メル友
「誰でしょう??」
そんなメールが来たのは、文化祭を間近に控えたある日のこと。
「誰?わかんないよ」
下手に違う人を言っちゃっても、向こうが困るしな。そんなことを考えて、メールを打つ。うすうす予感はあったものの、とりあえずわからないフリをしておいた。
「悠斗だよ!」
三分もたたないうちに、返信が来る。
「森元君か。びっくりした」
本当は、それほどびっくりしていないけど。きっと、昨日人伝で連絡を取っていたから、間に挟まれていた人が森元君にメアドを教えてしまったんだろう。勝手にしてもらっちゃ困るけど、クラスメートだったらいっか。
その日から、森元君とは毎晩メールをした。「文化祭、楽しみだね」とか、「今日、授業中寝てたね」とか。そんな感じの、どうでもいいようなメール。
特に付き合っているとかじゃなく、メル友の一人として。
「すごい。一週間も経ってないのに、メール100件突破」
「祝☆100!!本当にすごいね」
そうか、こんなにメールでやりとりしていたんだ。学校では、目を合わせることさえも稀なのに。
なんとなく森元君とつながっていると思うと安心できたから、来たメールには必ず返すようにしていた。それで、この量。ただのメル友としても、大分多いと思う。
「ね。水田が、修学旅行で咲野に告るってさ」
こんなメールが来たのは、修学旅行を一週間後に控えた日。
水田君と言えば、クラスメートで以前も告白されたことがある。ただし、最初私は気付かなくて、あとで友人に教えられてやっと気づいたんだけれど。
「本当に?」
それだけ返信すれば、
「本当。なんて返事するの?」
と、返ってきた。
「んと、」
そこまでメールを打って、はたと止まる。
どうすればいいんだろう。私には、好きな人ではなく恋愛対象だな、と思う人しかいない。そしてそれが、あろうことか森元君なのだ。水田君はどうしても振ることにになってしまうけれど、それで「じゃあ、好きな人は?」って聞かれたら、なんて答えたらいいのかな。
考えて、考えたあげく
「断ることにする」
とだけ送った。
「断るのか。咲野には好きな人とかいるの?」
ほら、来た。森元君は、意外と恋バナが好きだ。ずっと「いない」と答えてきたけれど、今はなんだかその言葉がしっくりこない。
どう答えたらいいのか分からなくなって、
「森元君は?そっちが教えてくれたら教えるよ」
と送った。どう返事が返ってくるかはわからないけれど、時間稼ぎはできるかな。
次の返信が来るのに、えらく時間がかかった。森元君は、パソコンを離れてしまったのだろうか。それとも、もう寝てしまったかな。だとしたら、私も寝てしまおう。
歯を磨いて、トイレをすませる。布団に潜り込む前に携帯を確認しても、やっぱり返信はなかった。
布団でうつらうつらしていると、私の携帯の着信音が響いた。この音は、メールだ。
携帯を開くと、思った通り森元君からの返信。
「俺は、咲野が気になってる。あ、でも、いつか面と向かって言うから」
・・・これは、告白ととってもいいのだろうか!?気になっているということは、まだ好きではないんだろう。でも、いつか面と向かって言うってことは、どういうことなんだろう。
どうも、森元君の考えていることはよくわからない。私に、どうしてほしいのだろう。
そりゃ、私だって森元君のことが気になっている。毎晩メールをして、森元君のいいところがいっぱい見えてきたから。優しくて、真っ直ぐで、お兄さんみたいな安心感を不思議と与えてくれる人だから。
どうしようもなくなって考えたあげく、森元君には
「ありがとう。もう寝るね、おやすみなさい」
と送り、別の人に
「help!!今、メール出来る?」
と送った。
こんなときは、親友の恋華に教えてもらうに限る。恋華は恋愛経験が豊富で、今まで恋愛に見向きもしなかった私よりはいいことを思いつくに違いない。
唐突に、携帯が光った。着信音がなってしまわないうちに、メールを開く。
「学校で」
恋華は意外と、薄情者だった。この調子じゃ、私は今夜一睡もできないかもしれないのに。
そんなことを思いながら、いつもの如く私は穏やかな眠りについた。
翌日。
「ふーん、いいんじゃない?」
最近あったことのすべてを話すと、恋華はこともなげに言った。
「森元、けっこうモテるよ?気があるっぽいんだったら、付き合っちゃえば?」
「でも・・・」
そこまで踏み切れないんだよ!心の中で叫んだそんな思いを、親友は察してくれたのか。
「森元のこと、どう思ってる?」
別の部分から切り込んできた。
「んーとね、」
特に、良い人というイメージしかなかった。けれど、最近は・・・
「一緒にいたいな~って、漠然とだけど思う」
そう。特に理由はないけど、一緒にいたいと思ってしまう。メールをしていると、特に。でも、それが好きって気持ちなのかな?恋愛を経験したことがないからこそ、そこのところは曖昧で。ドキドキしたり、四六時中相手のことを考えることが恋だとしか教えられたことがないから、この気持ちに名前を付けてあげられない。
「なんだ」
悶々と考えていると、恋華が気の抜けた声をあげた。
「好きなんじゃない、森元のこと。さ、これで断る理由はなくなったでしょ」
「え」
これが、好きという気持なのか。初恋をいまだに経験していない私には、理解しがたい。というか、よく小説にはドキドキとか書いてあるけど・・・。
「勝負は修学旅行ね!応援するから、任せて」
勝手に話を進める恋華。頼もしい笑顔を見せる親友に、呆れながらも惚れそうだった。
さてさて。時は過ぎ、毎晩メールをする仲を保ちながらも修学旅行。
今日は二日目。一日自主行動が終わって、疲れているけれども楽しそうな顔をした森元君が部屋に入ってきた。私とは同じ班ではないけれど、部屋が一緒の恋華と同じ班だから、ちょくちょく打ち合わせを口実にして顔を出すのだ。
「あ、森元!」
風呂に行く、といった森元君を恋華が呼びとめる。
「風呂あがったら、部屋に来て。すぐに」
「オーケー」
恋華はなにをするつもりなのだろうか。よくわからないけれど、森元君が部屋を出て行ったあとに
「真由、部屋にいなさいね」
とウインク付きで言ってきたから、告白大作戦を決行するつもりなのだろう。詳しいことは当事者であるのに全く知らない。でも、
「ありがとう、わかった」
親友の好意だ。ありがたく受け取ってみようか。
森元君を待つこと、十分。部屋が同じ子たちはそろって別の部屋に遊びに行ってしまったので、10畳の部屋に私ただ一人。ちょっとさびしいような、なんだかドキドキしてしまうような。
「ち~す」
森元君が、部屋に入ってきた。
「誰もいないの?」
キョトンとした森元君の問いかけ。ドキドキで声が出なくて、首を縦に振る。この空間と森元君のやわらかい雰囲気に、酔ってしまいそう。
「これってさ、」
いちいち、森元君の声に反応してしまう自分が煩わしい。
「告れって、暗に言ってるよね」
「さ、さあ?」
まずい、どもってしまった。適当にはぐらかしたけど、うまくいったかどうか・・・。でも、それはそこまで問題ではない気がする。本当の問題は、早々にばれてしまっていることだ。
・・・・恋華のバカ、心の準備ができないじゃないか。
「腹くくって、言うか」
しばらくの沈黙が流れた後。パンッと胡坐をかいていた膝を叩き、森元君が私に向き直る。
「真由さん、好きです」
たったそれだけの言葉なのに、胸がじんとした。心臓がバクバクするような、それでいて不思議と落ち着くような変な感じ。
「わたしも、好き、です」
途切れ途切れになったけれど、やっとの思いでそれを伝える。
気持ちを伝えた瞬間、ふわっと笑った森元君の顔がなんだかとっても格好よく見えた。