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お手上げのアカツキに代わって、一課でニクスを待つこと数日。入れ違いにならないように、ひたすらシドのデスクでルカは待機する。
その間、デスクの主はちらりともしなかった。
引き継ぎも兼ねてー、とちょくちょく顔を出すアカツキにごはんの用意をしてもらい、食べては寝てを繰り返していた。
誰もいないことのほうが多い一課で、その日、ルカは人の気配で目が覚めた。
フランス人形みたいなあの子が目の前に、シドのデスクにどっぷり座り込んでいた。
驚きを隠せないまま、とりあえず「おはよう」と声をかければ、視線だけがこちらに。
色素の薄い、くりっくりな瞳はまばたき1つしない。綺麗なブロンドヘアと相まって、本当のお人形さんみたいだった。
「あの、ちょっといい?」
「なに?」
反応した。
「これ、マグカップに入れてほしいんだけど……」
アカツキが置いていってくれた飲食物の中から、烏龍茶を前脚で指し示す。
極力、自分のことは自分でするつもり。けれど、飲み物に関してはどうにもならない。
「やだ」
「やだっ!?」
「ボクの仕事じゃないもん」
「キミの仕事ってなによ! なんにもしてないじゃん!!」
「……猫のくせに生意気」と、本人にしか聞こえないくらいの声量だったが、猫の聴力侮るなかれ。
「猫のくせにってなによ!! キミのほうがよっぽど生意気ぃぃ!!」
「かっわいくな」
「キミに言われたくないっ」
むっとするお人形さんと、全身の毛を逆立てる小さな黒猫。両者睨み合っていると、閻魔さまがやってきた。
「こらこら、騒がしいぞ」
なだめる閻魔さまに、お人形さんは食ってかかる。
「見てるだけでいいって言ったよね」
「そう固いことを」
「シドはどこ行ったのさ」
「まあまあ」
「あいつがサボってるせいで――」
「サボってないから!!」
今度はルカが、お人形さんに食ってかかった。
「シドは大鎌探してるだけだから!!」
「最もらしく言ってるけど、普通無くさないからね」
「無くしちゃったんだから、しょうがないでしょ!」
「無くす無くさないのレベルじゃないんだって」
「シドのこと馬鹿にしないでっ」
「してないし。必死すぎ」
付き合いきれない、と立ち上がるお人形さんを、閻魔さまはたしなめた。
「ミシェル」
しかし、それ以上とやかく言うことはなく。
ミシェルと呼ばれたお人形さんは重い腰を上げ、ルカにお願いされた烏龍茶のビンを手に取った。ペットボトルが主流な今日で珍しい容器だった。
「……これ、栓抜きないと開かないやつじゃん。なに買ってるっていうか、こんなのどこで売ってるんだよ、アカツキのやつっ」
ミシェルはぶつくさ言いながら、ダメ元で刑視局内を探しに部屋を出ていった。
「悪い子じゃないんだよ」
背中を見送る閻魔さまの声色は、とても穏やかだった。
ただ他人が怖いだけでね、とシドのデスクに深々と腰掛けて、ミシェルの事情を語ってくれる。
納豆巻きのラベルをはがしながら。
「生前は天才子どもマジシャンなんて呼ばれててね。本物の超能力者じゃないかって言われるほどの腕前だったんだよ」
話に集中したいのに、いつ酢飯がごろんしてくるか、気が気じゃない。
「健気に練習した賜物なのに、それを1番近くで見ているはずの母親に殺されてしまってね。脱出マジック中だったかな」
孫の成長を語るように死因を言ってのける閻魔さまは、案の定、細長い酢飯を宙に放った。
ルカめがけて飛んでくる。
耳は良くても反射神経は伴っていないようで、避けられそうにない。
起きて早々、納豆臭い酢飯まみれになるなんて。
幸先、悪すぎる。
「――うるさいんだけど」
と、とんぼ返りしてきたミシェルの声と同時に、酢飯が止まった。やはり栓抜きはなかったようだ。
宙に浮く酢飯。
宙に、浮いたままの酢飯。
それを海苔で包んだ閻魔さまは「ありがとう」とミシェルにお礼を言った。
「ココでは本当に超能力が使えるようになってしまってね。一課のあずかりに」
そのまま話を続ける閻魔さまに、ミシェルは待ったをかけた。
「なんで喋るの」
「うん?」
「言わなくていいこと」
「その蓋はひねっても開かないのだろう? 彼女にどう説明するんだい?」
これも、と完成した納豆巻きに、ミシェルは「あーもうっ」と嘆いた。とっさにしてしまったことに対してのフォローが、馬鹿正直に話す、とは。
しかしルカは酢飯が回避できて、ほっとするばかりか、なんだかんだ言いながらも助けてくれたミシェルに好意的で。
「マジックできるって、ホントっ??」
彼が、念力で王冠に触れずにビンを開けることよりも興味があった。
ミシェルは簡単なテーブルマジックを見せてくれる。
烏龍茶をマグカップに入れ終わると、その空きビンの側面に王冠でノックするように、軽く打ち当て始めた。
――固い。
打ち当てるリズムに同調して、
――ビンだ。
ルカの頭が動く。
――まぎれもなく。
「よく見てて」
そう言った次の瞬間。
王冠は勢いよく――――
ビンを、
貫通する。
ほう、と閻魔さまから感心の声が漏れた。
「こういうのもできたのか」
「本当に入ってるっ!」
逆さにしても、閻魔さまが強めに振っても、王冠は出てこない。
「すごい、なにこれっ!!」
からんからん、と中で跳ねる王冠に、ルカはもう釘付けだ。
――小さな手だって、大人と同じようにできる。
子どもがするには地味すぎると言われ続けても、やっぱり間近で伝わってくる感動のほうが好きだと、ミシェルは改めて実感する。大がかりなセットに囲まれ、舞台上でもらう拍手よりも、ずっと。
見よう見まねの、手遊びのようなマジックを初めて母に披露したときと似ていて。
「タネ、あるのよねっ!」
「あるよ。マジックだもん」
終始キラキラしたまなざしを向けるルカに、ミシェルはもう1つだけ。
ビンを強く振り、取り出した王冠に息を吹きかける。
王冠は魔法にかけられたかのように、姿を変えた。指通りの良さそうなリネン素材の、向日葵色をしたリボンに。
それをルカの首にゆるく結んで、ミシェルのショーはおしまい。
真っ黒だった彼女に、向日葵が映える。
「わぁっ。ありがとうっ!」
ビンの反射を利用して、いろんな角度から自分の姿を確認するルカに、ミシェルの顔もほころんだ。




