2.人間食器洗い機と呼ばれてみせよう
2.人間食器洗い機と呼ばれてみせよう
明日はとうとう一年生親睦旅行へと出発する。
ぽかぽかと暖かい日差しが教室内にさしこんでくる、心地よい昼下がり。
ああ。お腹いっぱいで、眠たい……。
肩肘をついて、真面目に聞いてますよー、というポーズで、うつらうつらしているあたしであった。
教卓では、穂積が最終的な説明を行っている。
内容は昨日の班長会議で話しあったものなので、同じ話を何度も聞かなくてもいいので、大丈夫というわけなのだ。
「……で、明日は8時半までにK駅の西口前の広場に集合。各クラスごとに整列・点呼を行ってから駅構内に入ります。乗車ホームは……」
あー、荷物、結構重たくなりそうなんだよねー。
担いで電車に乗るなんて、本当にめんどくさい。
バスでいいのにー、もう。
「班長は集合時間の30分前には来てください。最終確認等ありますので」
あー。めんどくさーいー。
父さんに駅まで送ってもらおうっと。
出勤時間をちょっと早めてもらえばいいだけだしねー。
「では、これから班毎に分かれてください。分担した食材などの確認をお願いします」
あたしたちが向かう宿泊施設では、食事の提供がないのだそうだ。
調理場はあるので、そこで自分たちの食事を作りましょう、とのこと。
ちなみに、めにゅうは班ごとに好きにしろ(材料ももちろん用意のこと。米と最低限の調味料のみ、学校側が準備)、なんて生徒任せにもほどがある内容だったりする。
ちょっとおー、料理できないんですけどー。
作れる料理はハードボイルドな目玉焼きオンリーなあたしとしては、非常に嫌なイベントだ。
でもでも。琴音は何でも作れるお母さんみたいな人だから安心なのだ。
悠美たちもある程度ならできるよ、なんて言ってたし。
めにゅうだって、カレーとサラダとかじゃなかったよ、確か。
作り方の想像もつかないような、たいそうな名前のものを作るみたい。
悠美たちが張り切ってたもんね。かっこいい男の口に入れるものだから、ハンパはできないんだって。
女って大変だ、ほんと。
しかし、料理ができないからって他人事に思ってるわけではない。
できる範囲ではしっかり手伝うつもりです。
お皿洗いとか、得意中の得意ですしね。
人間食器洗い機と呼ばれてみせますとも。
「さー、材料の確認するよー」
いつの間にか、班ごとに分かれていた。
あたしが班長の3B班(3組のB班という分類だ)は琴音の席が集合場所というのがお決まりになっていて、すでにみんなが集まっていた。
「えーと、食材はこのリストで、持ってくる担当の人はー……」
琴音が説明を始める。
料理のできないあたしは、役立たずです。
班長やってもいいよなんて言ったくせに、食事に関しては琴音が仕切ってくれてるのだ。
はずかしー。
「ミャオちゃんも食材係だけど、用意できてる?」
琴音があたしに顔を向ける。
ええと、ろーりえとかずっきーにとか、そんなのだよね。
初耳な名前ばかりが羅列してあるメモ、もらったもんね。
そのメモを母さんに渡して、用意してもらいました、すんません。
しかしそんなことをいちいち口にしなくてもよいのだ。
用意はすっかり終えているわ、という顔をして頷いておいた。
琴音は安心したようににこりと笑い、次に少し離れた場所に立っていた大澤に声をかけた。
「大澤くんに頼んだのは、じゃがいもににんじん、たまねぎに固形ブイヨンだよね。ごめんね、重たいものばかりだね」
「いや、いい。用意はできてる」
「そっか。じゃあ、大丈夫だね。ミャオちゃん、食料準備は完璧です」
「うむ、そうかね」
確認を終えた琴音に、重々しく答えてみる。
ってすんませーん、調子のりました。
「確認すんだー?」
ひょこりと穂積が顔をだした。
学級委員の穂積は各班のチェックもしないといけないので、今の話し合いにいなかったのだ。
「すんだ。大丈夫だと琴音さまが仰ってます」
「了解。ごめんね、オレほとんどこっちにいなくて」
申し訳なさそうに言う穂積に、いいよいいよと首を振る。
学級委員っていうのは大変そうだしねー。
「当日は班長のほうが忙しいと思うよ。頑張ってね、ミャオ」
「あー、うん。まあぼちぼち」
へら、と笑おうとしたら、ガッターンと大きな音がして、驚いて見れば大澤が近くの椅子を蹴倒していた。大澤の一番近くにいた神楽が怯えたように顔を強張らせる。
「ど、どうしたの? 大澤くん?」
「……んで」
「え?」
「なんで、その名前そいつが呼ぶわけ?」
き、と顔を上げた大澤は酷く怒った顔をしていた。
声も低く、ドスがきいている。
つーか、なんであたしを睨んでやがるんだ。
「名前って、何が?」
どうやらあたしに怒りの矛先が向けられているようだ。
なのでとりあえず、訊いてみた。
「ミャオって、今こいつ呼んだだろ」
「は? ああ、うん、そうだね」
だから何だっつの。
穂積を指差した大澤に頷く。
「あたしも、ミャオちゃんって呼んでるよお?」
不思議そうに琴音が言い、だよねえ、と二人で視線を合わせる。
「柘植は、いい」
「なに? じゃあオレはミャオって呼んだら悪いの?」
くすくすと笑う穂積に、大澤が再び椅子を蹴った。
ざわざわしていた教室内が、しん、と静まり返る。
怒った様子の大澤に、穂積が笑顔を引っ込めた。涼やかな目元が、すう、と細くなる。
またもや居眠りしていた森じいが、「なんだなんだ」と素っ頓狂な声をあげた。
「悪い。お前は呼ぶな」
「なんで?」
あたしを挟んで、二人の男が向かい合っている。
なんだ、これ。
意味わからん。
呼び名なんてなんでもよくない? 化け猫でも猫娘でも享受してやってんだよ、あたしは。
つーか、あたしの呼び方問題が、なんであたしを蚊帳の外にして勃発してんだ。
あー……、あれ? あれか?
大澤は爽やか人気者の穂積にコンプレックス的なものを常々感じており、いつか喧嘩売ったるぜこんちくしょう、みたいな心境で。
喧嘩の種を探していたら、あら、いい感じでいちゃもんつけられそうなネタ発見! みたいな。
……んなわけ、ねえか。
椅子に座ったあたしの頭上で向かい合う二人の顔を、交互に見比べる。
ううん、どっち見てもいい男だわ。絶景絶景、と。
そんなんは置いておいて。
「ね、ねえ? 何してんの、あんたたち」
「オレはよくわかんないんだけど、大澤が喧嘩売ってるみたいだね?」
うわ、穂積ってそんなどす黒い笑顔浮かべられるの!?
ひんやりした笑みを向けられて、思わずのけぞってしまう。
「お、大澤? あんたは何キレてんの?」
「オマエこそ、何呼ばせてんの?」
ええええええー。
何であたしがキレ口調で言われちゃうの。
あたしのせい? あたしのせいなわけ?
「呼ばせてんの、って、あたしがどう呼ばせようが勝手なんじゃん? あんたも好きに呼んだらいいんだし」
睨まれても簡単に怯むあたしではない。
孝三(父)の顔はすげえ怖いんだぞ。もちろん、その父親であるじいちゃんもな。
確実に鳴沢様に成敗される側なんだぜ。
そんなコワモテ男たちに、幼少のころから慣れ親しんでいるのだ。
綺麗な顔にすごまれたところで、いいもん見たわー、くらいにしか思わぬわ。
ふん、と胸を張ると、イノリは苦々しい顔つきで大きく舌打ちした。
「……オマエ、俺の知ってるミャオじゃねえ」
「いやいや。だからー、あたしがあんたを知ったのは入学式からですって」
またそこに話を戻すわけ?
いい加減飽き飽きですー。
ふう、とため息をつくと、穂積がいつもの柔らかい笑い声を零した。
「ああ、そうなんだ。なるほど、嫉妬なんだね? 好きなんだ」
「なにそ」
れ意味わかんない、と鼻で笑おうとした、その時。
「ええええええええええええっ!?」
教室を揺るがすほどの、女子の悲鳴が巻き起こった。
「ええええっ!? 大澤くんって化け猫が好きなわけ?」
「そんなそぶりなかったし! 嘘! 信じらんない」
うわあうわあと叫ぶ彼女たちの乱れた様子に唖然としていると、悠美があたしの肩をがっしと掴んだ。
「猫娘! そうなの? そうなの? そんな関係なの?」
ちょ。目つきがいつもと違いますけど。
怖い、怖いよ。
肩痛いよ。
爪くいこんでるんだよう。
「い、いやいや、何の関係もないって!」
ぶんぶんと首を横に振って、否定。
変な誤解を早く解かないと、あたしの身が危うい。
「大澤の勘違い。あたしを誰かと勘違いしてるみたい」
「大澤くん! どうなの!?」
女子の大半の視線が大澤に向けられる。
その異常なまでの熱気に気圧されたのか、大澤が少し怯えたような表情を浮かべた。
女子、怖いよな、大澤。
怖いうえ、痛いんだぜ。
爪、ぎちぎち刺さってるんだぜ、今もな。
「嫉妬、独占欲なんだよね、さっきの大澤の言葉は」
おい、穂積。
火にガソリン撒いてんじゃねえぞ。
この勢いだと、森一つくらい、軽く全焼すんぞ。
「どういうこと!? やっぱり化け猫が好きなわけ?」
「化け猫と仲良かったっけ? 話してるとこ、見たことないんだけど!」
「ええー! 化け猫はノーチェックだったのに、あたし!」
「猫娘! 答えな?」
ごつかったりいかつかったりする男は結構平気なあたしだが、殺気だった女子さまは、すんげえ怖い。
さっきの大澤の顔より、確実に今の悠美たちの顔のほうが恐ろしいです。
助けて、ママー。
「よ、よくわからんが、おまえら落ち着け。仮にも授業中だぞ!!」
おお、森じい! 天の助け!
野太い声を荒げた森じいを、思わず拝む。
ああ、ありがたや。
「だってえ、今確認しとかないとー」
「重要な話なんですぅ」
「確認なんていらんだろう。大澤が茅ヶ崎を好き。結構じゃないか、なあ、茅ヶ崎!」
おい。同意求めんな、じじい。
「化け猫かー。大澤って女の趣味、地味だな」
おい。今呟いたやつ、前に出ろ。
地味ってのは事実だけど、ムカつくことに変わりねーぞ。
「えーと、だから人違いなんで。あたしは別に関係ないんで」
イラつきを隠せないまま、ぶっきらぼうに言った。
迷惑極まりない。なんであたしが渦中の人みたいになってんだ。
「穂積も、変なこと言わないでくれる?」
「あー、ごめん。オレの勘違いだったんだね。本当にごめんね、ミャオ」
むう、と穂積を見上げると、申し訳なさそうに眉を下げて謝られた。
「ま、まあ、気をつけてくれたら全然いいんだけどね」
謝意は十分感じられるいいお顔だったので、許してやろう。
「大澤も、ごめんなー。間違いなんだろ?」
「こいつをそんな風に呼ぶなっつってんだろ」
お前、馬鹿か。馬鹿なのか、大澤。
収束させようとしてるのに、混ぜっ返すのか。
ぎゅう、と拳を握る。
ああ、がつんと殴ってしまいたい。
「……仕方ないな。じゃあ、これからは美弥緒って呼ぶことにしようかな。いい?」
はい、穂積のがオトナでした。あっさり譲歩。
まあ、こだわるような問題じゃないしね。
「いいよ。呼び方なんてなんでも」
「じゃあ、そうする。大澤も、それでいい?」
譲るとかいう言葉を知らないらしい大澤も、ようやくこくんと頷いた。
「なんだ? よく分からんが、モテるんだなー、茅ヶ崎」
黙って寝てろ、森じい。
――穂積の譲歩でようやく事態は落ち着いた。
あれから、
「大澤くんとは本当に何もないんだね?」
と目を血走らせた悠美に訊かれ、何度も首を縦に振ったので、それで他の女子も納得してくれたようだ。
殺気が静まったことに、心から胸を撫で下ろした。
穂積も、「オレって勘違いが多いんだよね」とフォロー? を入れてくれたし。
しかし大澤はというと、あたしをギロ、と睨んで自分の席に戻り。それからずっと怒りを滲ませた様子だった。
さっき帰りのH・Rが終わり、放課後になったのだけど、むす、とした顔つきで帰って行った。
何怒ってんだろ。
意味分かんない。
呼び方なんてあんたに関係ないじゃんよ。
「何だか大変な一日だったねえ、ミャオちゃん」
「うん……。何だろーね、あいつ」
「変にミャオちゃんにこだわるよねえ」
机に伏して脱力したままのあたしの頭を、琴音がよしよしと撫でてくれる。
「琴音ー、これってある種のいじめじゃない? あいつのせいで変なあだ名つけられるしさー。今日は公開処刑みたいな目に合うしさー」
「あはは。公開処刑って、なにそれ」
「さっきはごめんね」
ふいに琴音と違う声がして、顔を上げると穂積が立っていた。
「大澤が変なこと言うから、少しからかっただけだったんだ。結果、美弥緒が嫌な思いしただろ? 考えなしでごめん」
「あ、いやいや、もういいって。さっきも謝ってもらったしさ」
ぺこんと頭を下げられて、慌てて体を起こす。
一回謝ってもらえただけでもう十分なんで。
「もともとは大澤の言うことが意味不明なんだし」
「大澤かあ。あいつ、妙に美弥緒にこだわってるんだよなあ」
ふむ、と穂積が腕を組んだ。
「いつも美弥緒のことを見てるしね。さっき他の奴に聞いたけど、入学式のときもゴタゴタしたんだって?」
「あー、ほんの少し話しただけなんだけどね。って、穂積知ってたの?」
大澤があたしを見てること、知ってるのは琴音くらいだと思ってた。
穂積はひょいと肩を竦めて言った。
「なんとなくね。大澤が真剣な顔してるときはさ、大抵近くに美弥緒がいるからさ」
ほうほう、そうなのか。
やだ、もしかして他にも気がついてる人いるのかな。
見つめあってるとかいうスイートなことじゃなくて、睨み合ってるんですよー。あれは。
「まあ、甘い感じじゃなかったから、違和感あったんだけどね」
穂積、偉い。
空気の色をちゃんと見てるね。
素晴らしい観察力だね。
「大澤はさて置いて、美弥緒の大澤への視線、ギラギラしてるもんねー」
ああ、そう。そういうこと。
やだ、はずかしー。
酷い顔してたって自覚は、あるんだってば。
「何かね、ミャオちゃんのことを、昔から知ってるそぶりなんだよねえ」
「へえ。そういえば、そんなこと言ってたね。で、美弥緒は大澤を知ってるの?」
「知らない。記憶にないんだ。それに大澤の話だと、あたしがこっちにいない時の話みたいだから、会ってるはずないんだよね」
「でも、大澤くんは納得してないんだよねえ」
「ふうん、何だか、面白いなあ」
くすくすと穂積が笑った。
「面白いって、穂積もヒトゴトだよねー。もう」
「ああ、いやごめん。面白いっていうのはさ、大澤が人に執着してることが、だよ」
「は?」
どういうこと? と首を傾げたあたしと琴音に、穂積は笑みを浮かべたまま説明してくれた。
穂積と大澤は、小学校五年のころからずっと同じクラスだったのだそうだ。
穂積はそのときから、大澤を意識していたのだという。
「自分で言うのもおこがましいんだけどね、オレ、すごくモテてたんだ。
でもね、大澤と同じクラスになってからは、人気が落ちたんだよね。
女の子が人気投票みたいなことやると、オレはいつも大澤の下になっちゃうわけ。やっぱり少し悔しくなっちゃうんだよね」
ライバル、というやつですか。
青春だねー。いいよいいよ、そういうのって文部科学省も推奨してるからね、多分。
しかし、そこから熱い展開になるわけではなかった。
同じクラスが続いても、2人は争うわけでもなく、はたまた親しくなるでもなかった。
単なるクラスメイトとして、時間を過ごしてきたそうだ。
まあ、そんなもんよね、現実は。
穂積も大澤が気になって仕方がない、というほどでもなかった。
人気が落ちたといっても、全くなくなったわけではなく、
元来女の子が好きでもあるし(うん、やっぱりね、って感じ)、彼女とかほどよく作って楽しんでいたらしい。
が。
「大澤の方はさ、女の子に全然全くもう無関心。どんな子が迫ってもお断りしてさー。信じられなかったよ」
あんなに綺麗な見た目を持っているのに、今まで特定の女の子を作ったりなどしなかったらしい。
「不思議じゃない?健全な男子は、自分に好意を持ってくれているかわいらしい無防備な女の子を目の前にしておいて、『ごめんね』なんて言えないんだよね。好奇心が左右する年頃だからさー。色んな味を知りたいはずなんだよね」
……穂積さん、意外に貪欲なんですね。
こういうのもグルメって言っていいんでしょうか。
心底理解できない、という風に語る穂積に、琴音と二人でふむふむと相槌を打つ。
「でも、どんな子でも大澤は絶対断るんだ。中学の先輩にさ、すごく綺麗な人がいたんだよね。高嶺の花、っていうやつ? 医者の家系のお嬢様で、しかも文武両道。その子が捨て身で告白しても、大澤はあっさり断ったんだって」
ほほう。
そりゃ、あれじゃないかい。
趣味が悪いってやつ。
それか、BLかな。あたしのイチオシはもちろんBLですけど。
「もしかして女に興味がなくて、男が好きなんじゃないか、なんて話もでたんだけどね」
だよねー、そうだよね。そこにいっちゃうよね。
恋愛に縛りはないんだし、問題ないよ。
「でも、特定の友人もいなかったし、男には優しいってわけでもないし、そういう可能性はないだろうってことになったけどさ」
そうなんだー。残念。
って、別にBLがすごく好きというわけじゃないけどね。
でも大澤と穂積だったらなんていうか、耽美だしさ。
見てみたいなー、という好奇心。すんません。
「そんな大澤がさ、初めて女の子に興味を示してる。呼び名にまで執着してる。
これは、面白いといってもいいんじゃない?」
「そうだねえ。そういう流れだと、確かに」
こくこくと頷く琴音に、穂積が続けた。
「オレは、やっぱり大澤は美弥緒が好きなんじゃないかと思うんだよね」
「あたしもそう思う! やっぱりそうだよねえ」
「それ以外理由が思いつかないよね」
「だーかーらー、それはないって」
盛り上がる二人に水を差すようで悪いが、そこはきっちり否定させてもらう。
「なんで? 可能性として否定できないよ?」
「さっきも言ったけど、大澤はあたしを誰かと勘違いしてるだけなんだよ。
今日のいざこざの時も、俺の知ってるお前じゃない、みたいなこと言われたし」
お前の知ってる『あたし』って、どんなんだよ、ってね。
ひょいと肩を竦めてみせると、穂積は考え込むようにううん、と唸った。
「勘違い、で済む話なのかなー。だって入学してもう3ヶ月だよ?
大澤は毎日のように君を見てるんだから、人違いならいい加減気がつくと思うんだけどな」
「とは言われても。記憶なんて、ないんだよ」
「うん。美弥緒の言ってることが嘘だと思ってるわけじゃない。どこかで、ズレがあるんだろうな」
「ズレ、ねえ」
確かに、大澤が鈍い人間だと仮定しても、そろそろ人違いだと気付いてもよさそうなもんだ。
いくらあたしがそこいらにありがちな容姿だとしても、同じ顔の人間がたくさんいるわけじゃないしね。
「うー、ん。ありえないとは思うけど、とりあえず、親に訊いてみようかな」
9年前のK駅、だったよね。
もしかしたらあたしがすっぽり忘れているだけで、行ったことがあるのかもしれないし。
だとしたら、何か思い出すのかも。
「そうだね。確認してみたらどうかな?」
「うん。なにかわかったら穂積にも報告するよ」
「うん。ありがとう」
「じゃあ、そろそろ帰ろっか。明日、早いしね」
話が落ち着いたところで、琴音が言った。
そうだ。あたしは人よりも更に30分早いんだった。
鳴沢様の録画予約の確認や、荷物の確認もしなくちゃいけないし。
「よし、帰ろう。じゃあ、今日もお疲れさまでした!」
「ああ、お疲れさま。明日は、楽しく頑張ろうね」
「うん」
慌しく教室を後にした。




