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モノトーン

作者: シバザキアツシ

一般的にどんな競技でも、アマチュアはプロには敵わないとされている。

しかし、それは表に出て来た者に限る。

裏に住むアマチュアは、時にプロを凌駕する。


「どけ」

偉そうに命令する少年は、座っている男の襟を掴み強引に立たせると、代わりに自身が座る。

「悪いな、本物かどうか確かめた」

確かめたとは、勝負の序盤をやらせて、プロかどうかの判断をした事。

汗でビチョビチョになった男は、ふらつきながら外へと出ていった。

一瞬、外の冷たい空気が店内に流れ込む。

ガチャリと鍵が閉められた。


少年の正面に座る和装の男は、タイトルホルダーと呼ばれる、囲碁界の天上人である。

日本棋院、中部本院所属のプロ棋士。

酒田寛治、七大タイトルの1つ、【碁聖】所持者。

そんな男が、繁華街から外れた寂れた碁会所にいる。

狭いビルの2階にあるそこは、本日貸切となっている。

「誰が来ようが構わん」

その答えに、少年はニヤリと嗤う。

「握れよ」

相手が誰でも、少年の不遜な態度は変わらない。

囲碁で言う、握るとは、先番後番を決める儀式。

少年が握る石が1つなら奇数、2つなら偶数。

相手の握る石が、奇数か偶数か、当たれば先番、外れれば後番ということだ。

「………」

2人の間には、(かや)の木で作られた碁盤というものが置かれている。

互いの右側には、白と黒の大量の石が、丸い木製の器に入っている。

碁笥と呼ばれるその器に入っているのは、碁石というものである。

少年は碁盤に黒い石を一つ置いた。

正面に座る男性は、握った白い石をバラバラと碁盤に置く。

「奇数だ、俺が先番だな」

「始めよう」

「その前に自己紹介だ、俺が【サギ師】の弟子だ」

「弟子だと!?やつはどうした?」

酒田は、当然裏世界に名を知られている、サギ師が来るものだとばかり思っていた。

「死んだよ、俺に全てを受け継がせた後に…壊れちまった」

なんとも言えない表情をする酒田。

「…タネがあるなら、それでいい」


サギ師とは、当然だが通称である。

その強さから、プロにだって勝てると豪語していた。

ビッグマウスだと皆思っていた。

そんな強さがあれば、プロになってタイトルを取り稼ぎ放題なのに、それをやらないなんて変じゃないかと。

囲碁の事を知らない奴らはそういう、日本では碁打ちに大器晩成は存在出来ない。

年齢制限があり、30歳を過ぎると道は閉ざされる。

たが、確かに存在するのだ、大器晩成の化物が。

しかし、プロと打つ機会があり、皆の予想を裏切りサギ師はあっさり勝利する。

そこからは、飛ぶ鳥を落とす勢いで、裏世界の主人公となった。


店主は少年の持って来たリュックを開けて中身を見せる、大量の紙幣が入っていた。

それを確認すると、酒田も自身の持って来たアタッシェケースを開けて中身を見せる。


酒田はサギ師から少年に相手が変わったことに、勝ち目が上がったと…錯覚する。

何故碁聖のを前にして、少年は一切怯まないのか、とかは考えなかった。

「…まぁいい、わかってるな、これは番碁だ」

番碁とは、一勝負幾らの賭碁だ。

一手合、一千万円、破格の番碁である。

「承知している」

「さぁ、始めよう、遊戯を!」

少年の眼は、ドス黒く煌めいた。


深夜の碁会所、貸切の店は内側から固く戸を閉ざし、分厚い遮光カーテンで外の様子は一切伺えない。

普段とは違う雰囲気、通常は24時間営業で、夜でも賑わっている。

隣には居酒屋があり、そこのメニューも注文出来、長く居座る客も多くいた。

何人もが階段を登り、店主が書き殴った『本日貸切』の張り紙を見て、溜息を吐きつつ隣の居酒屋へ吸い込まれて行った。


空気が張り詰める。

互いの呼吸と、碁石を打つ音だけが鳴る。

碁会所の店主は、2人にお茶を出した後奥へと下がっている。

序盤、中央から戦いが始まる。

そのまま雪崩れて、左下まで行こうとした時、少年は動く。

「!?」

通常ノビには、ノビで打つ所、少年はアタマを叩いた。

頭に血がのぼった酒田は、反発してそのキズを切ってしまった。

「やれやれ」

少年は、溜息を吐いた。

その一手が敗着となった。

一旦、劣勢となった形勢は立て直す事が出来なかった。

少年は強めに碁石を鳴らす、暗に言っている『まだやるのか?』と。

ビクっとなる酒田。

「これまでだ…」

アゲハマを碁盤の上に撒く。

バラバラ、バラバラと。

「ありません…」

素人の少年に、日本囲碁界のトップの1人が、あっさりと負ける事となった。

表の対局と違い、外に漏れる事のない負けだが、酒田は棋士として殺されたもの当然だった。

「…何故、あそこでアタマを叩く必要があった?」

疑問を少年に問う酒田。

「あんたの悪い癖だな、アタマを叩かれると、手拍子で切る癖、直したほうがいいぞ」

研究し尽くされていた、自分は負けに来たのだと、その時悟った。

トッププロに至っては、癖があることは良しとされない。

ブレない事こそ、プロたる所以なのだ。

それが出来ないのは二流もいいところだ。

「ま、碁聖を連覇すれば、この負けはチャラだろ?」

確かにその賞金があれば、無かった事に出来る。

しかし、それが出来ないから、今ここにいる。

碁聖だって、相手の体調が悪く、たまたま三連勝してあっさり獲得したものだ。

元々酒田は三流なのだ。

「………」

酒田は耳まで赤くなり、下を向いて耐えている。

何故自分だけがと思う酒田は、自業自得という言葉をしらない。

大手合で入る金も、タイトルの賞金も全てギャンブルで溶かしてしまっていた。

その為、逆転を狙いここへ来ていた。

後悔しても遅い、掻き集めた金は少年の元へいき、更に借金を増やす羽目になった。

本格的に、ギャンブル依存症の治療を、優先したほうがよさそうだった。

やはり存在するのだ、プロを凌駕する素人が。

「じゃな」

自身のリュックに、更に紙幣を詰め込んだ少年は、扉の鍵を開けて外の世界へと戻る。

「まずは、一人」

既に外は、日が昇っていた。

黄色い太陽が、少年の初勝利を祝っているかのようだった。

少年の復讐が、その日始まった。

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