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約束の審判  作者: 次野/うずらの


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8/15


 お手上げのアカツキに代わって、一課でニクスを待つこと数日。入れ違いにならないように、ひたすらシドのデスクでルカは待機する。

 その間、デスクの主はちらりともしなかった。

 引き継ぎも兼ねてー、とちょくちょく顔を出すアカツキにごはんの用意をしてもらい、食べては寝てを繰り返していた。



 誰もいないことのほうが多い一課で、その日、ルカは人の気配で目が覚めた。

 フランス人形みたいなあの子が目の前に、シドのデスクにどっぷり座り込んでいた。

 驚きを隠せないまま、とりあえず「おはよう」と声をかければ、視線だけがこちらに。

 色素の薄い、くりっくりな瞳はまばたき1つしない。綺麗なブロンドヘアと相まって、本当のお人形さんみたいだった。


「あの、ちょっといい?」

「なに?」


 反応した。


「これ、マグカップに入れてほしいんだけど……」


 アカツキが置いていってくれた飲食物の中から、烏龍茶を前脚で指し示す。

 極力、自分のことは自分でするつもり。けれど、飲み物に関してはどうにもならない。


「やだ」

「やだっ!?」

「ボクの仕事じゃないもん」

「キミの仕事ってなによ! なんにもしてないじゃん!!」


「……猫のくせに生意気」と、本人にしか聞こえないくらいの声量だったが、猫の聴力侮るなかれ。


「猫のくせにってなによ!! キミのほうがよっぽど生意気ぃぃ!!」

「かっわいくな」

「キミに言われたくないっ」


 むっとするお人形さんと、全身の毛を逆立てる小さな黒猫。両者睨み合っていると、閻魔さまがやってきた。


「こらこら、騒がしいぞ」


 なだめる閻魔さまに、お人形さんは食ってかかる。


「見てるだけでいいって言ったよね」

「そう固いことを」

「シドはどこ行ったのさ」

「まあまあ」

「あいつがサボってるせいで――」

「サボってないから!!」


 今度はルカが、お人形さんに食ってかかった。


「シドは大鎌探してるだけだから!!」

「最もらしく言ってるけど、普通無くさないからね」

「無くしちゃったんだから、しょうがないでしょ!」

「無くす無くさないのレベルじゃないんだって」

「シドのこと馬鹿にしないでっ」

「してないし。必死すぎ」


 付き合いきれない、と立ち上がるお人形さんを、閻魔さまはたしなめた。


「ミシェル」


 しかし、それ以上とやかく言うことはなく。

 ミシェルと呼ばれたお人形さんは重い腰を上げ、ルカにお願いされた烏龍茶のビンを手に取った。ペットボトルが主流な今日で珍しい容器だった。


「……これ、栓抜きないと開かないやつじゃん。なに買ってるっていうか、こんなのどこで売ってるんだよ、アカツキのやつっ」


 ミシェルはぶつくさ言いながら、ダメ元で刑視局内を探しに部屋を出ていった。



「悪い子じゃないんだよ」


 背中を見送る閻魔さまの声色は、とても穏やかだった。

 ただ他人が怖いだけでね、とシドのデスクに深々と腰掛けて、ミシェルの事情を語ってくれる。

 納豆巻きのラベルをはがしながら。


「生前は天才子どもマジシャンなんて呼ばれててね。本物の超能力者じゃないかって言われるほどの腕前だったんだよ」


 話に集中したいのに、いつ酢飯がごろんしてくるか、気が気じゃない。


「健気に練習した賜物なのに、それを1番近くで見ているはずの母親に殺されてしまってね。脱出マジック中だったかな」


 孫の成長を語るように死因を言ってのける閻魔さまは、案の定、細長い酢飯を宙に放った。 

 ルカめがけて飛んでくる。

 耳は良くても反射神経は伴っていないようで、避けられそうにない。

 起きて早々、納豆臭い酢飯まみれになるなんて。

 幸先、悪すぎる。


「――うるさいんだけど」


 と、とんぼ返りしてきたミシェルの声と同時に、酢飯が止まった。やはり栓抜きはなかったようだ。

 宙に浮く酢飯。

 宙に、浮いたままの酢飯。

 それを海苔で包んだ閻魔さまは「ありがとう」とミシェルにお礼を言った。


「ココでは本当に超能力が使えるようになってしまってね。一課のあずかりに」


 そのまま話を続ける閻魔さまに、ミシェルは待ったをかけた。


「なんで喋るの」

「うん?」

「言わなくていいこと」

「その蓋はひねっても開かないのだろう? 彼女にどう説明するんだい?」


 これも、と完成した納豆巻きに、ミシェルは「あーもうっ」と嘆いた。とっさにしてしまったことに対してのフォローが、馬鹿正直に話す、とは。

 しかしルカは酢飯が回避できて、ほっとするばかりか、なんだかんだ言いながらも助けてくれたミシェルに好意的で。


「マジックできるって、ホントっ??」


 彼が、念力で王冠に触れずにビンを開けることよりも興味があった。



 ミシェルは簡単なテーブルマジックを見せてくれる。

 烏龍茶をマグカップに入れ終わると、その空きビンの側面に王冠でノックするように、軽く打ち当て始めた。


 ――固い。


 打ち当てるリズムに同調して、


 ――ビンだ。


 ルカの頭が動く。


 ――まぎれもなく。


「よく見てて」


 そう言った次の瞬間。

 王冠は勢いよく――――


 ビンを、

 貫通する。


 ほう、と閻魔さまから感心の声が漏れた。


「こういうのもできたのか」

「本当に入ってるっ!」


 逆さにしても、閻魔さまが強めに振っても、王冠は出てこない。


「すごい、なにこれっ!!」


 からんからん、と中で跳ねる王冠に、ルカはもう釘付けだ。



 ――小さな手だって、大人と同じようにできる。


 子どもがするには地味すぎると言われ続けても、やっぱり間近で伝わってくる感動のほうが好きだと、ミシェルは改めて実感する。大がかりなセットに囲まれ、舞台上でもらう拍手よりも、ずっと。

 見よう見まねの、手遊びのようなマジックを初めて母に披露したときと似ていて。



「タネ、あるのよねっ!」

「あるよ。マジックだもん」


 終始キラキラしたまなざしを向けるルカに、ミシェルはもう1つだけ。

 ビンを強く振り、取り出した王冠に息を吹きかける。

 王冠は魔法にかけられたかのように、姿を変えた。指通りの良さそうなリネン素材の、向日葵色をしたリボンに。

 それをルカの首にゆるく結んで、ミシェルのショーはおしまい。

 真っ黒だった彼女に、向日葵が映える。


「わぁっ。ありがとうっ!」


 ビンの反射を利用して、いろんな角度から自分の姿を確認するルカに、ミシェルの顔もほころんだ。


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