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星空短編集

コーヒーカップでつかまえて

作者: 浅葱秋星

 裕美は友人の正美の家の近くにある喫茶店に来ていた。もう一人の友人、和美と三人で中間テストのテスト勉強をしよう、という目的だった。


 この喫茶店の店主は、正美の叔母で、叔母はその父、正美の祖父から店を引き継いでいた。正美の叔母は、正美の母とだいぶ年が離れていて、正美が生まれたとき、まだ小学生だった。

「正美ちゃんが生まれたとき、私、まだ小学生だったのに、おばさんになっちゃたのよ」

 と、たまに愚痴のように言うことがあった。

「あなたたち、こんなところで本当に試験勉強なんてできるの?」

 叔母がこの店の看板メニューのパンケーキを持ってくるとそういった。

「知佳姉は気にしなくてもいいよ」

 漫画を読んでいた顔を上げて、正美は言った。年の近い叔母を、正美は知佳姉と呼んでいた。正美たちと同じ高校出身なので、先輩にもなる。時折、正美たちの会話で出てきた教師の名前に、

「その先生、まだ居るの?」

と、話に加わったりもする。

「知佳さん、この子、前回赤点二つも取ったんですよ」

 小説を読んでいた和美が言う。

「追試は一回で突破したよ」

「それ、自慢できないでしょ」

 知佳は苦笑した。

「二人とも、勉強する気あるの?」

 裕美は和美と正美にノートを貸してほしいと言われて持ってきたが、スマートフォンで写真に撮るだけだと頭に入らない、手書きで写す、とか言っていて、写し終えた和美は小説を読みだし、正美の方はまだ終わってもいないのに、店にあった漫画雑誌を読み出した。

「私は終わったからいいけど」

「ちょっと休憩」

 正美も和美も本と雑誌から顔を反らさずに言う。


「ま、三人集まったって大抵勉強なんかしないわよ。私もそうだったし。ねえ、和美ちゃん、余裕があるなら、何かこの店が繁盛するような手はないか、考えてみない?」

 知佳は、この店の一番の常連である、和美に頼んだ。知佳は、都会で働いていたが、人間関係に疲れた、と言って、実家に戻ってきて、喫茶店を引き継いでいた。

 パンケーキは、OL時代にあちこち食べ歩いて美味しかった店のものを自分なりに再現してみたものだったが、結構好評だった。それでも、店がにぎわう、とまでは行かない。

「んー、私は、何時でも好きな席に座れるっていうのがいいんですけどね」

「それじゃあ、こっちは困るのよ」

 裕美は、これは、テスト勉強どころじゃないな、と諦め顔で席に深く座り込んだ。窓辺を見ると、昼下がりの日差しが、窓枠に掛かっている。


――あ、そういえば。


「なにしてんの?」

「え?」

 和美に言われて、裕美は顔を上げた。左手に持ったカップを窓辺にかざして。

「あ、ああ。今日、そういえば、ほんのちょっとだけ部分日食だったな、って思い出して。コーヒーに映すと見えるかなって」

 和美と知佳が顔を見合わせた。

「こういう子なんです」

 と和美。

「カフェオレでもできるの? 確か、日食の時に、墨を溶かしたバケツとかで見るってやつでしょ」

「あ、和美ちゃん、結構詳しいね」

「前に、あなたが私に教えたのよ」

「そうだったっけ」

 今度は、和美が自分のブラックコーヒーを窓辺にかざした。

「うわ、眩し! 部分日食じゃだめなんじゃないの。皆既日食とかにやるやつでしょ。これ」

「そうだったかも」

 二人は、窓辺にかざしたコーヒーカップを覗き込んでいる。

「ねえねえ、二人とも」

 それを見ていた正美が話しかけた。二人が振り返ると、正美は何も言わずに、人差し指で天井を指さした。ふたりが天井を見ると、そこに、コーヒーカップで反射した日差しが、ゆがんだ輪を描いていた。

「あ、ちょっとハート型にみえない?」

「まあ、そういわれると…… いや、そうかなぁ」

 裕美たちはそれを見てそんなことを言った。

 不意に、知佳がぽん、と手をたたいた。

「これ、いいわね!」


             ※ ※ ※


 明日の予習をしていた裕美がふと窓を見ると、半月を過ぎた月が浮かんでいた。それを見た裕美は、ふっと思い立って、部屋を出ると、コーヒーカップを持って戻ってきた。

 コーヒーカップには、ブラックコーヒーが入っている。それを、窓を開けて、浮かんでいる月の下に差し出して、眺めてみた。

「あ、やっぱり月だといけるんだ」

 ゆらゆらとゆがんだ月が、黒いコーヒーの上に浮かぶ。


 正美の叔母、知佳の喫茶店では、窓辺にカップをかざすと、天井にハートが映る、ということをサービスのように始めていた。そういうことが面白がってもらえるものなのか、裕美はちょっと分からなかった。

 月の映ったカップを口に運ぶ。

「うっ!」

 何時もはカフェオレにするところを、月を映そうとミルクを入れずに持ってきた裕美だった。おまけに何時もよりも濃い目にして、砂糖も入れ忘れて。

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