真実の愛を私に見せて
ああ、とため息をついた。
扉を開けた先には、私のモノを何でも欲しがる妹シェリーナと私の婚約者であるアラン様が、裸とわかる姿のままベッドにいる。こちらを振り返ったアラン様の顔はしまったとばかりに焦りが浮かび、対称的にシェリーナは意地悪そうに笑っていた。
この国は血筋に厳しく、男女問わず第一子に爵位の優先継承権がある。公爵家に生まれた長女である私、アルラミアは女公爵となるべく厳しく育てられてきた。領地経営、法律、マナー、文学、歴史あらゆる分野の講師を呼んでもらい、私自身も早朝から真夜中まで、次期公爵に相応しい実力をつけるために努力してきた。
年子の妹、シェリーナはたった1年の差で潤沢な公爵家の全てを私に奪われたと、相応しいのは自分だと声高く騒ぐような子だった。だが、見合うための努力は嫌い、そうなると実力も身につかない。裏付けのない主張を、現公爵である父は取り合わなかった。
年頃と言われる年齢になると、シェリーナは煌びやかな世界を好み、美容に力を入れ、学園やお茶会で知り合った友人達と気儘に騒ぐようになった。
「お姉様、これ、素敵ね、明日劇場に行くから貸して」
課題の本を読んでいると、シェリーナはノックもせずに勝手に部屋に入って来て、宝石箱を開けるや私のルビーのネックレスを掴んで言った。
「それは、アラン様からのプレゼントよ。人の婚約者のプレゼントを身につけるものじゃないわ」
「ふん、黙ってればいいじゃない。それに、私の方が似合うわよ、ホラ」
妹は勝手にネックレスを身につける。婚約者のアラン様の瞳を模したルビーの色も、ネックレスの少し派手目なデザインも確かにシェリーナに良く似合う。だけど、私はため息をついた。
「似合う、似合わないは言ってないわ。常識の問題よ」
私の発言を、シェリーナは鼻で笑った。
「くだらないわ。明日は絶対このルビーを身につける必要があるの。相応しいんだもの。お姉様も、あまり固いことばかり言ってると、アラン様は退屈されてるみたいよ?」
シェリーナの挑発的な発言に、こちらが眉を顰める番だ。
「どういうこと?」
アラン様は私の1学年上、シェリーナとは学年も違い、接点などろくにないはずだ。
私の質問に答えず、シェリーナは首にネックレスをつけたまま、ヒラヒラと部屋を出て行った。
伯爵家の次男であるアラン様と正式に婚約したのは最近のことだ。お相手はより良い条件の婿入り先を、こちらは血筋に間違いのない、公爵家に相応しい男性を希望し、お互いの当主が納得し前向きに結ばれた政略結婚だ。私も異議はない。これからゆっくりお互いを知り、信頼を築ければと思っていた。
学園でも美男子と評判のアラン様は、女性に言い寄られることも多かったようだが、断っており身綺麗ということも、婚約段階の調査でわかっていた。
だが、どうやらそれは調査対策だったらしい。
翌日。
私は妹の発言が引っかかって、学園帰りに劇場前の道を通らせていた馬車の中から、劇場から婚約者と妹が腕を組み楽しそうに出て来たのを目撃することになった。
気遣わしげな従者に、淡々と指示を出し、2人の後を追跡させ、辿り着いたのは王都内にいくつか所有する公爵家の建物だ。ここは、パーティーを開催したり大人数で泊まるための貸出施設、管理人は必要時だけの訪問のため、普段は置いていない。2人は手慣れた様子で鍵を開け、建物に入って行った。
それを確認した私はスペアキーを取りに行くついでに、一度公爵家に戻り、私兵も数人、連れて来た。
再度、2人が消えた建物に戻る。豪奢だけれども歴史も思い入れもない目の前の建物は、妹のようで入るのが憂鬱だった。
予測がつくとはいえ。流石に妹がどのような姿かわからない以上、私兵たちには入口で待機させ、私はメインルームに足を向けた。この建物内で一番大きく、豪奢なベッドがある部屋だ。
そこで、私はベッドで裸でいた2人と対面したのだ。
私がいるため、2人は床に脱ぎ捨てられた服を拾えず、シーツを引き上げたまま対峙することとなった。恥じもせず、シェリーナは、こちらをバカにするように笑う。
「あーあ、バレちゃった。でも仕方ないじゃない、アラン様は、お姉様との真面目なお茶会とお固い話題にうんざりなのよ」
開き直ったシェリーナに対し、アラン様はまだ戸惑っている様子だ。
「す、すまない、アルラミア嬢、その、つい」
だが、そのアラン様の発言に反応したのはシェリーナだ。
「つい?ついって何よ!お姉様より私の方が女として魅力的だって言ってたじゃない!」
私は段々、自分が世界一くだらないシーンに立ち会わされている気持ちになってきた。ただでさえ憂鬱だったのに、苦々しい気持ちまで湧き上がる。
「あ、ああ、それは、その」
アラン様はチラチラとこちらを気にしながらも、否定しない。
「つい?まあ、とても軽い気持ちなのね。血筋に厳しいこの国では、姦通罪は死罪ですわよ、成婚前の婚約中も対象です。わかっていらっしゃるの?お二人とも」
呆れた気持ちで説くと、目の前の2人から過剰に吠えられた。
「何言ってるの、お姉様、妹を殺す気!?まさか、そんなコト、しないわよね?」
「そ、そうだ。それは通報したら公になったらの話だろう?それに、そう、真実の愛なんだよ」
確かに、過激すぎる刑罰は取り返しが効かず、不名誉でもあるため、実際には見て見ぬ振りをされることが多い。立件されるのはそれこそ隠しきれない時。もしくは、それであっても構わない相手と「見捨てられた時」くらいだ。
「真実の愛?」
頭が沸いたのか、今日観た劇の影響か、突飛のない単語が飛び出したが、ロマンチックな響を妹は気に入ったらしい。
「そうよ、素敵でしょう?お姉様ではなく、私と、真実の愛が芽生えたのよ。ね?アラン様」
「あ、ああ。だから、頼むよ、黙っていてくれないか?婚約は解消されるのは仕方ないけれど、君だって妹の死罪は望まないだろう?」
ああ、私はこの男はともかく。妹にバカにされていたのか、とその時僅かにあったはずの目の前の女との細い絆がふっと消えたことに気づいた。
そして、本日何度目かの重いため息をつく。
「バカね、私を侮ったのはなぜ?アクセサリーを取り返さないから?公爵家の事業や不動産、美術品が持つ総資産価値に比べたら、アナタが私のジュエリーボックスから持ち出すアクセサリーなんてお小遣いレベル。取り返す時間すらかける価値もないの」
「なっ.....!」
「アラン様との関係を匂わせても、私が激昂しないから?こんな男相手に貴重な私の時間を僅かなりとも無駄にしたことは惜しいけど...婿入り希望が何人いたと思っているの?伯爵辺りなら普段は邪魔せず操りやすく、いざという時には切り捨てやすいから都合が良いところが我が公爵家には相応しいと、お父様が伯爵位からたまたま選んだだけで、アラン様がダメならまだ独身の他の方にすげ替えるだけだわ」
「え、アルラミア嬢?」
「アラン様の発言は、何故かしら。まさか、妹というだけで、未婚のまま清い身体を失い、もはや貴族に嫁ぐことが出来なくなり駒としての価値すら無くした上に、公爵家の評判を貶める存在をまだ慈しむだろうと?」
2人の気配が変わる。アラン様が、服を拾おうとベッドから出る動きに先んじて、私は2人の服を適当にかき集めるように拾い、廊下に放り出すと、大声で私兵に聞こえるように叫んだ。
「来なさい!妹が!妹が大変よ!アラン様が!」
そのまま、ドアをバタンと閉め、ベッドの上で呆然とする妹らしき女と、シーツを半端に引っ張りカラダを隠したまま、服を拾えずそれ以上進めず手を伸ばした姿で唖然とする元になる婚約者を見やる。
「そうそう、たしか、姦通ではなく、強姦であれば、男性は重犯罪として刑罰の上で死罪だけど、女性は最低1年間、被害者保護施設の修道院に入るだけだったわ」
その言葉に、2人の表情が抜け落ちる。
「2人で手と手を取り合い、愛し合った罪で死罪となる?それも素敵ね。それとも、アラン様は自分が犯罪者となって、妹を護ってくださるかしら?その場合、死罪の前に拷問刑もあるけれども。シェリーナは何て言うの?違います、私達は愛し合っていますと?それとも、その通りです、私はかわいそうな被害者ですと言うの?」
どちらにせよ死罪は避けられない男の顔は青を通り越して真っ白だ。
ああ、憂鬱だった気持ちが段々と晴れていく。
私はショーを待つ気持ちで、観客席から主役となる2人に微笑んだ。
「さあ、貴方たちの真実の愛を私に見せて?」
ドアを開く音が、背後から聞こえた。




