水霊(みずれい)
学校帰り、並んで歩く沙知絵が言った。
「ちくしょう。いっくら飲み物飲んでも喉が渇くんだ」
まぁ、暑いからね。
しょうがないよ。
誰だって同じ。あんただけじゃない。
あたしがそう思っていると──
「かわいそうに」
コンクリート壁の影になってる部分、じめっとした土がむき出しになってるところから声がした。
見るとそこにずぶ濡れのおばあさんがしゃがみ込んでて、沙知絵のほうにニュッと首を伸ばしてきた。
「好きなだけ水を飲ませてやろう」
おばあさんが沙知絵の上顎と下顎を、手で掴んだ。
開けられた口へ向かって、おばあさんの口から水が注がれる。
沙知絵がどれだけ抵抗しても、取り憑いたみたいにおばあさんは張り付いて、口移しで水を流し込み続けた。
助けを求めるように、沙知絵があたしを見た。
血走った眼球が、助けを求めてる。
どうして助けなんて求めるんだろう?
いくら飲んでも喉が渇くんじゃなかったの?
おばあさんはいいことをしてくれてるんだよ?
空を仰ぐとそろそろ秋の気配がしてた。
とぐろ雲が渦を巻いて、罰を与えるように、あたしたちを睨み下ろしてる。
きっとこの世はもうすぐ終わるんだろう。
早く帰ってコップ一杯のスポーツドリンクが飲みたいな。
いつものように、あたしは家路を歩いた、ぽたぽたと、スカートの下から水滴を垂らして。