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道中、何台もの救急車とすれ違う。
繁華街へ近づけば近づくほど、深夜にも関わらず増えていく人通りに、「ちょっといいかな」と、シドを止める本物の警察官が現れた。
黒パーカーに、目深にかぶったフード姿のシドは、職務質問してくださいの格好だ。
「学生証とか免許証とか、今持ってる?」
「ないけど」
「未成年?」
「20」
「名前は?」
「シド」
「シド? シシド?」
「シドウ」
「シドウ、なに?」
「ケイゴ」
そういう決まりだろうが、質問が終わらない。
聞かれたことを端的に答えているだけだろうが、踏み込まれた質問をされれば、ぼろが出そうだ。
「学生さん?」
「まぁ」と、案の定。
それを打ち消すように、ルカが鳴く。
「にゃー!! うにゃう!!(私のごはん買いに行くで突き通しましょ!! 美容系の専門学生ってことで!!)」
「……美容師目指して、勉強してる」
「この子は?」
「アパートのゴミ収集所にいたの拾った。お腹すかせてるぽくって。だから、コンビニ」
「にゃん!(もう一押し!)」
シドは、ルカのおでこを親指で撫でた。
その手つきはとても優しく、
「……ついてくるから、かわいくなった」
ふっと眉尻を下げて微笑むシドに、さっきまでの無愛想がどこかに吹っ飛んでしまう。
仮にも死神で、さっきまで命のやりとりをしていたとは思えないぐらい、穏やかで。あぁ、こんな風に笑うんだと、ルカも警察官もシドに魅入った。
「そっか。引き留めて悪かったね」
恐るべし、ギャップ効果。
ただの猫好きな学生だと、事なきを得る。
「ちなみに、どこのコンビニ?」
「水郷あたりの」
現世とを行き来できる、あの鳥居がある神社の名前に警察官は苦笑いで「早めに帰るんだよ」と。
多くを語らなかったのは、すぐ分かった。
「キャバ嬢に交際申し込んで逆上したらしいよ」
「ヤク中が運転する車が暴走したんじゃなくて?」
中継車が通り過ぎていく。
「店のスタッフ、メッタ刺しだって」
「通り魔じゃないの?」
「枕しまくってたホストが刺されたんでしょ?」
繁華街の中州に架かる橋という橋は警察車両で封鎖され、往来するのは救急車のみ。なにかしらの事故、事件なのは明白で、対岸沿いにはこれ見よがしにと野次馬が集まっていた。
――なのに、シドから発せられた言葉は「おかげで助かった、ありがとう」だった。
「職質。切り抜けられた」
目の前の光景など、二の次……というか、どうでもよさそうだった。
深入りしても、血生臭いだけ。
シドのお礼を受け入れようとしたが、
「……なんで、お礼?」
理由が分からない。
「そもそも、私が」
いなかったら人目に付くこともなかったのに――それを言い終わる前に、シドはきっぱり。
「邪魔なら連れてかない」
ルカを手放して人目から消えることは簡単だが、彼女はそうもいかない。病院に置いていくなんて、もってのほか。それを恩着せがましく伝えるつもりも、彼にはさらさなかった。
水分補給と鎌の有無。
二兎を追い、どちらも達成できたことに変わりはないのだから。
「さっさと帰ろう。昼過ぎまで寝てたくないでしょ」
そう悪態をつくシドは、むきーっと膨れるルカの頭をぐりぐりと撫で回した。
*
説明の仕様がなかった。
シドが少女の肩に触れた瞬間、なにが起きていたのか。
彼は、少女の中に立っていた。くまのぬいぐるみや、絵本に出てくる風景だったり、少女の好きなもので溢れているつぎはぎの空間に。
そこに小さなほころびを見つけた。
雑なほころびだった。大きな積み木で隠してあるだけで、そこを引っ張り上げると、また別の空間に出た。
肥大した臓器に囲まれ、少女が串刺しになっていた。背中から下腹部にかけて、大鎌の刃が食い込んで動けないでいる。
しかし、シドのものではない。
少女から鎌を抜き、再度確認するも、柄の感触など含めてしっくりこなかった。
それならば、もうここに用はない。
夢から覚めるように少女から離れていけば、元の病院に帰ってくる。
「息、吹き返しちゃったけどっ」
「違った。俺のじゃなかった」
あのまま、動けない少女の首を絞めれば、仕事はしたことになる。
横取りだとか、正攻法ではないとか、厳格なルールはない。けれど、シドはそれをしない。したくない。
今の自分は大鎌を探していればいいのだから。




