学生になりました
「準備できた?」
その声に頷く。
「それじゃあ行こうか」
歩き出した人の後を追い、私もついていく。
「ミイがいなくなると、寂しくなるな……」
お互いずっと喋らなかった道中、目的地の前でポツリと呟いた。
「アキ」
私が声をかけると、アキは顔をくしゃっとさせて私を抱き締める。
「ミイが心配だ」
鼻をくすぐるアキの匂い。
しばらく離れるのは私も寂しい。
「アキ、泣く、メ」
私は言葉をうまく話せない。
アキは失言症じゃないかって言う。
確かに昔は全然話せなかった。
精神的ショックで、声が出なくなったんだろうって。
私とアキは血が繋がってない。
血溜まりで夥しい死体の中で、一人座り込んでいた私を保護し、育てたアキ。
何でそんな場所にいたのか、何でそんな状態になっていたのか、よく思い出せなかった私は、自分の名前や年齢も分かってなかった。
アキは一時的な記憶喪失だろうって言う。
言葉が出ないのも、記憶がないのも、精神的負担が大きかったんだろうって……
何も覚えていない私にはよく分からないけど、アキは優しいし今の所不便はない。
でも、これからは違う。
国の決まりで、全寮制の学校に通わなくてはいけないからだ。
アキと離れなきゃいけない。
未だ上手に話せない私を心配して泣くアキ。
その大きな体を抱き締める。
アキは男の人で、この国では偉い人。
仕事の話はあまりしてくれないから詳しくは知らないけど、魔法が使えると聞いた。
この国では魔法が使えるだけで重宝され、アキの魔法は強力な為に役職を与えられたって言っていた。
肩までの金髪で、水色の瞳を持つアキ。
黙ってたらすごく格好いいのに、口を開けば私バカ。
私は腰に到達する位の黒髪に、黒い瞳。
ここまで真っ黒なのは珍しいとアキに言われた事があるけど、アキ以外の人をあまり見る事もなかった私にはよく分からない。
「アキ」
「学校へやりたくない」
声をかけると、更に抱き締められる。
「いい子」
全寮制のこの学校に通うのは、満16才になった人に義務つけられている。
今までに学校に通わなかったのは、私が今よりも話せなかった事もあるけど、アキが私と離れたくないと言ったから。
アキの権力で通わなくても済むようにしていたらしい。
でも、今回ばかりはそれが無理だったみたい。
全寮制って事は、私が家に帰る事がなくなるって事。
アキは忙しいし、私は週末や長期休暇にしか帰れなくなるから、滅多に会えなくなってしまう。
「アキ、いい子
……行こ?」
まだ学校の入口。
泣いてるアキの頭に手を伸ばし、撫でる。
私に抱きついてるから撫でやすい。
「一緒にいなきゃ、ミイを守れない」
「呼ぶ」
昨日渡された電話を見せる。
アキの番号しか入ってないそれは、これから先、私の御守りになる物。
魔法が使えるアキには必要ないみたいだけど、使えない人にとっての通信手段は、こういった小型化された機械。
「……うん
絶対すぐに飛んでくる」
頷くと、再び私を抱き締めた。
それから私の手をとり、学校の中へと入っていく。
(アキの魔法で見た通り……)
アキは魔法で映像を見せる事もできる。
迷わないようにって何度も見せられたけど、本当に見たままの景色が広がっている。
此方をジッと見ている人が沢山いるのだけは、それとは違っていた。
アキは有名みたいで、大体の人が知っているらしい。
私にそれを教えたのは、いつもアキと一緒にいる、アキ曰く仕事仲間。
ソルドといって、黒に近い茶髪に、青い瞳の、世話好きなお兄さん。
アキよりも年上らしいけど、アキは私と一緒にいる時は年齢より若くしか見えない。
(理事長室……)
扉に書かれた文字を読む。
アキは何も言わずに入っていき、手を繋いでいる私もすぐに入った。
(此処、嫌い)
赤で統一された部屋。
でも、私は急に気分が悪くなって足を止める。
「ミイ?」
繋いでいた手を振り払い、一目散に部屋から出る。
「ミイ!」
部屋を出た所で、後ろから抱き締められた。
「嫌だったな、ごめん
すぐに内装を替えさせる」
私を隠すように抱き締められ、やっと落ち着きを取り戻した。
「此処、嫌」
「そうだな
場所を変えてもらおう」
私が赤色が苦手なのをアキは知っている。
服とか髪とかならあまり気にはならなくなったけど、こういった部屋で四方を赤で囲まれるのは未だに苦手。
次に行った場所は、本がいっぱいある場所。
確か、入り口には図書室って書いてあった。
壁は白で、私はアキの横に促されるまま座る。
「私はこの学校の理事をしています
ロウルと申します」
ロウルはショートの茶髪に紫の瞳の男の人。
アキよりもだいぶ年上みたいだけど、顔色が悪い。
「早急に彼処の壁紙を貼り直せ」
「はい、直ちに」
たぶん、理事長室の事を言っているんだろうけど、また行く機会があるならアキの言葉に賛成だ。
「ミイはこの通り、話すのが苦手だ
未だに強いストレスを感じると声が出なくなる
ちゃんと目を光らせていろ
もしそんな事になれば、相手だけでなく学校諸とも潰すから、そのつもりで」
「は、はい……
肝に銘じておきます」
ロウルは更に青い顔をして汗を流している。
「た、担任を呼びます」
ロウルが部屋を出ていき、その途端に頭を撫でられる。
「アキ
いじめ、メ、よ?」
「いじめてないよ
俺が側にいない間、ミイを守れって言ってるだけだよ?」
とてもそんな風には聞こえなかったけど、アキがそう言うなら間違いないんだろう。
「お待たせしました
此方がミイさんの担任をする、リアンです」
「リアンと申します
全力でミイさんをサポートします」
リアンは紅色の短髪で緑の瞳。
ロウルと同じように青い顔をしてるけど、優しそうな雰囲気をしている。
「ソルド、似てる」
ソルドも優しい。
顔はもっと格好いいけど。
「駄目だよ
ミイは俺のだ
ソルドにあげない」
周りから隠されるように抱き締められ、ロウルもリアンも見えなくなった。
(ソルドに雰囲気が似てるって思っただけなのに……)
ソルドがいうには、アキはヤキモチ焼きで嫉妬深い。
私がソルドを好きだと言った時、殺されるって思ったって言ってた。
私が止めなきゃ、ソルドは死んでたって……
私はアキに引き取られ、育てられたけど、アキは親って感じじゃない。
お兄ちゃんって感じでもない。
お兄ちゃんって感じがするのはソルド。
アキはまた別の存在。
アキは私をお嫁さんにするってよく言ってる。
私はアキの事好きだし、いつも言われたら頷いてる。
断る理由もないし、アキと一緒にいられるならそれでいい。
アキに体を触られるのも気持ちいいんだけど、あの体を揺すられる時だけはどうしていいかが分からない。
自分が自分でなくなるような感じがして、少し怖い。
そんな気持ちとは裏腹に、体は快感を追う。
体に心がついていけてない私は、いつも泣いてしまう。
アキはそんな私を悲しそうな目で見る。
その後いつも“ごめん”って言われる。
でも、何をされたとしても、私がアキを嫌う事なんかない。
もうアキと一緒にいて八年目。
初めはそうでもなかったけど、今は一番気を許す相手。
何をしても受け止めてくれる人。
そんな人が側にいる私は幸せ者だ。
「アキ」
声をかけると、抱き締めてる腕の力が少し弱まる。
「泣く、メ」
泣きそうな顔をしてるアキの頭を撫でる。
「私、アキの」
「ミイ」
また抱き締められる。
でも、今度は優しく。
「……ミイに変な虫を近付けるな」
「「は、はい!」」
ロウルとリアンの揃った声が聞こえた。
「で、では、寮の部屋へと案内します
その後教室へ向かいます」
ロウルとリアンが歩いていき、その後ろをアキと私が歩く。
私はアキに抱き上げられたまま。
男の人が三人歩くスピードに、私がついていくのが大変だからって……
「寮は此方です
ミイさんは一人で部屋を使用してもらいます」
「俺がいつでも泊まれるようにしろ」
「え……は、はい……」
部屋を点検していたアキは、急にロウルとリアンを外に出し、何やら呪文を唱えた。
「これでこの部屋はミイと俺しか入れない」
(え?)
そこまでする必要があるのかと思ったけど、アキのする事だから何か意味があるんだろう。
「ソルド」
「ソルドは必要ないよ
帰ってきた時に会えるだろ?」
ソルドも駄目みたい。
アキの力は強いから、ソルドでもアキの魔法を破る事ができない。
魔法で私の荷物を整理するアキ。
魔法は便利に見えるけど、アキやソルドには危険だから私は使えない方がいいと言われた。
何が危険なのかよく分からないけど、アキやソルドの二人が言うなら本当に危険なのだろう。
でも、魔法が使えるかどうかなんて、ある日突然分かるらしい。
まだどんな人が魔法を使えるようになるのかが分かっていないからか、全寮制で生徒を管理し、調べるために学校に入る事を義務化していると聞いた。
「次は教室だな」
「あ、あの……
教室までついてこられるのですか?」
「何か不味い事でも?」
「い、いえ……」
ロウルとリアンは未だ青い顔をしている。
「アキ」
「ミイと一緒に過ごす奴等を見とかないと
ミイに何かする奴がいるかも知れないからな」
こういう時のアキは、何を言っても止まらない。
私はまた抱き上げられ、ロウルとリアンの後を歩くアキ。
中途な時期に学校へ通う事になったのは、アキがずっと行かせないようにって粘っていたから。
結局は無理で、私は学校へ強制的に招集された。
アキは後で文句を言いに行くって言ってた。
「教室は此方です」
ロウルの言葉に、私を抱き上げたままアキが入っていく。
「魔術師長のアキ様!?」
(アキ様……)
やっぱりアキは有名みたい。
皆がアキを見てる。
「今日から一緒に学ぶ事になるミイさんだ
皆仲良くす──
「ミイに何かした奴は潰す」」
ロウルの言葉を遮り、アキが口を開く。
静まり返った教室。
「アキ」
「これだけは譲れない
いくらミイに止められても、俺は俺を止められない」
アキは私を大事に想ってくれてるのが分かる。
大事に想い過ぎな位。
「アキ、平気」
頭を撫でると、アキの雰囲気が変わる。
「やっぱり、このままミイを連れて帰りたい」
「我慢」
強く抱き締められ、再び頭を撫でるけど、力は緩まない。
(どうしよう)
本当にこのまま連れて帰られそうだ。
「あ、やっぱまだ此処にいたか
仕事に戻れよ、魔術師長」
「魔術師長補佐官!?」
皆がまた驚きの表情になる。
「ソルド」
顔を出したのはソルド。
私が名前を呼ぶと、アキはソルドを睨む。
「ミイが学校に入るんだぞ?
俺がついていかなくて、誰がついていくんだよ?」
「お前はついていくんじゃなくて威嚇してるだけだろうが!
いや、脅してるって方が正しいな」
「ミイに何かあったらどうするんだよ?」
二人の言い合いに、誰も口を挟まない。
「アキ
仕事」
「もっと言ってやってくれよ
アキが仕事をサボる分、俺に回ってくるんだから」
「アキ、メ」
「…………」
アキは何も言わない。
私がソルドの味方をすると、いつもそう。
「頑張る、アキ……好き」
「仕事行ってくる」
急に私を降ろし、ソルドを引っ張っていく。
ソルドは私に手を振り、口パクでありがとうと言って出ていった。
アキとソルドが出て行った後、溜め息を吐いたのはロウルだった。
「それでは私はこれで……」
教室から出ていく背中を見ていたら
「自己紹介をしてもらえるか?」
リアンに話しかけられた。
(自己紹介……)
私には難しい。
「ミイ
アキ……一緒
学校、初めて」
(えっと……
他に言う事ってあるかな?)
名前も言ったし、アキと一緒に住んでる事も言ったし、学校に通う事も初めてなのも言ったし……
他に言う事はないな。
「よろしく」
頭を下げる。
「……席は彼処だ」
空いてる席を指差され、そちらへ向かう。




