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20.いつかの君と出会った理由

20.いつかの君と出会った理由



夕食をとっていなかったあたしは(バタバタしてすっかり忘れていたわけだが)加賀父の手料理をふんだんに振る舞ってもらった。

具だくさんの味噌汁にサラダ。それに揚げたてのとんかつとかもう、あたしの胃袋は加賀父に鷲掴みにされました!


しかし、本当に本当にお手間を取らせて申し訳ありません。

お皿洗いだけはと必死で言ったものの、足の怪我を理由にさせてもらえなかったし。

回復次第、このご恩はお返ししますんで!

料理も簡単なものくらいは覚えようという心構えであります。


さて、織部のじいさんはすごくすごく驚いていたが、それでもタイムスリップという途方もなく胡散臭い話を信じてくれた。

疑いの余地もない、正真正銘9年前と同じあたしを見た以上、信じるしかないだろうと言うのがじいさんの弁だ。


そのじいさんは食事中のあたしを酒の肴に冷酒をガンガン煽り、つるっぱげの赤鬼に変身。しかし咆哮することもなく早々に寝てしまった。

加賀父曰く、昔ほど無茶な飲み方はしなくなったそうだが、今日は久しぶりの再会と衝撃の事実が酒量を越したのだろう、と。

ごめん、じいさん。

でも、すごく楽しい食事だった。


そんなこんなで夜も更け、あたしは客間の一室を用意してもらった。

畳敷きの、六畳ほどの部屋はどっかの旅館の一室のように綺麗に整えられていて、そして落ち着く。


窓際に置かれた籐椅子にどっかと腰かけて、ふんぞり返ってみた。

ふるふると左足を振ってみる。前回の捻挫の時に貰っていた痛み止めをまだ持っていたので助かった。テーピングもしているし、とりあえずは問題ない。


ていうか、いいよなあ。こういう部屋。

あたし、こじゃれた部屋よりこういう部屋の方が好きだわ。

大好きなビスクドールなんかには全く似合わない部屋だけど、生活するならやっぱ和室だよね。冬はこたつを楽しめるしさー。こたつにみかん、ではなくアイス(ガ●ガリ君)があたしのジャスティスだ。


満足感にふー、と深呼吸すれば、ふわりとイノリの香りがして、無駄に心臓が跳ねた。


そうだった、イノリの服借りてたんだった、あたし。

己を見下ろせば、だぼだぼの黒の半袖パーカーに、同じくだぼだぼのハーフパンツ。

小せえの、とか言った割に、でかいんですけど。


いや、そりゃそうだよな。背中、広かったし。

並べば見上げるくらい背が高いんだし、うん。

いつまでもちっちゃいわけ、ないよな。


つか、何着ちゃってんだろう、あたし。

着るものがなかったからに他ならないが、だからといってこの気恥ずかしさのようなものは、一旦気付いてしまうと簡単に忘れられんというか。


あーやだ。さっきまでいた背中まで思い出しちゃうじゃん。

忘れろ! 忘れるんだ!

悶々としていると、遠慮がちに襖を叩く音がした。


「は、はい?」

「俺。外でねえ?」

「あ、うん」


声は、イノリだった。

そっか、話をしようって言ってたんだっけ。

ひょこひょこと左足を庇うようにして襖まで移動し、引けばイノリが立っていた。

同時にむせ返る、夏の匂い。


「裏庭でこれ、しようぜ」


掲げられたのは花火だった。


「うわ! なんであんの?」

「オヤジがくれた。これも」


もう片方の手には、ゆるゆると煙を吐く、蚊取り線香。

あー、これだよこれ。この煙ったいこれがいいよなー。

臭いとか匂い移りがとか言われるこいつだが、あたしはこれを嗅がなきゃ夏が来たと思えないね!


「やるやる! あ、このでっかいのあたしやりたい!」

「おう、いいぞ。ほら、こっち」


イノリと並んで、裏庭へと出た。

途中、じいさんの熊のようなイビキが聞こえて、顔を見合わせてこっそり笑った。


「水、用意してくる。ミャオはそこに座って待ってろ。歩き回るなよ」

「うっす。了解!」


案内された裏庭は、こじんまりと整った場所だった。

今は亡きおじいさん(加賀父の実父様だ。二年前にお亡くなりになったらしい。お会いできないままだった。残念)のお部屋の縁側に腰掛ける。


ゆっくり闇に慣れてきた目で見渡せば、隅におかれたプランターから壁に向けて朝顔が蔦を這わせ、朝日に備えて蕾をきゅうと閉じているのが見えた。

お。あんなところにカエルの置物が。

かわいいなあ、誰の趣味だろう。


「お待たせ」

「お……おおう」


イノリがなみなみと水を満たしたバケツを持ってきた。

いや、当たり前のことなんだけど、ちょっと嫌な思い出が蘇っちゃった。

『トイレ用』なんて表記がないか、探しちゃった。

こういうの、トラウマっていうのかねー、早く忘れたいわー。


「どうかしたか?」

「いや、何でもない。花火やろー」


一番でっかい花火を手にして振ってみせると、イノリが笑った。


「ミャオ、好きな物は真っ先に食うタイプだろ」

「おう。なくなったら困るからな! ほら、次は火の支度だ!」

「はいはい。少しお待ちを」


手持ち花火はすぐに、光を振り撒いた。

赤から黄色に変化する火の粉のシャワーと共に煙る、火薬の匂い。


「うあー、綺麗だなー。イノリ!」

「おー。久しぶりだ、花火なんてやったのは」

「マジか。あたし毎年やってるぞ。じいちゃんと」

「ホント、じいちゃんと仲いいんだな」

「まあな!」


加賀父が用意していたという花火は、二人でやるには多すぎるほどの量だった。

種類も様々で、ねずみ花火にロケット花火、ヘビ花火まである。

さすが、加賀父のセレクトである。

しかし、イノリはヘビ花火の存在を知らなかった。

なんてこった。

これは小学校の時に爆竹と共に通過していなきゃなんないもんなんだぜ?


「ねずみ花火と似た感じか?」

「いや、もう全く違う。ほら、見てろ」


ころんとしたそれに火をつけてぽいと放る。

ずも、ずもももももも、と静かに伸びながら蠢く黒いヘビ花火。

安定の動きで地面をのたくっている。

イノリにはその不可解な動きが気持ち悪かったらしい。

うえ、と小さく声を漏らした。


「……なんだ、これ」

「だから、ヘビ花火だってば。このくだらなさがいいよな。あはははは」


毎度思うことだが、花火なんて華々しいモンじゃないよな。

全っ然綺麗じゃないし。ヘビ玉、もけ玉くらいの名前でちょうどいいんじゃないか?


ヘビ花火の後は再び普通の手持ち花火に切り替えてひとしきり遊び、勿論線香花火もやった。

あー、こういう夏って感じのこと大好きだ。

怪我はしたものの、夏休みの始まりの夜としては、最高だ。

幸先いい、絶対。


「なあ、ミャオ」


次はどれをやろうかなー、と花火を物色していると、隣に腰かけているイノリが呼んだ。

イノリは見ている方がいい、だなんてウチのじいちゃんのようなことを言い、専ら後片付け要員と化している。

まあいい、これはあたしが責任もって楽しむのでな。


「んー? お、これ面白そう。レインボー花火だって、さ……」


手持ち花火を数本掴み、振り返った。

うわ、近。

驚くほど近くにイノリの顔があって、それに驚いて声を漏らしそうになる。

が、それはイノリの唇にふさがれて、音にならなかった。


イノリの顔が、吐息が、熱がどこまでも近くなり、あたしのそれと重なった。

ボタタ、と手にした花火が手から滑り落ちる。


それは束の間だったのか、永遠だったのか。

初めての熱と、感触は、「あ」の形で固まってしまっていたあたしの唇を軽く啄み、離れた。


い、いま、なにがあった……?

呆然自失。

心の準備も何も、あったものじゃない。

ふいに、奪われた。

唇に熱の名残があって、それがただ、現実だったことを知らしめる。

ああ、そういえば9年前もこうやって不意打ちでやられたっけ、とどこか遠くで思い出した。


暗がりでも瞳の奥まで窺えそうな距離で、イノリがあたしを見つめる。

花火を失った手が、イノリの手に捕らえられ、きゅう、と握られた。


「ちゃんと、言っとく。俺、ミャオが好きだ。ずっと傍にいて欲しい」

「イ、イノ……」

「大事にする、一生。誓うよ」


握ったあたしの左手に、イノリは口を寄せた。

薬指に柔らかくて熱いものが触れる。

けれど瞳はまだ、真っ直ぐにあたしを捉えていた。


「イ、イノ……」

「だから、俺だけ見てて。俺はこれからもずっと、ミャオしか見ない」


逸らさない視線に、全身がどくんと脈打った。

好きとか、ずっととか、一生とか。

イノリはあたしにびっくりするぐらいに大切な言葉をくれる。

びっくりするくらいに、あたしを想ってくれる。

それは、信じられないけど、6歳の、あんなちっちゃな頃から。


「あ、あたしなんか、いいとこない、ぞ?」


情けないくらいに声が震えていた。

だってやっぱり自信が持てない。

想いに応えられるほどの何かが自分にあるなんて言えない。


「口悪いし、がさつだし大ざっぱだし料理もできないし……、それに、イノリと釣り合う見た目じゃない」


思いつくままに言うと、イノリは胸が潰れそうになるくらい、優しく笑った。


「そんなミャオが、俺は世界中の誰よりも好きなんだ」


――どうしたらいいんだろう。

胸が痛くて苦しくて、泣きそうになる。

自信なんて持てない、取り柄のない自分。

たくさんのかわいいや綺麗の中に簡単に埋もれてしまいそうな自分。


なのに、こんなにも大切に想われるなんて。

思ってくれる人に出会えるなんて。

なんて、あたしは幸せなんだろう。


「それに、釣り合う見た目って何だよ。ミャオはすげえかわいいぞ?」


馬鹿だな、とイノリは言う。

そんなこと、あるわけないじゃん。


「イノリって、趣味悪いよ……」


涙線は決壊寸前で、それを堪えてぎこちなく笑えば、イノリは空いた方の手であたしの頬に触れた。

頬を包むように、温かな手のひらが重なる。


「そうか? だってほら、こんなにかわいい」

「眼科、行け」

「俺視力いいもん」


イノリの親指が頬をきゅ、と擦る。

その動きに湿り気を感じて、泣いていたことに気が付く。

ギリギリだった涙腺は、既に決壊していたらしい。


「オレは誰よりもミャオがいい。それでもういいだろ?」


イノリの顔が滲む。

我慢が出来ない。涙が勝手に出てくる。

頬に添えられたイノリの手に、自分の手を重ねた。


「イノリに会えて、よかった……」


心から、思う。

あの時。あの場所で。

君に出会えて、よかった。


時を超えてまで出会った意味なんて今も分からないけど。

巡り合えたことをただ、感謝したい。


「俺も、一緒」


ふ、とイノリの顔が近づいた。

今度は、ゆっくりと。

あたしはそれを、瞳をそっと閉じることで迎えた。


柔らかく触れる唇。

吐息を交換するように、鳥が睦むように、啄みを繰り返した。


「……俺のこと、好き?」


吐息の合間に、囁かれた。


「……え?」

「聞きたい。一回でいい、言って?」


熱に浮かされていた頭が、羞恥を知らせる。

けれど、それよりも早く口が動いた。


「すき」


イノリの目を見て、はっきりと伝える。

そうしたら、いつかの少年と同じ、幸福に満たされた満足そうな笑顔と共に、息もできなくなるほどの抱擁が与えられた。


たくさんのキスを降らせた後、イノリが言った。


月日を重ねれば、あの出会いが必然だったと言える時がきっと来る。

俺はミャオに、ミャオは俺に会った。


いつかの君と出会った理由は、それだけで充分だよ。




    了




これにて了です。お付き合いくださいましてありがとうございました。

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