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五日間の地獄、死への誓い(いつかかんのじごく、しへのちかい)

教授の館で与えられた五日間は、龍二にとって、回復と苦痛が混在する地獄だった。

銃創は、葉月と館の専属医の手当てにより、なんとか塞がり始めていたが、皮膚の下では血の腫れと高熱が続いている。龍二は、寝たきりの状態を嫌い、夜明けと共に、庭園の隅にある道場へとい出た。

「無茶です! まだ、傷口が開きます!」

葉月が制止する。彼女は、もはや龍二の看病に慣れ、彼の無謀な衝動を理解し始めていた。

「五日しかない。俺は、七月七日に死ぬかもしれねえ。ならば、死に場所で無様に這いつくばるより、少しでも牙を研いでおく方がマシだ」

龍二は、息を荒げながら、木刀を握った。体が動くたび、腹の傷が悲鳴を上げる。しかし、痛みこそが、龍二を現実に繋ぎ止める、唯一の錨だった。

四日目の夜。

龍二は、回復したとはいえ、全盛期の七割にも満たない状態だった。教授が、龍二の部屋を訪れた。

「驚いた。あなたの生命力は、戦場で鍛えられたけだもののそれだ。これならば、私の計画に間に合うだろう」

教授は、龍二の目の前に、一枚の緻密な東京の地図を広げた。地図には、銀座四丁目を中心に、赤と青の鉛筆で、いくつもの印が付けられている。

「カノン機関が、帳簿の回収に来るのは確実です。彼らは、周到に準備を進めている。彼らの最終目標は、帳簿の破壊、そして、関係者全員の口封じです」

教授は、地図の上の、ある一点を指差した。銀座三丁目の、古びた洋館だ。

「ここが、奴らの臨時指令所となる。責任者は、あの佐藤スマイリー。そして、七月七日の和光前には、カノン機関の真の黒幕が現れる」

龍二は、教授の瞳を見つめた。

「名前を言え」

「**前陸軍大臣、岩尾いわお**だ」

龍二の全身が、一瞬で凍りついた。岩尾は、戦時中、龍二が所属していた憲兵隊の上層部と深い繋がりがあり、そして、M資金の隠匿を主導した、腐敗の権化ごんげのような人物だった。

「岩尾は、GHQと密約を交わし、戦犯を免れた。彼は、帳簿を回収し、再び日本の政財界の頂点に立とうとしている。あなたにとっては、過去の清算となるでしょう」

教授は、龍二に、改造されたコルトM1903と、予備の弾倉を渡した。弾は、米軍の横流し品だ。

「あなたには、七月七日の鐘が鳴り終わるまで、私を守り抜く**『鉄の盾』**となってもらう。私の合図で、あなたは、岩尾を狙え」

「なぜ、あんたが自分で撃たない」

「私は、この帳簿の存在を、人々の前で明らかにしなければならない。私の役割は、歴史の真実を語ること。暴力の行使は、あなたの役割です」

教授の冷徹な言葉は、龍二の心を打ち抜いた。彼は、今、憎むべき過去の亡霊と、正面から対峙する舞台に立たされたのだ。

五日目の夜。七月六日。

深夜二時。龍二は、庭の灯りの消えた竹林の陰で、遠い海側を眺めていた。

海風に乗って、潮の匂いが届く。そして、その風の中に、かすかな光の信号を見た。一点の、小さな、点滅する光。

「来たか……」龍二は呟いた。

それは、佐藤の仕業だ。教授の館を遠方から監視し、準備が完了したことを知らせる信号。教授の館が、完全に敵に包囲されていることを示唆していた。

「龍二さん……」

背後から、葉月の声がした。彼女は、龍二のために用意した、新しいシャツと古い革のホルスターを持っていた。

「寝ていろ」

「無理です。……これを」

葉月は、龍二の傷口に新しい包帯を巻き直した。彼女の指先は、もう震えていない。

「私は、あなたに感謝しています。耕治さんが守りたかったものが、やっと日の目を見る。たとえ、これが地獄の門を開くとしても」

「門を開くのは、俺だ」龍二は静かに言った。

「貴様は、生きて、この物語の真実を語り継ぐ役目がある。俺は、今日限りで、この東京の泥の中に、消える」

龍二は、葉月を強く抱きしめた。その動作は、別れというよりも、もはや戦場へ向かう仲間への、最後の誓いだった。

「夜明けと共に、我々はここを出る。教授を守り、銀座へ向かう。これが、お前の最後のデッサンだ。決して、目を逸らすな」

龍二は、コルトM1903の冷たい銃身を、葉月の手に触れさせた。

夜は、まだ深かった。だが、東の空は、もうすぐ血のような赤色に染まるだろう。

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