10
「詰めが甘いんだよ。現世でタコ殴りすりゃ勝てるとでも思ったか」
引っ込みのつかなくなった見習いたちを、ニクスは次々と錆にしていく。
「おまえは火事場泥棒で煙に巻かれた――」
きっちり整えていた髪は乱れ、
「虫歯に、梅毒――」
雨にさらされたことで脱色していく。
「酔っぱらって溺死――」
金髪になればなるほど、
「生活習慣病――」
口は悪く、
「誤嚥で窒息――」
鎌を使う前に足が出ることが多くなり、不良の喧嘩にしか見えなくなる。時折ルカを持つ手が力み、握り潰されるのではないかと、ひやひやで。
そんな彼女に手を伸ばす影を、ニクスは見逃さなかった。
「おまえは逆上した女に刺されて、だったか?」
ニクスの大鎌がその影の喉元を捉えて、切っ先が触れるか触れないか、絶妙なところで止まる。
いつの間にか雨も止んでいた。
「――――これでも一応、助けに来たんだーけど」
わざとらしく両手を上げるのは、アカツキだった。豹変したニクスに驚いている様子はない。
いらねぇよ、と大鎌を下げて、アカツキの背後を睨んだ。
「よけいなもんまで連れてきやがって」
ゆっくり歩み寄ってくる、もう1つの影に月明かりが差し込む。
「やあ、死神くん。ご精が出るね」
白のトレンチコート。
それを肩掛けする赤髪の人物なんて、顔を確認するまでもない。
「どうなってんだ、おまえんとこの人事は」
「狩りに意欲的な人間も、ある程度いないとね」
無事でなにより、と監察官・エルサはニクスのゆるんだネクタイを締めなおす。
ニクスは露骨にいやな顔をするが、大人しくしていた。
「シニガリのお手本になるって約束したじゃないか」
「やってんだろ」
「……またボコボコにされたい?」
ここ一番でニクスが力む。死神同士の揉め事は御法度だって言った張本人が、1番焚きつけているではないか。
小脇に抱えられたままのルカは、ニクスの臨戦態勢を散らすために話を振った。
「あああのっ、シニガリって!?」
おや、さっきのお嬢さん。と、エルサが反応してくれる。
「彼らは神サマではないだろう? 死神をもじって、死に狩りと呼んでいるのだけれど、どうも定着しなくねぇ」
訛っているわけでも、滑舌が悪いわけでもなかった。
「でもニクスのことは死神くんって……」
「そう、死神。本物だから、シニガリだって斬れちゃうんだ」
「そんなこと説明しに、わざわざ下界ってきたのか?」
「まさか」
そんなこと、で片付けられないルカを置いて、話は続いていく。
「シドは、どこかな」
「廊下でボコられてただろ」と、はっきり言わないニクスをエルサは無言で訴える。
――キミなら知っているよね?
「いちシニガミの進退にまで首をつっこんでくるな」
ニクスの言う進退に、ルカの理解は追いついていない。けれど、
「黙って聞いてればっ。シドがなにしたって言うのよ!」
どちらもシドを処分するために動いているようだった。
「大鎌って、その人そのものなんでしょ! 落としたくて落とせるものじゃないなら、落としたこと責め――――」
ニクスの手の中で暴れ出すルカを、アカツキが赤ちゃんにする『たかいたかーい』で持ち上げる。
「あー、あー。たしかにー。ニクスはガチの死神だからー、執行人みたく見えちゃうよねー」
ルカが喋られない程度に、
「ていうか、一課ってそーいうとこだしー。ルカちゃん言ってたじゃーん。一方的に狩られることがないようにーって、あながち間違ってないんだってー」
上下に動かしながら、
「ま、今回は、目の上の冷静沈着野郎をみんなでボコれば怖くない、でまんまと誘い出されちゃっただけだからっ。もしかしたら、シド、さらわれてんじゃね? って心配してるだけなんだって!」
アカツキの矢継ぎ早の説明が、浮気や嘘がバレたときにする言い訳のようで、ますます不信感が募る。
「ちょっと、そんな顔しないでよっ。俺のことならまだしも、ニクスだよ? 空き時間があったら鎌探し手伝うような、善良な死神様なんだよー。絞り上げれば吐くだろうとか思ってないって――――ニクスは、ね」
語尾に合わせて、動きが止まる。これがアカツキが言いたかったことかと、募った不信感が一瞬で溶けていった。
アカツキもルカも、エルサを見つめる。
「やだなあ、人聞きの悪い」
どんな視線を送られようが、エルサは口角を上げたまま表情を崩さない。
「僕だって、話がしたいだけさ」
あぁ、お嬢さんとのことじゃないよ。と断りを入れて、とんでもないことを放り込んできた。
「――彼、鎌がなくても仕事ができるって聞いたのだけど」




