この中に1人、婚約者の病弱な幼馴染がいる!
「ねえデイル、来週の日曜日は空いてる? 来月はデイルのお父様のお誕生日でしょ? 誕生日プレゼントを買いたいから、デイルも付き合ってもらいたいのよ」
「えっ、来週……!?」
今日は我が家の中庭の東屋で、婚約者のデイルと2人でお茶を飲んでいたのだけれど、私がそう訊いた途端、デイルは露骨に目を泳がせた。
「あ……、ゴメン、アシュリー、その日は……、幼馴染のお見舞いに行くことになっててさ。再来週の日曜日だったら空いてるから、その日じゃダメかな?」
「……!」
まただ――!
デイルは優しいし頭もイイので、婚約者としては申し分はないものの、唯一の懸念はこの、『病弱な幼馴染』なる存在。
今までもこうして何度か、幼馴染のお見舞いに行くと言って、デートの誘いを断られたことがある。
「ええ、再来週の日曜日でも大丈夫よ。では、その日は空けておいてね」
「うん、絶対空けておくよ!」
「……その幼馴染の方に、私もデイルの婚約者として一度挨拶しておきたいのだけれど、私も一緒にお見舞いに行ってもいいかしら?」
「え!? き、君も……!? あー、そ、そうだね! いつかきっと紹介するよ! でも、凄く人見知りするタイプだから、もう少しだけ待っててもらえないかな? あと少しだけ、時間がほしいんだ……!」
「……!」
この瞬間、私は確信した――。
――デイルは浮気をしている。
「わかったわ。ではそれまで待つわね」
「うん、ありがとう!」
――噓よ。
黙って待つものですか。
――こうなったら何が何でも、浮気現場を押さえてやるわ。
「出たわ!」
そしてデイルが幼馴染のところにお見舞いに行くと言っていた日。
デイルの家から少し離れたところでコッソリ見張っていると、馬車に乗ったデイルが家から出て来た。
デイルを乗せた馬車は、こちらとは反対方向に走って行く。
「あの馬車を追ってちょうだい!」
「へい!」
我が家で雇っている御者に、後を追うように命じる。
さあて、いよいよ浮気相手とご対面ね――。
「ここは……?」
暫くすると、デイルは『ニャッポリート』という店名の、厳かな喫茶店の前で馬車を降りた。
大きなバッグを持ったデイルは、そのまま店内に入って行く。
――やっぱりお見舞いに行くというのは噓だったんじゃない!
ここが浮気相手との逢い引き場所なのね――!
「暫く待っててちょうだい!」
「へい!」
私は御者にそう命じて馬車から降り、ニャッポリートの中に入って行った――。
「いらっしゃいませ。当店は初めてでらっしゃいますか?」
中に入ると、総白髪の初老の男性店員が出迎えてくれた。
「ええ」
「左様でございますか。当店は完全予約制となっております。ご予約はされておりますでしょうか?」
完全予約制――!
見れば奥のほうには、個室らしきものもいくつかある。
なるほど、これは確かに逢い引き場所としては最適ね。
「多分デイル・ヘンダーソンの名前で予約してると思うのですが」
「ああ、ヘンダーソン様の。一番奥のお部屋でございます。皆様お揃いですよ」
「……え?」
皆様……!?
「ふー」
皆様というワードに思わず動揺してしまったが、それを店員に悟られるわけにはいかなかったので、何食わぬ顔をして、デイルと浮気相手がいるであろう個室の前まで来た。
皆様という言い方からして、ここにいるのは2人じゃないってこと……?
まあいい。
どの道ここまで来たら、もう後には引けないのだから――。
「ごきげんよう!」
私は大きな声で挨拶しながら、個室の中に入った。
すると――。
「あらぁ、可愛いお嬢さんじゃなぁい」
「アハ! でも、ボクのほうが可愛いけどね~」
「部屋を間違えてるんじゃねえか、お嬢ちゃん? オレが案内してやろうか?」
「――!?!?」
個室の中には3人の、見目麗しい美女がテーブルを囲んで、お茶を飲んでいたのである。
1人はおっとりした雰囲気が大人の色気を醸し出している、おねえさん風の美女。
1人は小さな身体と溌剌とした笑顔が眩しい、ボーイッシュ風ボクっ娘美女。
そしてもう1人は、鋭い目つきと低音のハスキーボイスがゾクゾクする、イケメン風オレっ娘美女だ。
だが、どこにもデイルの姿は見えない。
こ、これは、私、部屋を間違えてしまったのかしら……?
「あの、私、デイルの婚約者の、アシュリーというものなのですが……」
「まあ! あなたがアシュリーちゃんなのね!」
「っ!?」
途端、おねえさん風美女が色めき立った。
「なんだぁ! それならそうと、早く言ってよ!」
「まったくデイルのやつ、婚約者を呼ぶなら事前に言っとけよ。――アシュリーちゃん、ここに座んなよ。オレたちとお喋りしようぜ」
「あ、はい……」
あ、やっぱり部屋は間違ってなかったみたいね。
デイルは先に、トイレにでも行ってるのかしら?
……でもまさか、こんなに歓迎されるなんて。
普通浮気相手の婚約者が急に現れたら、もっと動揺するものじゃないの?
それともこれも、余裕の現れってことかしら……?
――イイ度胸じゃない。
そっちがその気なら、こっちにも考えがあるわ。
――この中の誰が浮気相手なのか、キッチリ見極めてやろうじゃない!
私はオレっ娘美女に促された通りテーブルに座り、3人の顔を改めて見回した。
悔しいが3人とも、私よりも遥かに美しい……。
これはデイルが浮気するのも、さもありなんといったところだわ。
「うふ、自己紹介がまだだったわね。私はレイよ、アシュリーちゃん」
「ボクはフランシス!」
「ジェシーだ、よろしくな」
「よ、よろしくお願いいたします」
おねえさん風美女はレイ。
ボクっ娘美女はフランシス。
オレっ娘美女はジェシーというらしい。
「さあさあ、アシュリーちゃんもお茶飲んで。これ、マンゴーの香りがする紅茶なのよ。珍しいでしょ?」
「あ、ありがとうございます」
レイさんが私に、紅茶を注いでくれた。
「このスコーンも美味しいよ」
「こっちのイチゴタルトも絶品だぞ」
「あ、どうも」
フランシスさんとジェシーさんも、スコーンとタルトを勧めてくれる。
今のところ、3人から敵意は一切感じない。
本当にここまで完璧に、敵意って隠せるものなのかしら……?
「うふふ、それにしても、デイルもやっと私たちに、アシュリーちゃんを紹介してくれる気になったのね」
「え?」
レイさん?
「ホントだよー。ボクたちはずっと紹介してほしいって言ってたのに、デイルったら『もう少しだけ待ってくれ。まだ勇気が出ないんだ』ってウジウジしててさー」
なっ……!?
この人たち、私に会いたかったの……!?
普通浮気相手の婚約者なんて、顔も見たくないものでは……?
「まったくだぜ。どの道いつかはバレるんだから、さっさとバラしちまったほうがいいって、オレはずっと言ってたんだぜ」
「――!」
何ですって……!!
……そういうことか。
――つまりこの人たちは3人とも、全員がデイルの浮気相手だったんだわ!
しかもそのことに対して、欠片も罪悪感を抱いていない。
私とデイルが結婚した後も、堂々と愛人関係を続けるつもりなのね……。
だからこそ、さっさと私と会って、愛人関係を公認にしておきたかったんだわ――!
――でも、残念だったわね!
生憎私は、そんなに心の広い女じゃないの――。
婚約者が愛人を持つなんて、絶対に許さないから――!!
「ゴメンみんな、遅くなって!」
「――!」
その時だった。
デイルの弾んだ声が、後ろから聞こえてきた。
遂に来たわねデイル!
さあ、洗いざらい白状してもらうわよ――!
私は覚悟を決め、椅子から立ち上がり、振り返った。
すると――。
「………………え?」
「なっ!!? なんでここにアシュリーがッ!?!?」
そこにはそれはそれは美しい、女性の格好をしたデイルが立っていたのである。
んんんんんんんんんんんんんんんんん??????
「あら? デイル、あなたがアシュリーちゃんをここに呼んだんじゃないの?」
「い、いや……! 僕は……呼んでない……」
「アハ! そういうことかー。つまりデイルが浮気相手と逢い引きしてると勘違いしたアシュリーちゃんが、現場に突撃してきたってわけだ」
「何だ、だからずっとオレたちのこと睨んでたのか」
え?
勘違い?
も、もしかして、この3人は――!!
「……本当にゴメン、アシュリー。いつか君にもちゃんと話さないととは思ってたんだけど、僕たちはみんな、女装が趣味の仲間なんだ」
「――!!!」
えーーー!?!?!?
「じゃ、じゃあ、みなさんは全員、男性って、ことですか……?」
思わず3人を見回す。
「そうよぉ、改めてよろしくね、アシュリーちゃん」
「アハ! 女の子のアシュリーちゃんにもバレてなかったってことは、ボクの女装技術も、いよいよプロの域に達したみたいだねー」
「ふふ、長年腕を磨いてきた甲斐があるな」
そんな……。
でも、冷静になって改めて見ると、確かにみなさん女性にしては手がゴツゴツと骨ばっているし、喉仏も膨らんでいる。
浮気相手に違いないという先入観から、視野が狭くなっていたのね……。
「……女装が趣味だなんてことが君にバレたら、嫌われちゃうんじゃないかと、怖くて……。なかなか告白できなかったんだ……」
「デイル……」
デイルは今にも泣き出しそうな顔になっている。
でも、その愁いを帯びた表情がより一層、デイルの美しさを際立たせていた――。
――この瞬間、私の中で、新しい扉が開く音がした。
「……バカね、デイル、そんなことで、私があなたを嫌いになるわけないじゃない」
私はデイルの手をギュッと握る。
見た目は美しい女性そのものだけど、手は大きくて固い、男性のものだった――。
「ア、アシュリー……!」
途端、デイルがパアッと、女神のような笑みを浮かべた。
お、おっふ……。
笑顔は笑顔で、とんでもない破壊力だわ――。
「うふふ、はい、これで一件落着。さあ、突っ立ってないであなたも座りなさいよデイル」
「あ、うん!」
「アシュリーちゃんもデイルの隣に座って」
「はい!」
「じゃあまずは、ボクたちが女装に目覚めたキッカケから教えてあげるね」
「あ、それ、凄く聞きたいです!」
「あの時の衝撃は、今でも忘れねーよなー」
この日私は、それはそれは楽しい時を過ごした――。
――この後いろいろあって、私も男装に目覚めることになるのだけど、それはまた、別の話。
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