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「――つ、かまえたっ……」と、人通りの少ない高架下で彼女の腕を掴む頃には、もうへとへとだった。
「待って……どう、したのっ?」
彼女は泣いていた。
「……ごめんっ、そんな……気分じゃなかった、かな? 仕事めちゃくちゃハードでっ……ゆっくり休みたかった、とか」
息も整わないうちの矢継ぎ早で、伝わっているか定かではないが、彼女は首を横に振る。
「……の」
「……うん?」
「違う、の。アカツキと逢えて嬉しくてっ……でも、またねって別れるのがつらくて……」
そばのブロック塀の上にいたルカは、なにを見させられているんだと、改めて思う。
これが、アカツキのやり方なのか。
彼なしでは生きていけないぐらい骨抜きにして、自ら死にに、“死”を誘うのか。
アカツキはなにも言わず、彼女を抱き寄せた。
――その直後。
大きな鎌を持った青年が、影を縫うように、彼女を背後を狩りとるように現れる。スーツこそ着ていないが、シドのように黒いラフな服装に、持っている鎌も薄い金属板から型抜きしたような簡素なもので、死神見習い感満載だった。
しかし気づいているのかいないのか、アカツキはガン無視で、腕の中にいる彼女の黒縁メガネを外す。
「本当に、綺麗になった……」
そう言って、慈しむように深く口づけた。
「――ヒモだった彼氏のために働きまくってさ。手はあかぎれだらけ、くちびるもガサガサで」
次第についばむような口づけに変わり、「体まで壊しちゃってた頃が懐かしいね」と囁く彼女を抱き締めて、2人だけの思い出に浸る。
「それなのに、そいつときたら別の女作って――」
なにもかもなくなってしまった、全てがどうでもよくなったあの日。しきりに鳴るインターホンは、友人を訪ねてきたアカツキで、もうどうにでもなれと扉を開いた。
彼は押し入るわけでも、お金を要求するでもなく、間違ったことを素直に謝って帰っていった。
大型犬のような印象だった。
後日、上の階だったとお礼に来たときは、さすがにびっくりしたけれど。これ食べて、と苺大福を渡されて、気がまぎれたことはたしかだ。
和菓子って、渋かったかな。
反応が薄かったことを気にしてか、今度はモンブラン。お菓子よりしっかりしたもののほうがいいよね、とお弁当を。前のものがナンセンスだったと理由をつけては、なにかしら持ってきてくれるアカツキのおかげで、日常を取り戻していく。
彼に逢える日が楽しみになった。
彼と逢えない時間がつらくもなった。
それを埋めるように仕事に没頭すれば、評価は右肩上がりで。
「――バカだよね。こんな素敵な女性、手放しちゃうなんて」
アカツキの言葉に同意できるぐらい強くなった――――そんな事情も2人だけのもの。
目の前で、甘ったるいやりとりをただ見せられているだけの青年は、青筋立てて大鎌を振り下ろした。
見た目以上に軽い金属音が、高架下に響く。
大鎌の切っ先は彼女に触れることなく、青年と一緒に弾き飛ばされていた。
アカツキはそれすら無視して、意識の途切れた彼女をお姫様抱っこする。
「さーて。サクラさん送って、今日は帰ろっか。ルカちゃん、お腹すいたでしょ」
彼女は生きていた。安らかな顔して、夢に抱かれたように眠っているだけだった。
横取りされそうになったとか。
身の程を知れと先輩風を吹かした、とか。
ただ相手にしなかった……なんて。
ルカには、そんな風に感じなくて、一方的に狩られることがないよう、守っているように見えてならなかった。
日の暮れかけた公園でおにぎりを頬張りながら、それとなく伝えてみると、最初ははぐらかされる。
「綺麗に咲いてるのに、無理やり摘むことないでしょー」
「それこそ職務放棄にならない?」
「ならないんだよなぁ、これが」
「……なんで?」
「これでも一応ガチの死神でさー」
雑踏の中で言いかけた、続きだった。
「あ、いや、セミかな。見習いからのたたき上げ、は言い過ぎだし」
そこの線引きはよく分からないが、詳しく教えてくれるようだ。おにぎりを食べるのを止め、聞き入る。
「見習いのときって生前のしがらみ抜かれるから、無意識で今みたいなことやっててさ。そのまま狩っちゃえーって思ってたんだけど、なんか腑に落ちなくて」
「腑に落ちない?」
「冥府の〝転生〟って、浄化ってのができなくて、この性格のまんまらしいの。こんなのが生まれ変わっても、女の子泣かせちゃうだけじゃん?」
アカツキは自嘲気味に笑う。
「閻魔さまに言ったら、なにをどう解釈したんだか、『ちゃんと導き時を見極められるやつ』って思われちゃって、昇格? みたいな。その時、自分がどう生きて、どう死んでいったか記憶戻されてさー……」
――ヤヨイさんのそばって、すっごくリラックスできる。もっと一緒にいたいなぁ。今日は帰りたくないって言ったら、泊めてくれる?
――ねぇ、トモミちゃーん。このアウター着てる俺、かっこいいと思わなーい? えぇ、まぢ? ありがとっ。
「本命いても、いろんな子と付き合っては別れての繰り返し。それのなにが悪いの? って本気で思ってて。たまーに本命のとこ帰ると、あったかく迎えてくれて、なんにも聞かないし怒らないの。誰よりも後回しにしてるのに、すっごく幸せそうに笑うから、このままでいいんだって。そりゃ死もあたるよ」
遠くを見つめるアカツキの顔は真剣で、口を挟める雰囲気ではなくなっていた。
「……澪だけだった。俺に花添えてくれたの」
一呼吸置くと、アカツキの声は震えていた。
「幸せになってほしかったのに、誰とも付き合わなくて。孤独に死んで逝ったよ。それがなにより辛かった」
でも、と続く声はしっかりしたものだった。
「納得したよ。俺だけが生まれ変わるとか、ありえないって。これまでのことの罪滅ぼしじゃないけど、女の子はとくに、大切にしていかなきゃ……って意味もこめて、こーいうスタイルで死神してるわーけ」と、おどけるアカツキはいつもの飄々とした彼に戻っていた。
「修羅場にならないって、最高じゃん?」
「いい話だったのにサイアク!!」
どこまでが本気なのか、分からなくなる。
「……修羅場に、ならない?」
「俺の姿ね、人によってまちまちなんだよねー。サクラさんには、大学生ぐらいに見えてたんじゃないかな」
アカツキもルカも、お互いをじっと見つめ合う。
「ルカちゃんには見えてないよね。顔面ドストライクの相手なら、ゲロ甘だなんて思わないし」
普通のスーツを着ているのに、どうしてもホスト感が拭いきれない、顔の整った男。
最初っから、そう見えている。
「だから、ごめんね。俺じゃ力になれないみたい」
どこまでもイレギュラーなルカに、過去を改め、死に迷う女の子に寄り添う死神は白旗を振った。本人像どころか、ますます境界線を曖昧にしてしまった、と。




