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18.声優さんが後ろでアテレコしてる

18.声優さんが後ろでアテレコしてる



写真は全て、あたしと穂積が一緒にいるところを隠し撮りしたものだった。

仲良さげに見える構図ばかりで、撮った人間の目的が透けてみえるようだった。


「オレたちが付き合ってるってことにしたい、んだなあ」


誰もいなくなった教室には、あたしと琴音、それに穂積しかいない。

ぺらぺらと写真を眺めていた穂積が、ため息交じりに言った。


「で、そう勘違いさせたい相手が大澤くん、と」


琴音も、ため息をついて言う。

あたしと穂積が付き合っているとイノリに思わせて、イノリとあたしを引き離す。

それが、この撮影者の狙いではないか、と三人の意見が重なった。


「何て言うか、大澤ってすごい子にばかり好かれてるなー」


ぽい、と写真を放った穂積が苦笑する、


「呼び出しかける武闘派に、盗撮上等の知能派。いや、すごいよホント。ここまでくると、いっそ清々しいね」

「笑い事じゃないよ、穂積くん! この写真見る限り、すごく執着心のある人だと思うんだ、あたし」


琴音が通学風景の写真を指差す。

あたしの荷物や靴下などで判断したのだが、数日に渡って撮影されているのだ。

それに気付いた時には、背筋冷えましたよ、ホント。

だって何気ない生活の中に、監視者がいたってことでしょ?

まじで怖すぎなんですけど!


フィルター越しにあたしをこれだけ見つめていた人がいると思うと、身震いがする。

こういうの、精神上よくない、絶対。


写真を見るのも怖くなって、それらを全て裏返した。

焼却炉にぶち込んでしまいてえ、こんなモン。


「ミャオちゃんの家まで写ってるし、怖いよね。どこで調べたんだろ」

「だよなあ。ていうか、穂積とあたしが一緒に登校するってどこで知ったんだろうな。すごい捜査力なのに、生かすところ間違ってるよな」

「…………ん?」


と、穂積が写真を全て表に戻し始めた。

つぶさに確認していく。


「どした、穂積?」

「いや……、ああ、そうか」


しばらく写真を見つめていた穂積が、そういうことか、と急に笑い出した。


「な、なんだよ、穂積」

「いや、ふふ、そうか、なるほど、怖いなあ」


くすくすとひとしきり笑う。

不審げにそれを見ていたあたしと琴音に気付くと、穂積はようやく顔を引き締めた。


「犯人、分かっちゃった」

「は?」

「え?」


どうして?

琴音と顔を見合わせた。


「簡単だよ。美弥緒も冷静に考えてみなよ」

「はあ?」


穂積が、一枚引き抜いてあたしに渡した。

それは、抱き合ってるっぽい例の写真だった。


「これで何が分かるんだ? 別、に……あ、れ?」


ちょうど横から撮ったかたちなのだが、違和感。

隠れるとこ、なくないか?


記憶を必死に手繰る。

駐輪場をバックにしてるってことは、その反対側から撮っていたってことで、そちら側には車道があるのみ。

あたしたちにカメラを向けている人がいたら、気付いたんではないだろうか。

目の痛みでそれどころではなかったあたしは無理だとしても、穂積と葵ちゃんがいたんだし。


ん?


「葵、ちゃん……?」


そうだ。葵ちゃんなら、撮影できたんじゃないのか?

思い返せば、彼女は眼科に行く途中で、学校に休む旨の連絡をすると言ってケータイを手にしていた。

シャッター音を消すアプリだってあるんだし、あたしたちに気付かれないように撮影することもできたはず。


いやでも、待って。

葵ちゃんがそんなことするはずない。

あたしを心配して校内を探し回ってくれたんだぞ?


「あ、いや違うよな。はは、間違えた」

「間違いじゃないでしょ」


あっさりと穂積が言った。


「彼女なら、オレが翌日から美弥緒を迎えに行くってことも知ってる。美弥緒の自宅だって分かるだろ。あの日、彼女が美弥緒を家まで送ったんだから」

「だけど、そんな。あたしのこと心配してくれた子だし」


大丈夫? と心配そうに言ってくれた顔を思い出す。

あんなにあたしのことを思ってくれた子が、こんな真似するはずない。


「心配したフリかもしれないよ? じゃあ、葵ちゃんじゃなかったとして、美弥緒は他に誰か思いつく相手がいるの?

こんな絶妙なタイミングでシャッター切れるような人をさ」


穂積の問いに、ぐうと唸った。

それは、いない、けども。

少しの間、沈黙が三人の間を支配したが、それをやぶったのは琴音だった。


「訊けばいいじゃない」

「へ? 琴音、何?」

「訊けばいいじゃない。こんな写真撮って大澤くんに渡したの、あなたですかー? って」


うふふ、と肩を竦めて笑う。

その天真爛漫な笑顔に、戦慄した。

この笑顔は、ヤバいやつだ……!!


「いやでも、素直に言うとは思えないけどなー」


何も知らない穂積がふうむ、と唸る。


「彼女だってバレたくないだろうしさ」

「ふふ、そんなことくらい、大丈夫だよう。本当のこと話すまで訊けばいいだけだもん。ほら、こんなのもあるしー」


がさがさと取り出したのは、例のアレ。

ヒグマを撃退できる、デンジャラスなあの凶器だ。


「これ吹きかけちゃえば、ね?」


うふふ、と笑うその瞳は全く笑っていない。

様子のどこか違う琴音に、穂積がようやく気が付いた。


「美、美弥緒? 琴ちゃん、どうしたのさ?」

「あー、いや、たまになんだけど、手が付けられなくなるくらい怒るんだ、琴音は」


父親と共に大きな野良猪を捕獲したことがあるというミリタリー男ケンくんも、この状態の琴音には全面降伏したと聞く。

決して怒らせてはいけない女なのだ、琴音は。


「とりあえず、いこ? 話を聞かないことにはどうしようもないしぃ」

「ちょ! 琴音ちゃん! それはしまおうよ」

「どうして?」

「い、いやどうして? ってそんな不思議そうに訊く!?」


琴音さん、とりあえずスプレーのトリガーから指を離してください。

点火されかけている爆弾の様子を窺いつつ、とりあえず葵ちゃんの教室に行ってみることにした。


「葵? 今日はもう帰ったよー」


教室に残っていた何人かの女の子が教えてくれた。

それに、こっそり安堵のため息をつく。


「逃げたか……」


滅多に聞けない、琴音の超低音の呟きをなかったことにして、へらりと笑って見せた。


「と、とにかく今日は帰ろう。ね?」

「でも、明日から夏休みなんだよ? その間、大澤くんに勘違いされたままでいいの?」

「い、いや、よくはない。けどまあ、電話でもして、一応誤解を解いてみる」

「そう? でも、葵って子のことはどうするの?」

「新学期でいいよ。誤解を解いてしまえば、どってことないし」

「うーん、そう、かなあ?」

「そうだよ」


ここでこうしていても、どうしようもない。

イノリの電話番号は知ってるし、あとで電話してみよう。

必死に話せば、誤解を解いてくれるかもしれないし。

不満げな琴音をなだめつつ、校舎を後にした。



「――じゃあ、あたしはここで」

「うん、じゃーね」


あれから。お気に入りのカフェでランチとアイスを食べた琴音の機嫌はどうにか持ち直してくれた。

物騒なスプレーもバッグに沈めてもらったし、とりあえずはもう大丈夫だろう。


「気を付けて帰ってね、琴ちゃん」

「うん、ありがとう。あ、ミャオちゃん、ちょっと」

「ん? なに?」


あたしの横に立つ穂積を気にした様子の琴音に腕を引かれ、少し離れる。


「どうした? 琴音」

「大澤くんから、連絡あった?」

「……いや、ない」


カフェに入る前に、せめて誤解を解こうと電話をかけたのだったが、イノリは出なかった。

折り返し連絡くださいとメッセージを残したものの、未だ連絡はない。

あんなに怒っていたんだ、拒否、されているのかもしれない。


「そ、っかあ」


ふう、とため息をつく琴音に笑って見せる。


「琴音がそんなに思い悩まなくていいよ。何度か連絡してみるからさ。あんまり気にしないでいいって」

「う、ん。でも、さあ」

「いいって。なんか、気を遣わせてごめんな」

「ううん。あたしは、ミャオちゃんに元気だしてもらいたいだけだもん」


琴音は辛そうに言うが、それに驚いた。


「え? あたし、元気ない?」

「ないよう。全然ないよ!」

「そう、か?」


顔に手を当ててみる。

そんなつもりはなかったんだけど。

しかし、琴音がここまではっきり言うからには、どこか様子がおかしいのかもしれない。


「ま、まあ、そんなに気にするほどじゃないよ」


意識して、へらりと笑ってみせたものの、琴音はまだ納得がいかないようだった。

むう、と唇を引き結んでいたが、ふう、と息を吐いた。


「今は、あたしがやきもきしても仕方ないもんね。今日はとりあえず、帰るよ」

「そうしな、そうしな。お疲れ」


琴音の背中をとんとんと叩いた。


「ほら、せっかくの美肌が焼けちゃうから、帰りなよ」

「やだ、美肌じゃないもん。でも、うん、帰るよ。また連絡するね?」

「うん。部活が休みの日にでも遊びに来なよ」

「当たり前だよう。じゃあ、帰るね。穂積くんも、ばいばい」


琴音が離れた場所にいる穂積に声をかけると、待たされていた穂積はにこ、と笑った。


「うん。じゃあね。また、登校日に」

「じゃあね、ミャオちゃん」


帰路に就く琴音を、穂積と並んで見送った。

その姿が小さくなってから、穂積に顔を向ける。


「穂積も、今日はつき合わせちゃってごめんね。ありがとう。あ、バス停向こうでしょ? 行きなよ」

「いいよ、家まで送る」

「いいっていいって。真昼間で人の往来も多いんだし、大丈夫」


それに、あんな騒動があった後だ。

もう、あたしに攻撃しようなんて考える人間もいないだろう。

へへ、と笑ったあたしに対し、穂積は首を横に振った。


「もう少し、美弥緒と一緒にいたいだけだよ。送らせて」

「あ、いや、その」


どうしてそういうことをさらさらと言うかな、この人は。

本当に、慣れない。

もごもごとしていると、背中に手が添えられた。


「さ、行こう」

「あー、と。あのさ、穂積」

「ん?」

「ホントに、いい、から」


手の平から逃げるように、す、と離れた。


「だいじょうぶだから、ホントに。あの、色々ありがとう」


ぺこんと頭を下げると、穂積がふうん、と呟いた。


「オレを避けてるんだ? 大澤にこれ以上勘違いされたくないから」

「!! うあ、いやあの」

「大澤に拒否されたくないんだよね? 傷ついた顔してたもんね」

「あーと、その、だな」


狼狽える。琴音以上に、自分の内面を見透かされている気がする。

あたしを見下ろした穂積は、「一つ訊いてもいい?」と言った。


「な、なに?」

「大澤に呼び出しの件を頑なに言わないのは、どうして?」

「え?」

「さっきさ、言っていれば誤解は解けたよね? 大澤のこと好きな女の子たちに呼び出されたからだ、って言えば、大澤はきっとあんな風に怒らなかったと思うよ。どうしてそこまでして、秘密にしようとするの?」


内密にしようとした理由。

そんなの、簡単だ。


自分のせいだってあいつは思うから。

自分のせいで怪我させたって、傷つくから。

あたしの足の怪我を、あんなにも申し訳なさそうにしていたのだ。

それが、暴力を受けたとなれば、あたしも悪かったと言ったとしても、きっと傷つく。

だから、言いたくなかった。


「い、嫌な思い、させたくなかった、んだよ」

「なんで? 大澤のせいでもあるんだよ? 考えなしに君に向かっていくから不満を買ったんだ」

「そう、かもしれないけど、傷つくっていうのが分かってて言うのも、さ」

「傷つけたくない、って? 自分はあんな怪我したのに?」

「あたしはホラ、自業自得な面もあるし」

「何言ってるの? 被害者だろ、美弥緒は」


穂積の問いかけが、厳しい。

どうして今日はこんなに問い詰めてくるんだろう。

しどろもどろになっていると、穂積がため息をついた。


「もう、回りくどいのは、いいや。一旦はっきりさせてしまおう。大澤のこと、好きなんだろ?」

「は?」


俯いていた顔を上げると、そこには穂積の真剣な顔があった。


「オレは別にそれでも構わないんだ。そこから気持ちを自分に引き寄せればいいだけだから。認めなよ、美弥緒。そうでなきゃ話は進まない」

「あ、え? あたしが」

「そう。君は、傷つけたくないと思うほど、あいつを大事に思ってるんだよ」



――あたしが、イノリを、好き?


ざああ、と頭の中をイノリが巡る。

小さなイノリ。

大きなイノリ。

どちらも、屈託なくあたしに笑いかけてくれる。

『ミャオ』、と呼んでくれる。

繋いだ手は、小さかったり大きかったりしたけど、どちらも温かかった。


『じゃあな、茅ヶ崎さん』


そんな呼ばれ方、されたくなかった。

やっぱり、『ミャオ』って、いつもの声音で。

いつもの笑顔で。


呆然としたあたしに、穂積が言う。


「どう? 美弥緒」

「……だ」

「なに?」

「あたし、イノリが好きだ」


湧きだした感情が、勝手に口を動した。


「穂積、ごめん。あたし、イノリが好きみたい」


音になった事実は、いともたやすく心に響いた。


ああ。

あたしはイノリが、いつでもバカ正直に感情をぶつけてくるイノリが、いつの間にか好きになってたんだ。


穂積が、ふ、と不敵に笑った。


「ごめん、なんてのはいらないね。オレはそれでも美弥緒を引き寄せるって言っただろ? ここ、ゴールじゃなくてスタートラインだから」

「……へ? い、いやだってあたし今結構別方向に気持ちが盛り上がって来たところなんですけど」


あたしの今の言葉、聞いてた?

申し訳ないが、今のこの状態で穂積へ、なんて到底思えないんですが。


「悪いけど、穂積には応えられないよ」

「いいよ。逆境もまた良し、だし」


やっぱり自信ありげな穂積に首を傾げる。

この自信は一体どこからくるんだ?

そんな気持ちが表に出ていたのだろうか、穂積が愉快そうに言った。


「不思議?」

「う、うん」

「別にね、自信がある訳じゃないんだ」

「は?」

「どうして気になりだしたのか、って以前オレに訊いたでしょ?」


頷いた。

イノリにはあたしにこだわる理由もあるだろうが、穂積には全くない。

どうして急にあたしに構いだしたのか、ずうっと疑問だったんだ。


「親睦旅行の朝、覚えてる? 美弥緒、大澤に背負われて来たよね」

「うん」

「その時、声かけたよね。で、美弥緒は大澤の背中から顔を上げて、オレを見た」


はて、そうだっただろうか?

あの時のことは、混乱していてよく覚えていないのだが。


「その時の表情がさ、堪らなく魅力的だったんだよね」

「は、あ?」

「美弥緒はさ、前日までは片鱗もなかった、女の顔してたんだ。たった一晩で、だよ? その変化にぞくぞくした。で、思ったんだ。オレも、この子にこんな表情させたい、って」


あたし、どんな顔してたんだ?

全く、覚えてない。

皆の視線を一身に浴びて、羞恥の気持ちでいっぱいだったとは思うが、ただそれだけで、穂積にぞくぞくさせるような変わった顔をしていたわけではないはずだけど。


「ご、ごめん。意味わかんない」

「そうだろうね。無自覚だと思うよ。だからこそ、いいんだよ。君がオレのせいであんな顔をするところが見たいんだ。で、そうするとさ、もう美弥緒しか見えなくなったってわけ」

「は、あ」

「あの時のあれは大澤のせいだって分かってる。だから、それでいいんだ。事実を事実と受け止めてるだけ。諦めようと思えたらその方がいいんだろうけど、どうもできそうにないんで、開き直って頑張ろうかなと思ってる」


自信のあるなしじゃないんだ、と穂積はやけに爽やかに笑った。


「と、言われても……」


先にも言った通り、あたしの心は今イノリに向かっているわけで(と言ってしまうのも恥ずかしい話ではあるが)、穂積に傾くことはありえない。


「ま、気長にやるよ。オレたちまだ高一だし、これからどう転がってもおかしくないでしょ」

「は、はあ」

「まあ、まずは大澤と仲直りでも……ん?」


何気ない様子で視線を流した穂積が、何かに気付いた。

眉根を微かに寄せる。

と、いきなりあたしを抱き寄せた。


「な!? ほ、穂積!?」

「いいから。ちょっとこうしてて」


耳元で囁かれ、混乱する。


「な? な?」


何ですかー? い、意味わかんないんですけどー!?

腕の中でしばしの間もがもがしていると、カシャ、とシャッター音が聞こえた。


「ラブラブぶり、激撮しちゃいましたー。くっついたんだねー、おめでとう!」

「は?」


穂積の体の向こうから、女の子の声がした。


「カメラ、持ち歩いてるんだ?」


あたしを離した穂積が振り返って言った。


「葵ちゃん」

「あ」


穂積の向こうに、ピンクのカメラを手にした葵ちゃんがいた。


ふんわりしたシフォンのワンピース姿で、長い髪は白いシュシュで一つに纏められている。黒縁のダテ眼鏡の良く似合う文句なしの美少女は、悪びれた様子もなく、ぺろりと舌を出してみせた。


「うん! だってほら、こういう名場面を切り取っておけるじゃない?」

「ふうん。こうやって、写真を撮っては溜めてたわけだ。大澤にあの写真の束を渡したの、君だろう?」


切り込んだ穂積の言葉に、葵ちゃんは驚いたように目を見開いたものの、にっこりと笑った。


「えー、どうして?」

「眼科での写真を外すべきだったと思うな。あれは決定的だよ」

「あー、あれかー。一番インパクトあったからさー。外したら勿体なくって」


てへ、と笑って小首を傾げる。

その様子は可愛い悪戯がみつかった子どものようだった。


「あ、やだ。穂積くんったらそんなに怖い顔しなくってもいいじゃない。邪魔したの、怒ってる?」

「邪魔?」


険しい顔をした穂積に、葵ちゃんは続ける。


「うん。今、いい感じのラブシーンだったでしょ。ごめんねー、美弥緒ちゃん。ていうか、おめでとー。今さっきのって穂積くんと付き合うことになったって感じでしょ?」

「え?」

「穂積くんとなら、応援しちゃう。よかったねー」


にこにこと笑う葵ちゃん。

え? どうしてここにいるんだ?

ていうか、この場面で、何言ってるんだ?


目が点になってるあたしとは違い、穂積は状況が理解できているのらしい。

顔を顰めたまま言った。


「認めたってことはやっぱりそうなんだ?」

「隠してもしょうがないみたいだね。はーい、白状します。私の仕業です」


穂積の問いに、葵ちゃんは素直に頷いた。

頷いた? あっさり?

成り行きについて行けず呆然とするあたしの前で、二人は会話を続けた。


「目を覚ましてもらいたくて。お蔭で祈くん、美弥緒ちゃんから離れてくれたみたいだよね、よかったー」

「ふうん、やっぱり大澤を美弥緒から引き離すためだったんだ」

「だって、ありえないでしょ? こんな人、祈くんが好きになるなんて」


くすりと笑った葵ちゃんが、侮蔑を含んだ視線を流した。


「この際言わせてもらっちゃお。穂積くんの前で悪いけど、全っ然綺麗じゃないし、可愛くもないし、長所ドコって感じの超地味顔じゃない。そんなの祈くんとは釣り合わないもん。ね?」


ね? って、天真爛漫な顔で言われても、あたしはそれに素直に頷けないんですが。

同意を求める人選、間違ってますよね。


ていうか。え? なに、この毒舌っぷり。

あたしのマザーテレサだったよね? この子。

一体どうしちゃったの?

しかし穂積は、冷静だった。落ち着いた声で訊く。


「全部君ひとりの計画なの?」

「ひとり、ってどういうこと? 呼び出しのことなら、理恵たちが勝手にやったことだよ。私はそれを止めないで、利用しただけー」

「止めなかった?」

「うん。真っ先ににざまーみろって思ったし?」


あの時どこかから見てたんだろうとは思っていたが、計画の時点から知っていた?

しかも、ざまーみろ?

そのかわいいお口が言いました?

と、葵ちゃんがあたしに綺麗な笑顔を向けた。


「ブサイクが祈くんに想われてるだけでも腹が立つのに、他の男と二股だもん。制裁されるのは当たり前だよ。美弥緒ちゃんも、その辺りは勿論納得してるよね? 反省してくれてるといいんだけど」

「え? い、いや」


ぽんぽん反論したし、理恵には言い過ぎたかなと思っているが、だからといって「アレ」が当たり前のことだとは思えないんですが。

しかし、この笑顔で暗黒告白してるなんて、嘘だろ?


腕のいい声優さんが後ろでアテレコでもしてるんじゃないのこれ。

すんまっせーん、ちょっとでいいんで出てきてもらえませんかー。


「じゃあ、呼び出しは置いておいて。写真は? 一人でやったの?」


穂積は葵ちゃんに冷ややかな視線を向けつつ、淡々と訊く。

それに気付いているのかいないのか、葵ちゃんはまたもやこっくりと頷いた。


「そこはね、頑張ったんだよー。写真撮るのも大変でね。仲よさ気に見えるアングルっていうの? すっごく難しくってー。カメラマンも大変なんだなってよく分かった。あ。あれ上手く撮れてるでしょ。焼き増ししたげよっか?」

「……な、なんで? なんでそんなことしたの?」


ようやく声を振り絞って聞けば、きょとんとした葵ちゃんは軽蔑したような眼差しをあたしに向けた。

敵意のこもった視線にたじろぐ。


「美弥緒ちゃんって、本当に理解力ないよね。だからー、祈くんの目を覚まして、美弥緒ちゃんから離れてもらうためだってば。穂積くんと美弥緒ちゃんがくっついてしまえば、祈くんの目も覚めるでしょ?」

「くっつくって、いや、その」

「このさいだから言っておくけど、美弥緒ちゃん、自分の程度くらい把握してるよね? 祈くんに似つかわしくないよね? なのに、一時でも想われてたって、おかしくない? おかしいよね? 目を覚ましてもらおうって頑張った私の努力、わかってくれる?」

「は、あ、いやその、わかるとかわかんないとか」


程度、というのは話の流れ的に顔面レベルのこと、ですか。

いや、そりゃ低いですけども。さっきブサイクってはっきり言われちゃいましたしね。

余りにきついことを言われすぎて、もごもごとしか答えられない。

そんなあたしに、葵ちゃんは言葉を重ねた。


「美弥緒ちゃんは、祈くんにふさわしくない。祈くんにふさわしいのは、私しかいないんだよ。横に並んでも、恥ずかしくないもん」


とてもかわいらしい笑顔。確かに、あたしなんか足元にも及ばない。

その天使のような笑顔が、ほんのりと影を帯びた。


「まあでも、祈くんってばまだ気付いてくれないんだけどさ。美弥緒ちゃんなんかに寄り道しちゃうし」


え。えー、と。

イノリのことが好き、ということでいいのだろうか。

で、邪魔なあたしを排除した、とそういう感じ?


なんだか、信じられないんだけど。

だって、この葵ちゃんがそんなこと考える?

盗撮とか、絶対しそうにないじゃん。


いや、結構悪し様に言われたけどさー。

手にはカメラ持ってるけどさー。でもさー。


「でも」と葵ちゃんがぱっと顔を明るくした。


「祈くん、美弥緒ちゃんへの気持ちも冷めちゃったみたいだし、計画通りだから、今はよしとするわ。美弥緒ちゃんもさ、穂積くんは手に入れられたんだし、満足だよね?」

「は?」

「穂積くんだって充分かっこいいし、優しいもん。いいよね? だから、二度と祈くんに近づかないでね」

「え?」

「祈くんに近づかないでって言ってるんだってば。いっそのこと、嫌われたままでいてくれる?」


嫌われた、ままで?

反射的に、口が動いていた。


「それは、できない」

「え?」

「無理。あたし、イノリが好きだもん。誤解、解く」


嫌われたままなんて嫌だ。

今すぐにでも、誤解を解きたい。違うんだって言いたい。


「穂積にもさっき言った。あたし、イノリが好きなんだ」


一瞬固まっていた葵ちゃんの顔が、ぐ、と険しくなった。

形のいい眉が形を変える。


「は? 何て言った?」


超低音の呟き。それは葵ちゃんの口から紡がれたものとは思えなかった。

瞳が真っ直ぐにあたしに向けられる。

その視線の力強さはあたしを睨み潰そうとするかのようだった。


「何、身の程知らずなこと言っちゃってんの、あんた」

「二股みたいに思われてたのは、ごめん。でも、あたしは好きなのは」

「ブスが調子に乗らないでくれる? 発情しても全然綺麗じゃないんですけどー」


この場面で、葵ちゃんはあはは、と声高く笑った。

と思えば、あたしに視線を向ける。


「魔物だか何だか知らないけど、祈くんに近づかないでって言ってるの。

あんたはあんたに似つかわしいレベルの男と遊んでりゃいいでしょ」


……え。えーと。茅ヶ崎美弥緒、妖怪から魔物にシフトチェンジしました☆

ではなく。


こ、こ、こえええええええ!

美少女というものは笑顔が最強の武器だと思っていたが、訂正。

憤怒の形相が、最強だ。

綺麗なものは、怒りが滲むと凄惨な美しさに昇華するのだ。

自分が言われた言葉より、その顔つきに恐ろしさを覚えたあたしであった。

しかし、ここは譲れない。

あたしだって、自分の気持ちに気付いた以上はこのままではいられんのだ。


確かに、葵ちゃんは可愛い。綺麗。ブラボーな美人さん。

あたしなんてホント、比べるのも気が引けるくらいのモブ顔の地味女ですよ。

長所なんて突出したもん、ねえさ。

女としては敗北ですよ。


でも、イノリは昔から、あたしを外見で見てなかった。

そんなところで判断してなかった。きっと今も。

そこだけは、断言できる。

外見だけで身を引くなんてのは嫌だし、このままイノリに嫌われ続けるなんていうのはもっと嫌だ。


「イノリが葵ちゃんを選ぶって言うのなら、あたしだってそれに従うし、そこからどうこうしようと思わない。けど、こんな形のまま嫌われてくことはしない。あたし、イノリにはきちんと言うから」

「ちょっと! やめてよ!」


葵ちゃんが、初めて動揺を見せた。

顔色を変え、あたしに縋る。

力任せに体を揺らされた。


「止めて。祈くんに近づかないでよ! あんたみたいな女、似つかわしくないって言ってるでしょ?」

「ちょ、あ、あの、葵ちゃ」


か細い体のどこにそんな力があるんだろう。

かっくんかっくん揺らされる。

ど、どうしよう。これって力任せに振り払っていいんだろうか。

いやでもそんなことして怪我させたら大変だし。


「ブスは引っ込んでてよ!」

「オレからしてみたら、君の方がよっぽど似つかわしくないけどね、葵ちゃん?」


ぐい、と穂積が葵ちゃんの肩を掴んだ。

葵ちゃんから解放されるあたし。

捕まれた肩の部分がジンジンと痛んだ。


「君は確かに可愛いけど、性格はブサイクだよ?」

「は、はあ? 穂積くん、何言ってんの? 私がブサイクなんてあるわけないし!」

「少なくとも、オレの中ではブサイクだよ? 君みたいなブスはみたことない」


にっこりと笑みを湛えた穂積の頬に、葵ちゃんは平手を打とうとしたが、ひょいと避けられた。手のひらが空を切る。


「逃げないでよ!」

「テニス部にしては振りが遅いね。こそこそ盗撮する暇があったら素振りの練習でもしたら?」

「な……!」


余程腹ただしかったのだろう、顔が真っ赤に染まった。


「馬鹿にしてるの? ていうか、私たちの話の邪魔しないでよ」

「するよ。好きな子のことをコケにされて気持ちいいわけないだろう?」

「ね、ねえ。なんで穂積くんまでこの子なわけ?」

「君の価値観から言えば、そうだな、君よりもよっぽど美人だからかな」


再び平手を打とうとした葵ちゃんの手首を、穂積が掴んだ。

力を込めてるのだろうか、「痛っ」と葵ちゃんは小さく呻いた。


「離してよ!」

「君もさ、正面から全力で挑んだ方がいいと思うよ? 断言してもいいけど、このままじゃ大澤は君に気付くことすらないと思うよ」

「はあ!? どうして分かるのよ!?」

「どうして、って、大澤は君の名前すら満足に憶えてないから」

「……へ?」


葵ちゃんの体から力が抜けた。


「うそ。だって私、小学校の頃から一緒で……。クラスも一緒で……。中学校の頃はほら、付き合ってるなんて噂も出て」

「うん。でも、覚えてないよ。君が美弥緒に自己紹介してる時に、初耳って顔してたから。同中っていうのも、忘れてたみたいだったよ」


親睦旅行の、あの時のことだろうか。

葵ちゃんの頬から赤味が消えていく。


「写真は君が大澤に手渡し、てるわけないか。手を汚しそうにないもんな。

最近、大澤と話したりとか、そういう接点はないよね? 名前を呼ばれたことある?」

「い、いやそれは、ない、けど……」

「今度話しかけてみなよ。『何サンだっけ?』くらいのこと言うよ、あいつは」

「そ、んな」

「そんな状態でさ、どうやって付き合えるところまで持ってくのさ。ちなみにそんな大澤は、9年前だかに会った美弥緒をずっと覚えてて、再会できるのを待ってたらしいよ?」

「……!?」


穂積に向けられていた葵ちゃんの顔が、あたしに向いた。

その表情にはさっきまでの強気な様子はない。


「うそ、よね?」

「あ、いや、本当、です。9年前に会ってます」

「初恋ってやつなんじゃない? こんな言いかたしたくないけど、一途なんだろうね」


だらりとした葵ちゃんの腕を離した穂積は言い足した。


「てな訳で、君は本気を出さなきゃ美弥緒に勝てないと思うよ。君が馬鹿にした美弥緒は、9年間あいつの心を占領してきた猛者だからね」


猛者、て。

別に何かと戦ってきたわけでもないんですけども。

でも、葵ちゃんがあたしを見る瞳の色が、変わった。


「姑息な手を使うより、堂々と宣戦布告して向かい合った方が、可能性はあると思う。まずは大澤に名前を覚えてもらうことから、だろうけどね」


え、えーと? 穂積さん、葵ちゃんを焚きつけてやしませんか?

ねえ、ちょっと。

ほら、顔つきに生気が戻って来たって言うか。


「……わかった」


果たして、彼女ははっきりとそう言った。

それから、あたしを真っ直ぐに見て、宣言した。


「私、祈くんを落とすから。あんたから奪い取るから!」

「へ? へ?」


なに、なんで宣戦布告みたいなことになってんの?


「覚えてなさいよ! 絶対だからね!」


言い捨てて、葵ちゃんはだっと駆け出して行った。


「あ、葵ちゃ……」


背中に声をかけても、葵ちゃんは振り返ることすらしてくれなかった。

あっという間に小さくなっていく背中。


「うーん、彼女もけっこう熱い女だよねー。あはは」


横に並んだ穂積があっけらかんと笑った。

それを見上げて訊く。


「穂積さ、もしかしなくても、葵ちゃん焚きつけたよね?」

「うん? そりゃそうだよ。仲間は多い方がいいしね」


爽やかな笑みですが、本当に爽やかなんでしょうか、穂積さん。


「ホントはね、美弥緒にあんまりひどい事言うから心折っちゃえって思っただけなんだけどね。いやー、強い子だね」


折っちゃえ、って。怖っ!

怯えたあたしに、穂積は「それより」と言った。


「これからどうするの? 大澤に電話でもするわけ?」

「あ。う、ん。その、つもり」


穂積の顔を見た。


「あの、さ。さっきも言ったけど、あたし、穂積には応えられないと思う」

「そこから状況を逆転させるのも楽しいよ。オレ、人のモノ盗るの、好きな性質なんだ」

「うあ。はっきり、言うね」

「うん。だから、美弥緒も覚悟してて。ここからはふざけずに真剣にいくから」


にっこり笑った穂積は、あたしの額に触れるだけのキスを落とした。

温もりを残して離れた唇に、顔が一気に赤く染まる。


「な! なぁぁぁぁ!?」

「これは挨拶みたいなもの、かな。じゃあね」


ひらり、と手を振って、穂積は去って行った。

その足取りは軽い。

額に手をやったあたしは、それを呆然と見送るしかなかった。


「な、なんなんだ、もう……」


ふざけずに真剣、って、じゃあ今までのあれはなんだったんだ。手抜きってか、おい。

ていうか、この怒涛の一連の流れはどうなっとるんだ。

自分の気持ちを確認するわ、マザーテレサにこてんぱんに言われた上に宣戦布告されるわ、妙な告白されるわ。

あたしの人生、早送りでイベント消化中?

それって死亡フラグへまっしぐらですか? そういうルートに乗ったんですか?


「つか、死ねないし!!」


やり残したことたっくさんあるんだよ、こっちは。

夏休みもここからスタートなんだよ!


「と、とにかくイノリに電話してみよう」


妙に焦ってしまい、すぐにでも誤解を解かなくてはと思う。

ケータイを取りだし、イノリにコール。

3、4、5コール。

やっぱり、でない。


「拒否、だよなあ」


やっぱり。

あんなに怒ってたんだ、何度かけても出てもらえそうにない気がする。

じゃあ直接会うしか、って登校日は十日以上先だし、家知らないし。


「えーい、くそう。召喚、三津!」


仕事中じゃありませんように!

祈りを込めてかけた三津サマは、ワンコールで出た。


『はいよー。どした、みーちゃん』

「イノリん家教えてぇぇぇっ!!」

『は?』

「イノリに話さなくちゃいけないことがあるのー! 至急なの! お願いします、三津サマ!」

『お? おお』


そうして、三津に教えてもらったあたしは、その足でイノリの家に向かうことにした。

こうなりゃ、直接会って謝るしかねえ。

『どうしたどうした』なんて三津は騒いでいたが、それは後回しで切らせてもらった。



緑も豊かな公園では、セレブぽい奥様たちが日傘を差して談笑している。

かわいらしい子供たちが楽しそうに遊具で遊んでいるその前に、イノリの住んでいるというハイソなマンションがそびえ立っていた。


「ここ、か……」


気後れしそうなくらいオサレな外観のそのエントランスに、あたしはどきどきしながら足を踏み入れた。


「確か、5階だよね。て、あれ、ここどうやって入んの?」


こんなとこ、縁がないから分かんない!

田舎者ですんません!

もたもたしていると、開かずの自動ドアがふいに開いて、一人の男の人が出てきた。

うわ、あたし、怪しい女ぽいかも、と端っこに身を寄せれば、通り過ぎようとした男の人が「おや」と声を上げた。


「その制服……、祈のお友達かな?」

「は?」


顔を見て、息を呑んだ。

そこに立っていたのは、スーツ姿も眩しい、大澤父その人だったのだ。


ひぃやはぁぁぁぁあああああああ!

か、かっこよさ倍増! 渋み倍増! 素敵! 素敵!

9年の歳月はすげえよ、もうマジで!


「あ、れ? 君、どこか、で……」


にこやかな笑みを浮かべていた大澤父が、眉根を寄せた。


「どこかで会ったような気がするだが。ええと、どこだったか……」

「あ、あの。あたし、茅ヶ崎、美弥緒、です」


覚えて、いるだろうか。

ていうか、覚えていたとしたら、完全に妖怪の類扱いだろうか。

しかし、誤魔化すと言う選択はないと思ったので、どきどきしながら自己紹介した。


「以前、織部のじい、織部先生の家でお会いした、んですが」

「あ」


ぽかんとした大澤父だったが、その後に目を見開いた。


「な……。まさか、あの話本当だったのか!? 一心の戯言だと思ってたのに!」

「へ?」

「いや、聞いてたんだ、あいつから。でも信じられなくて、すっかり忘れてた。じゃあ、あれは本当だったのか。タイム……」

「はい」


加賀父が説明していてくれたらしい。

ほっとして頷けば、大澤父は子供のように無邪気な笑みをみせた。


「すごい、なあ。そうか、君はあの時、時空を超えて祈を助けてくれていたのか」

「い、いや、そんな大層なことしてないんですけど」


照れる。

こんな素敵な男の人から笑みを向けられて、動揺しない人間なんていないだろう。


「いや。あの時は本当にありがとう。ずっとお礼が言いたかったんだ。

さっそく上でお茶でも、と言いたいんだが、私はこれから出かけなくてはいけないし、それに、祈に用があったんだろう?」

「あ、はい」

「祈は学校から帰ってきてすぐに、一心のところに行くと言い出して、随分前に家を出たんだ。今頃はもう隣県に入っているところじゃないだろうか」

「ええ!?」

「急だろう? 気紛れに振り回されるこっちの身にもなって欲しいものだよ」


加賀父の所と言えば、あそこか!

遠すぎ!


「あ、あの。いつごろ、帰ってきますか?」

「うん? ああ、いつかな。長期の休みは、向こうに長くいることが多いからな」

「そ、そうですか……」


どうしよう。電話にも出てもらえないし、このままじゃしばらく誤解されたままじゃないか。


「美弥緒さん、だったね」

「あ、はい」

「祈が帰ってきたら、一緒に食事をしよう。あの時の話を、君の口から聞きたいんだ。どうだろう?」


にこり、と笑いかけられて心臓が跳ねあがる。

あーもう、素敵過ぎだって。


「ひゃ、ひゃい」


こくこくと頷く。首を横に振るなんて不遜なことしたら、罰が当たる。

大澤父は満足げに頷いた。


「きっとだよ? 全く、祈も君に再会できたのならさっさと言ってくれればいいのに。いつもいつも、俺は後回しで一心にばかり……おっと、君に愚痴を言うなんて失礼」

「い、いえ……」

「もう少し話をしたいんだが、あいにく忙しくてね。きっと、また会いましょう。ああ、これが連絡先です」


大澤父は、慣れた手つきで胸元から名刺入れを取り出した。

一枚差し出されたのを、有難くいただく。

ふおおおお、ありがとうございます! 家宝に致します。


「じゃあ、また」

「はい! お仕事頑張ってください!」


立ち去る大澤父を最敬礼の角度で見送った。

姿が見えなくなって、は、と我に返る。


「ふあ! ど、どうしよう、これから!」


いつ帰るか分からないなんて、どうしたらいいの。

イノリの性格だったら、登校日も無視しちゃいそうだし!


気持ちとしては一刻も早く謝って誤解を解きたいのに!


「うー……加賀父のとこかあ。柳音寺かあ……」


こんなことにならなければ、数日後にはあたしも行っていたはずなのに。

織部のじいさんに会って、あのお風呂に入れてもらって、スイカ食べるはずだったのに。


あー、ちょっと恨むぞ、葵ちゃん。


「うー……」


座り込んで、唸る。

綺麗な格好をしたマダムが入ってきて、あたしを如何わしそうに見たので慌ててマンションを後にしたものの、道端に座り込んで再び唸る。


「……、よし。決めた」


しばらく悩んだ後、立ち上がった。

こうしていても仕方ない。

行動あるのみ。


「よっしゃ、家に帰るぞ!」


言って、あたしは駆け出した。



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