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微笑ましい余韻がしばらく続く。そう思っていた矢先、耳を刺すような怒号が廊下から聞こえてきた。
「今さらイノチ奪うことに罪悪感あんなら消えちまえ!!」
ミシェルに抱かれ、ルカは廊下に出た。
「俺たちみたいなシニガミは、奪ってなんぼだろうが!!」
声は、エントランスからだった。
階段をおりると、黒のライダースを着た見習いの青年がシドに詰め寄っていた。胸ぐらを掴み、壁に押さえつけて、すごい剣幕で。
「一課のあずかりになったら、自分はカンケーありませんって?」
「……」
「ふざけんな!!」
相手にしないシドにぶちギレて、彼の左頬を殴り飛ばした。怒りが収まらない青年は、床に崩れたシドの胸ぐらを再度掴み上げる。
「その、人のことゴミ見るような目つき、気に入らねえんだよ!!」
「……ぷっ」と、血が混じった唾をシドは青年に吐き捨てた。
「てめえッッ……!!」
一触即発の状況を、誰も止めない。咎めもしない。
何事かと先に集まっていた者たちは、ライダースの青年に賛同するように、ことの成り行きをただ見つめるだけ。
「やめなさいよ!!」
行っちゃダメっ、とミシェルの制止を振り切って、ルカはシドに駆け寄った。
「……ル、カっ」
見るに耐えない。
公開処刑のような、この空間が大嫌いだ。
叩き落とされる覚悟で、青年の腕にかじり付く。
「なんだ、このッ!!」
「――あっれれぇ」
間延びした声が、割って入ってくる。
「シニガリ同士の揉め事は御法度なはずだよ?」
白いトレンチコートを肩掛けした、赤髪で襟足だけ長い男の登場に、場の空気が一気にぴりついた。ほのかに後光を背負って、玄関から歩いてくる。
ギャラリーは足早に各部屋へと踵を返し、ライダースの青年とシドも男の脇をすり抜けるように刑視局から出て行った。
「……ガーちゃん?」
男の興味は、ぽつんと残されたルカに移っていた。首根っこを掴み、自分の顔の位置まで持ってくる。
右側にある泣きボクロが艶っぽい。
切れ長の二重瞼が、真剣に見つめてきた。
「まさか、ミーちゃんじゃないよね?」
「ルカだしっ」
と、1人逃げなかったミシェルが男から引きはがしてくれる。いつまでも雑に扱う男に苛立ちながら、彼から隠すようにルカを抱き込んだ。
「るか……?」
怪訝な顔してルカの名を口なぞる。が、心当たりはないようで、はじめまして、と改まる。
「僕はエルサ。監察官って言えば分かるかな?」
……あの世のお偉いさんは、肩掛けがトレンドなのか。と頭の片隅で疑問に思いながら、皆が戦々恐々としたことに納得する。
監察官。
死神を罰する死神、なのだろう。
「なんの用」
だからか、初見のルカに対してのほうがまだ優しかったと思えるくらい、ミシェルの態度は素っ気なかった。目線すら合わせようとしない。
「揉め事を黙認している局長殿は、どちらかな?」
そしてこの人も。嫌われるのを分かっていて、皮肉めいた言い方をする。
「一課」
「どうもありがとう」
そのやりとりすら、ミシェルは鬱陶しそうだった。
監察官と入れ替わるように、1階の奥からやってくる人影にミシェルは壮大なため息をついた。
「……遅いし」と、恨めしそうに投げかける相手はニクスだ。
相変わらず、きっちりスーツを着ている。
「穏やかでない声に続いて、耳障りな声まで聞こえてきましたので」
少々足取りが重く、とミシェル同様に、言葉の端々からトゲを感じる。監察官と無縁そうなニクスも例外ではないようだ。
「引き継ぎの資料、アカツキのデスクにあったけど」
「口頭である程度知り得ていますので、問題ありません」
――監察官のいる一課には近づかない。
そんな力強い拒絶を示して、ニクスは慣れた手つきでルカを抱く。ミシェルに見送られながら、監察官から遠ざけるように現世へ降り立つのだった。




