいいぞ、イノリ!

これが本当にあの大澤になってしまうの?

あれはあれで綺麗だけど、このかわいさは捨てがたいよー。

ああ、このまま成長しなければいいのに! 時間って残酷!

ぴょんぴょん跳ねていたイノリが、何か見つけたように急に駆け出した。


「イノリ!? どうしたの?」


鉄製のゴミの集積箱に真っ直ぐに駆けて行ったイノリは、鉄の蓋がついた箱に乗りあがった。

その上でまた遠くを見るように跳ねる。


「うあ、危ない! 危ないってば、イノリ!」

「だいじょうぶだってば。へへーん」


自信ありげに笑った次の瞬間、着地した足がずるりと滑った。


「うわ!」

「イノリ!」


抱きとめる猶予もなく、イノリは転げ落ちてしまった。

慌てて近寄る。


「いってぇ……」

「どこ打った? 怪我はない?」


座り込んだままのイノリを立ち上がらせ、体を確認する。

しりもちをつく形で落ちたので、頭は打っていないはずだ。

しかし、肘に擦り傷を作ってしまっていた。


「あー、血が滲んでる。反対側は平気? あとは痛いとこない?」

「へいき! ぼく男だし、こんなのどうってことないもん」


の割には眉間にシワ寄ってるんですけど。

男の意地ってやつ?

それなら見てみぬフリしてあげるけどさ。

でも。


頭にごつんとこぶしを落としてやった。


「痛い! ミャオ、なんでぶつのさ!」

「危ないことしたからだよ。今は平気だったけど、大怪我したかもしれないんだよ?

頭を打ってたら大変なことになったかもしんない。

それに、こういう公共物の上に乗ったらダメ。分かった?」


膝をついて、ぶすうとした不満げな顔を真正面に見て言う。

怒っていた瞳が、次第にしゅん、と沈んでくる。


「ごめん、なさい……」

「わかれば、よし」


頭を撫でてから、バッグの中から絆創膏を取り出した。

準備万端、美弥緒さん。


「ほら、腕出しな?」

「ん……」


細い腕が差し出される。

そこに絆創膏を貼りながら、くすりと笑った。


「なに? ミャオ」

「いや、イノリさー。あんた将来絶対いい男になるんだから、あんまし体に傷つけたらダメだよ。特に顔な。イノリは綺麗な顔してんだからさ。大事にしなさいって母ちゃん言わなかった?」

「言わないよー、そんなの」

「そうなの? なら、覚えときな」

「うん。でもさー、ぼく男だから、怪我することもあるよ」

「確かにな。じゃあ第一に顔を守れ! なんてな、あはは。でも、男だから怪我するってのはちょっと違うぞ。いい男ってのは、怪我しそうになっても、しないもんなんだ」

「ふう、ん」

「よし、これでいい。歩ける?」

「足はなんともないもん。歩けるよー」


ほらほら、と足踏みをしてみせたイノリは、少し残念そうに声を落とした。


「でも、いい場所、あそこからじゃ見つけられなかったんだ。ごめんね。

だけどぜったいにいい場所があるよ。ぼく見つけるもん。ミャオ、もう少しがまんしてね」

「うん。頑張る」


イノリににやにや笑いがバレないように、唇を噛み締めながら言った。

ああもう、かわいいよなあ、ちくしょう。


少し歩いた先に、小さな公園を見つけた。

ゾウの形をした滑り台と、鉄棒しかない公園の隅に、くたびれたベンチ。

ベンチの後ろには大きな木があり、ちょうど木陰になっている。

なんと水飲み場まであるではないか。

なんという便利スポット。偉いぞ、行政(でいいのか?)!


イノリと並んで座り、朝早くから母さんが作ってくれたお弁当を広げた。


「うわあ。すごくおいしそうだあ」

「たっくさん食べなさい」


幸子はイベントになると、異常なまでに張り切る性格だ。

今回も通常よりでっかいお弁当袋を渡されたので、たぶんすごいことになってるんだろうと思っていた。

なにしろ重かったしねー。


というわけで、今日のお弁当。お品書き。


・梅おかかおにぎり

・明太子入り卵焼き

・チーズ入りチキンカツ

・オクラの梅和え

・白身魚のカレーソテー

・たくさんのフルーツ


張り切りすぎー、これー。

つーか女子高生のお弁当の量じゃなーい。

でもまあ、イノリと二人で食べるには充分すぎるほどだったので、お母さんありがとうございました。


「もうお腹いっぱいだあー」

「あたし食べすぎた。キツイー」


買ったペットボトルのお茶がこの食事でなくなったので、水飲み場の水を入れ足した。

それをバッグに押し込んで、立ち上がった。


「よし、イノリ、再開するよー」

「うん」


夕方までには、イノリの住んでたアパートを見つけたい。

頑張るぞ、と。



再び国道沿いを歩く。

車の排ガスって、くさいし熱いんだよなあ。

うーむ、車内はエアコンでひんやり涼しいんだろうなー。

車っていいなー。文明の利器だよ。

目的地に早くつくし、ナビさえあれば迷わないしさ。


「あ。ヒッチハイクはどうだ!」


ぽん、と頭の中に湧いたイメージ。

金髪巨乳のセクシー姉ちゃんが星条旗柄のタンクトップ着て、親指立てながら腰ふるあれ。

えーと、んでもってスケブみたいなやつに行き先書いたりするんだよ、確か。

おお、イメージはさておいて、名案かもよ。ヒッチハイク。


えーと、あたしたちの場合だと、スケブになんて書けばいいんだろ。


「イノリんち」?

いやいや。無理無理。


「加賀家」?

名家の屋敷かよ。アパートだっつの。


「アパート名」

うん、これはまあアリかな。


って、そのアパート名がわかんないんだよなあ。

イノリが言うには漢字だったらしいんだけど、『●●荘』的な名前だろうか。

難しいなあ。行き先、なんて書いたらいいんだ。


いや、待てよ。

よくよく考えたらヒッチハイクって怖くないか?

見知らぬ人の善意に頼るわけだよね。

今の時代、いい人か悪い人か、見極めが大切だと思うんだよね。

相手を見誤った場合、家とかバレていいものなのか?

それに、車内って密室なんだよなー。

行き先は完全に他人任せだし、自分の行きたいところに連れていってもらえない可能性も否定できんな。


あたしたちはいたいけな6歳児と、女子高生ブランドを一応持っている女の二人組。

極悪なおっさんに言いくるめられたら大変じゃん。

あたしはイノリを守らないといけないのに、無謀なことはできないよなー、やっぱり。


ヒッチハイク案、却下。

やっぱ自分の足が一番確かだわ。


つーか、金髪巨乳のセクシー姉ちゃんなんて、もっとヤバいんでない?

猛獣みたいな男に乗せられたりしたらさー。

狼に子羊?

完全にディナー。メインディッシュでしょ。


ヒッチハイクって結構賭けだよね。


「ミャオ? ぶつぶつ言ってどうしたの?」

「え? 口に出てた?」


イノリに不思議そうに訊かれて、笑ってごまかす。

思考が別方向にいくのって、あたしの悪い癖だなー。


「お。イノリが住んでた市に入るよ」


見上げる位置に、地名を記した看板が出ていた。

駅で広げた地図をざっと思い返す。

目的地周辺まであと少し!


「もうすぐ、おうちに帰れるの?」

「父ちゃん、いるといいなー」


イノリの頭をぐりぐりと撫でる。

汗ばんだ頭が揺れて、イノリが愉快そうに笑った。


「ミャオってさー」

「ん? なに」

「そうやってよしよしするの、母さんみたいだ」

「イノリの母ちゃん、こんなに乱暴に撫でるの?」

「うん。嬉しいときはね、頭がもげちゃうくらいぐりぐりするんだあ」

「そっか」


こういうちっちゃい頭って、かわいいもんなあ。

しかもイノリはただでさえかわいいしな。


「父さんもね、おんなじようにするんだよ。でも、父さんのほうが少し痛いかなあ」

「あー。男の人だもんね。ちょっと力が強いかもね」

「でもね、新しい父さんはしてくれなかったんだあ」


声音が変わった。イノリはか細い言葉をぽとんと落とした。

あからさまにしょぼんとした様子を見つめる。


実父のほうが、この子にとっては『新しい』に分類されるんだなあ。

母親の死後に現れたって話だったからなあ。

いきなり登場した大澤父がイノリを引き取ることになったっての、どうなんだろう。

義父はごねたりしなかったのかな?

共にいた年月より、血の繋がりのほうが大事なの? うーん、難しい。


そこらへんの細かい事情、気になるんだけど、詳しく訊けないままなんだよね。

あたしの好奇心でイノリを傷つけるのはイヤだし。


しかし、大澤父がどんな人だったのかは、知っておくべきなのかなあ。

イノリかわいさに引き取った、ということじゃなかったのなら、問題だと思うし。

頭を撫でてくれないだけじゃ判断できないけど、イノリを蔑ろにするとか、可愛がっていないとかだったら、見て見ぬフリはできんな。

で、そういうことなら、未来を変えてでも加賀父の元に置いたほうがいいと思うんだよね。

まあ、未来をかえられるかどうかは分からないけど。


加賀父のほうは、いい人なんだろうと察しがついている。

なんせ、イノリが一人ぼっちで冒険してまで会いたがっているわけだからさ。

っていうか、イノリの意思を尊重するのであれば、加賀父の元にいたほうがイノリは幸せなのかなー。


いや、でもどうなんだろう。

9年後のイノリは大澤姓だったわけだけど、本人はそれに納得していたって可能性もあるよね。


あー、こんなことならもっとたくさん大澤と話をしとけばよかった。

悩み事とか相談される仲になってれば、あたしが今ここで成すべきことが手にとるように分かっただろうに。

どっちの父親がいい、とか、あの時オマエにこうして欲しかった、とかさー。


って、こっちに来る前のあたしが大澤の話を受け入れるわけ、ないよなー。

経験しなくちゃ信じられないよな、タイムスリップなんてさ。


でも、大澤ももっとあたしにアピールしてきてもよかったと思うのー。

いくらあたしに睨まれても、『万が一のときは●●を目指せ』とかアドバイスするとかさー。


……うん、怪しすぎて耳素通りするだろうけど。


って、今更悔やんでも仕方がない。

あたしは大澤とまともに会話していなくて、二人の父親についてほとんど知識がないのだ。

これは覆せない事実。

つまりは、情報不足。


ぽこんと現れたあたしが勝手に判断できるような問題じゃない、と。


「新しい父ちゃんもさ、緊張してたんじゃない?」


ここは、大澤父のフォローに回っておこう。

一応、未来は大澤父と共にいるわけだし、少しでもいい印象を与えておいたほうがイノリのためになるだろう。


「きんちょう? って、なに?」

「どきどきして、体がかたくなっちゃうことだよ。イノリも父ちゃんに会ったとき、どきどきしなかった? 手とか足とか震えたりしなかった?」

「した! すごくしたよ。じゃあ、新しい父さんもそうだったっていうの?」

「そうだよ。絶対そう」

「ええー、大人もそんな風になるの?」

「なるよ。大人だってどきどきしてぶるぶる震えちゃうんだよ。こんな風にさ」


やっべー。こえー、と言いつつ、大げさに震えてみせると、イノリが声をあげて笑った。


「ホントにぃ? 信じらんないよ」

「本当だって。新しい父ちゃんだって、きちんとイノリに会ったのって初めてだろ? 絶対こんな感じだったって」


再びぶるぶるしてみせると、体を曲げて笑う。


「あはは、もう、お腹痛くなっちゃうから、やめて」

「あたしはやりすぎかもしんないけどさ、父ちゃん、どうしていいのかわかんなかったんだよ。

イノリみたいなかわいい子にさ、『父さん』なんて言われたらどきどきすんじゃん」

「そうなのかなあ。って、ぼく『かわいい』じゃないよ!」

「あ、そっか。男だもんな。かっこいい、だ。ごめんごめん」


かわいいは誉め言葉にならないのか。

しかし、かわいいなあ、もう。


気持ちよさそうに眉を下げ、手の平を受け止める顔を見ながら、頭をぐりんぐりん撫でてやった。


「――――あ! あそこの標識! 『I小学校』だって。イノリの通ってたところじゃない?」


住宅地らしきところに入り、ぐるぐる歩きまわっていると、探していた校名を見つけた。

やった、と思えば、遠くからチャイムの音が聞こえた。

近い。近いぞ。


「どう、イノリ? この道、見覚えはある?」

「うーん、よくわかんない」

「そか。イノリの家はこっち側じゃないってことか。やっぱり学校まで行ったほうがいいな」


音がした方向へ歩き出す。少し行くと、ランドセルを背負った子どもたちとすれ違った。

どうやら授業は終わったらしい。


「イノリー。友だちに会えるかもしれないよ?」

「会えたら嬉しいな。でも、今は父さんに会いたいや」


えへへ、と笑う。

もう少ししたら父親に会えるんだ、っていう期待の顔だ。

いたらいいなあ、加賀父。

いて欲しいなあ。

この笑顔が曇るの、見たくないしなあ。


すれ違う小学生の姿が増える。

大きな洋風の家を通り過ぎ、右に曲がると、クリーム色の校舎が見えた。


「あ! あった!」

「ああー。ぼくの行ってた学校だあ」


イノリが歓喜の声をあげる。

やった、この学校で間違いなかったんだ。


「早く行こう、ミャオ!」

「ちょ、ちょっと待って。急がなくて大丈夫だからさ」


ぐいぐい引かれて、つんのめる。

元気だなー。結構な距離歩いたっていうのに。

進むにつれ、イノリは自分のいる位置を把握できたらしい。

迷わずに学校の正門近くまであたしを連れて行ってくれた。


「帰りはあそこで先生が見送ってくれるんだよー。今日は誰かなー」


正門の前まで行こうとするのを慌てて引き止める。


「ちょ、ちょい待ち。イノリ」

「なんで?」

「大澤の父ちゃんがこっちに連絡してないとも限らない。見つかったら連れ戻される」

「あ、そ、っか」


途端に顔色を変え、きょろきょろし始める。


「今のところ大丈夫だと思うけど。加賀の父ちゃんに会うまでは気をつけないとさ」

「う、うん。 ごめん、ミャオ」


自動販売機の陰に立ち、こそこそと会話。

高学年らしき、黒いランドセルの男の子が不思議そうな視線をよこした。


「で、ここまで来たらどっちに行けばいいか、分かる?」

「うん。あっち!」


幸いにも、正門前を通らずに済みそうだ。門の手前を右に曲がる道を指差したイノリに頷く。

正門前に注意を払いながら、曲がり道に入った。


「こっち。こっちだよ」


イノリに手を引かれて歩く。

気が急いているのだろう。さっきよりも随分足取りが速い。


「わかったって。ほら、足元見ないとこけるよ」

「あ! あそこだよ。あの建物!」


イノリが指差した先に、古ぼけたアパートがあった。

二階建ての茶色いモルタルのそれは、随分年季が入っていた。

壁に蔦が絡んでるし。壁にはひびが入っている。

金属製の外階段も錆がびっしり浮いていた。

しかし、気にするところはそこじゃない。


手近な家の垣根の陰に隠れておくようにイノリに言い、先にアパート前まで行ってみた。


怪しい車、なし。人探し風の大人、なし。

ふむ、大澤父はここにはいないみたいだ。


アパートをつい、と見上げる。

確か、ここの二階の角部屋だって言ってたな。どっちだ?

あ。両方ともベランダに洗濯物が干してある。

つーことは、住人がいるってことだよね。

おおおお、加賀父、いるじゃーん!


ダッシュでイノリの元に戻り、手をひいた。


「父ちゃん、いるみたいだよ。やったじゃん!」

「ホント!?」

「うん。だから、行こう」


駆け出すイノリを、今度は止めなかった。

カンカンと階段を駆け上る背中をみながらゆっくり上る。


どうやら奥の部屋だったらしい。

一番奥のドアを、イノリはどんどんと叩いた。


「父さん! ぼくだよ。祈だよ!」


うーあー。

なんか、感動してきた。

かれこれ数時間、こいつは愚痴一つ言わずに頑張ったもんなあ。

あたしでもキツかった距離を、汗びっしょりになっても泣き言言わずにさ。

父ちゃんに会いたい、その一心だったんだよなあ。


じんわりと滲んだ涙を拭って、ドアがゆっくり開くのを見つめた。


「だーれぇ? 頭痛いのに、うるさいんですけどお」


顔を出したのは、真っ赤なランジェリーを身につけたおねいさんだった。


……えーと、あの、おっぱい、こぼれそうですけど。


「んあ? アンタ誰?」


おねいさんはけだるそうに長い髪を掻きあげて、呆然としたイノリを見下ろした。


「と、父さん、は?」

「トウサン? アンタのパパ? 知んないけど」

「あ! あの、ここ、加賀さんのお宅じゃないんですか!?」


いかん。想像だにしてなかった人物の登場に唖然としてしまっていた。

慌ててイノリの元に駆け寄って、おねいさんに訊いた。


「かが? だれ、それ」


麻呂みたいなちょんぼり眉を(すっぴんのようだ)きゅ、と寄せたおねいさん。

うそ。

加賀父、引っ越しちゃった、の?


「え。ええと、あなたはその、ここの住人ですか?」


とりあえず訊いてみる。


「違うけど? え、あ! もしかしてあんた、ヒジリの女!?」

「は?」


ヒジリって誰?

戸惑うあたしをそっちのけで、おねいさんは急に怒りだした。


「あんたもヒジリとここを使ったわけ? 信じらんない! アタシしか入れないっつったのに! あんた、ヒジリとはいつから? どんな関係? ヤッたの?」


えーと、どういうことでしょうか?

意味がわからない。


ぶりぶりと怒るおねいさんに何と言えばよいのかわからずにいると、ぐい、と服を引かれた。

見ればイノリが目にいっぱいの涙を溜めて、あたしの服の裾を握っていた。

ぎゅう、と握った手は震えている。


いかん、状況に圧倒されてた。


「あ、あのですね、あたしたちは人を探して」

「だからヒジリをでしょ!? 入れば? あいつ寝てるからっ。ヒジリ! あんたの新しい女が来たみたいだけど!?」


おねいさんはミニのランジェリーの裾をふりふりさせて室内に入って行った。

あの、派手派手なパンツまで丸見えですけど。

まあ、乳首をかろうじて隠しているだけの下着だしな。パンツくらいどってことないか。


「父さん、いないのかな……」

「みたい、だね。でも、もしかしたらあのおねいさんが行き先知ってるかもしれないし、訊くだけ訊いてみよう?」


玄関先で話していると、奥からぐええええええ、という低い唸り声と、おねいさんのきゃんきゃんした金切り声がした。


「怖いよ、ミャオ」

「だ、大丈夫。あたしの後ろにいな?」


必要な情報だけ聞いたらすぐさま逃げ出そう。

ドアを開けたまま、そろそろと部屋に入った。


短い廊下を抜け、紺色の暖簾をくぐる。

そこには汚れたお皿が重ねられ、ビールの缶が山積みになったキッチンと、おねいさんに布団の上でキャメルクラッチをかけられている、半裸の上きらきらの金髪頭の男の人がいた。


「こんな若い女の子にまで手をつけたんかい、オマエは。死ね。6回死ね」

「ぐ…………はっ! 柚葉、オレ……死……」


ばんばんと布団を叩く男の人。

容赦なく胴体を逆折りにするおねいさん。


「あ……、三津さん?」


あたしの陰からそっと様子を窺っていたイノリが、は、としたように名前を呼んだ。

男の人がそれに反応して視線を寄越す。


「ぐ…………っ、あ、れ? 祈!?」

「イノリ!? それがあの女の子の名前かあああぁぁあぁぁあ!?」

「ち、ちが…………っ、ああああああああああ!?」


ごきん、という鈍い音とともに、男の人は絶命した。


ということはなく。

絶叫したものの、一命は取り留めた。腰がいかれたようですけど。



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