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「凛さん、今日も一段と綺麗だね。分け目変えるだけで、めちゃめちゃ印象違う」
「……ご注文よろしいですか」
「アイスコーヒーとアイスティー、あとスウィーティーソーダも。アイスコーヒーはお持ち帰りでお願いしまーす。ね、今度俺と――」
「にゃああああん!!(アカツキさんっ!!)」
「あ、ごっめん。子猫ちゃんが呼んでるー」
「……お、お席までお持ちしますね」
「ありがと、待ってる」
ひらひらと手を振るアカツキに、控えめに応える店員さんの頬は赤い。
今時の死神とは、太陽がさんさんと降り注ぐオープンテラスのカフェでお茶をするものなのか。
刑視局の脇にある路地の鳥居をくぐると、そこはもう現世で。時刻は14時。たっぷり寝過ぎたと慌てる黒猫をよそに、アカツキとシドはカフェに入った。
「見えないんじゃないの!?」
「視えてるよー。じゃないと買えないでしょ」
太陽は最強だからねー、と言われましても。
分からない。
死神事情はさっぱりだ。
「ここのフレーバーティー、オススメだったんだけどなぁ」
「紅茶飲めないの」
「ざーんねん」
どこからともなく取り出した紙袋からマグカップを取り出したかと思えば、アカツキはそこにアイスコーヒーを注ぐ。
「はい、子猫ちゃん」
「……あ、ありがと」
小さいマグカップになみなみ注がれたアイスコーヒーに口をつける。ストローが使えないので、すごくありがたかった。
すっきりで飲みやすいコーヒーは、黒猫ののどを潤してくれる。今日はジャケットを羽織っている黒パーカー、もといシドが、マグカップを傾けてくれて。
なんて贅沢な時間なんだろう……――
「じゃなくて!!」
午後のひとときを過ごすために来たのではない。というか、まだなにもしていない。こういう時間は、なにかした後にとるから格別なのに。
「知り合いの地縛霊に逢いに行こうと思ってるんだけど、まだ明るくてさー。あの世の景色なんて、あってないようなもんだし? どうせ過ごすなら、こっちのほうが時間の流れも早くて、女の子もたーくさん」
道行く女性と目があったのか、アカツキは爽やかな笑顔を向けて手を振る。
「こうやって何気ない時間を過ごすことで、子猫ちゃんの手がかりが見つかるかもでしょ。パンよりごはん派、紅茶よりコーヒー。しかも、ブラック」
俺の知り合いにいたかなー、と手帳を開く。
おそらく女性の、連絡先がびっしりだ。
「いつまでも子猫ちゃんは嫌だよねー。なんて呼んだらいい?」
あるのは、人としての漠然とした感覚だけ。
「シド、なんか良い呼び方なーい?」
「……俺? 猫でいいんじゃ……」
話を振るとこれだよ、と呆れられる。シドはとくに気にする様子もなく、再びソーダと向き合った。
「リサちゃん、アスカちゃん、イマリちゃん」
アカツキは次々と女の子の名前をあげていく。が、どれもしっくりこないようで、黒猫以上に悩み始めてしまった。
「ヒトミちゃん、リコちゃん……。んー、違うなぁ。オリヴィアとか、レイチェルとか、ワールドワイド系?」
「そこは全力で否定できるっ」
「――じゃあ」
アカツキはゆっくりした口調で、黒猫を見つめて。
「大切にしたいから……澪。なんて、どう?」
おちゃらけたのは語尾だけ。百戦錬磨の口説き文句、ととっていいのだろうか。なかなか刺さる。
「ルカ!!」
その空気をぶち壊す勢いで、シドが叫んだ。
「猫っぽいだろ」
「いいね。シドにしちゃ、かわいい名前」
周囲のお客さんの視線を総なめした彼は、めちゃくちゃ恥ずかしそうだった。
名前も決まり、空が黄昏た頃。
心霊現象が多発すると噂のホテルに来ていた。買い手がなく廃業してからしばらく経っているようだが、都心という立地から、そんなに荒らされていない。
「やーん、かわいいっ」
最上階のバーだった場所にいた地縛霊は、それはもう明るくて、黒猫・ルカは逢った早々もみくちゃにされる。
「なにこの子ーっ。あったかいじゃない。生きてるー」
「にゃ、にゃふっ(ちょ、ちょっとっ)」
がたいのわりに、乙女なバーテンダーの地縛霊には、ルカの言葉は伝わっていなかった。爪を立てず、本来の猫のようにぬるんっと身をよじらない、よじらせられないルカに頬ずりしようと、屈強な顔面が近づいてくる。
「アカツキさん、用件っ」
半ば強引に、シドがバーテンダーから引きはがして、事なきを得た。ぐちゃぐちゃになった毛並みを、ぎこちない手つきで整えてくれる。ありがとう。
「新しい子、紹介してほしいんだけど」
「滅多に見なくなったわよ。アンタたちが狩っちゃうから、留まれないこと知ってるでしょ」
なら、この地縛霊は?
ルカの視線を感じたバーテンダーは、頬を赤らめて、
「成仏しちゃったら、逢えなくなるじゃないっ」
たくましい腕でアカツキをホールドする。
「俺的には成仏してほしいんだけどっ」
「アタシはこれでいいの! アカツキの素を知るのはアタシだけよっ!」と、さらなるホールドにアカツキは逃げられず。
「……死神にはなれないの?」
そんなやりとりに、ルカは首を傾げた。
「自分で区切りをつけた人間は、候補から外される。現世との結びつきが弱くなるまで、子どもにまじってずっと石積み」
「そのあとは?」
「そのまま消えるだけ。次はないってこと」
「じゃあ、アカツキさんはわざと……」
――あの黒猫ちゃんの本体さがしてるのね。アタシの嫉妬心、どこまで煽れば気がすむの!
――煽るか!!
「あれは本気だと思う」
ルカばりにもみくちゃにされたアカツキは、岐路につきながら、あてが外れたと嘆いた。
「死んだこと自覚してないのかなーって思って。幽体離脱して、帰られなくなったとか。まれにあるんだよねー。んで、ヒロが保護してるパターン」
「……節操なし」と、シドがぼやく。煙たがっていたわりに、愛称とはいかに。
「生前からの知り合いなーの。く・さ・れ・え・ん」
顔の広さは折り紙付きのようだ。
「じゃ、俺はこれから仕事だから」
そう言って昼間くぐった鳥居の前で、アカツキと別れた。
「……戻る前にコンビニ寄らなくていいの?」
「うん?」
「アンタ、起きてからなにも――」
きゅるる、とお腹のほうが返事をする。
「そんなに気張らなくていい」
冷たい手で頭をぐりぐりっと撫でられる。
「アスモさんが首傾げるぐらいの案件だし、どんと構えてなよ」
「上げるか下げるか、どっちかにしてよっ」
「……上げてるつもり」
「わかりにくいんだけど!」
それでも気はまぎれたようで、早く食べ物をーっと腹の虫が騒ぎ出す。「アンタの腹、うるさすぎ」と笑うシドは、駆け足でコンビニに向かった。




