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017 いつも隣に1

 ~ユリウスSIDE~



 今朝の失敗の反省を胸に、馬車に揺られ屋敷へ帰宅する。


「はぁ……」


 気付けばため息ばかりを漏らしてしまう一日だった。

 同僚にも、そして自分自身にも気を遣わせた一日だったと振り返り、反省する。


 いつもの自分を曝け出す。


 それはとても難しい。


 だからいっそ、誰かになりきればいいのでは?


 そう、閃いた僕は早速実行に移してみたものの、エミリアに「あなたはだれ?」と、僕の存在自体を否定されてしまう結果に終わった。


「かなり頑張ったんだけど」


 どうやら、怯えさせるだけの結果に終わったようだ。


 さらに、いつも通りに戻った僕を見て、彼女は心底安心しているように見えたのも悲しい。


 なぜなら、彼女がユリウス・シュナイダーだと思っている僕は、情けない部分をひたすら隠した、偽りの自分だから。


 もし彼女が偽りの僕の方が好ましいと感じてしまっているならば、これは由々しき事態だ。


 僕は、ありのままの自分を受け入れてもらいたいと、彼女に望み始めたところなのだから。


「……エミリアは、『僕』を望んでくれるのだろうか」


『私』という人称で呼ぶ、完璧な紳士を演じていてほしいと望む彼女と、自分を『僕』と呼び、出来れば情けない部分を含めて受け入れてほしいと望む僕。


 僕はいつまで、このすれ違いに悩まなくてはいけないんだろう?


「って、全部僕の自業自得なんだよなぁ」


 それに犬アレルギーの問題もある。


 この大問題を告げた時、もし離縁を言い渡された場合。

 僕は彼女を手放す覚悟をしなければいけないのかも知れない。


「そんなこと、出来るのだろうか……」


 一つ嘆息し、僕は揺れる馬車の窓から外を見つめるのであった。






 ◇◇◇





 ~エミリアSIDE~




 犬の毛から始まった、ステア様の愛人疑惑事件は無事解決した。


 といっても、ハンナと私の妄想による勘違いで大騒ぎしていただけ。実際のところステア様の行動の全ては、ハンナの事を想ってのことだった。


 やはりあの二人は恋愛結婚だけあって、仲良しだ。


 私はようやくこの話をユリウス様に出来ると、背負っていた重荷を降ろせたかのように、晴れやかな気持ちで自宅となる屋敷に戻ったのであった。


 そして現在、夫婦の寝室でユリウス様を待っているところ。

 因みにユリウス様がおかしかったのは今朝のみ。夕飯時はいつものユリウス様に戻っていたので、私は安心した。


「それにしても、世の中にはこんなに沢山犬の種類があるのね」


 枕を背もたれ代わりにして、ベッドの上で体を起こしている私は手元のチラシを眺める。


 ドロッセル様から、「ご購入の際は是非当店で」と帰りに手渡されたものだ。


 どうやら彼女が、「長いお付き合いになるかも知れない」と口にしていた理由はこれらしい。


 私としても、愛人だなんて疑ってしまい大変失礼な態度を取ってしまった手前、購入するならば彼女の所にしようと決めた。


「それに、丁度ユリウス様も犬が欲しいって感じだったし」


 かしいぬこと、犬をレンタルするくらいなら、いっそ家族として招き入れた方がいい気がする。


 そんな事を考えていると、部屋のドアがノックされた。


「どうぞ」


 私が言うと、ドアが開いて寝間着姿のユリウス様が入ってくる。今日も頭がワサワサと自由な感じで跳ねていて可愛い。


 そんな、昼間より少し幼く見える彼は、いつも通りベッドの横に立つ。


「お待たせしました。お隣を、よろし……」


 ユリウス様は、いつものように「お隣を、よろしいでしょうか?」を言い終える前に、ジッと考えこんだ様子で固まってしまった。


「どうぞ」


 私はぺろりと布団をめくる。


「あ、ありがとう」


 だいぶ照れた様子で、ユリウス様が布団に入ってくる。


 そして、私の隣に枕を背にして並んだ。それから彼は、私が手にしているチラシに視線を落とし。


「それは……」


 なぜか青ざめる、ユリウス様。


「これは今日知りあった、ご主人がペットショップを経営されている奥様からいただいたものなんです。だから犬を購入する時はここがいいなと思って」


 愛人だと疑った件は、まだ全貌を話していない。だからあえて言わないでおいた。


 そもそも一から話すと長くなりそうだし。聞かれてないし。


「その件なのですが……」


 ユリウス様はとても真剣な表情になった。


「エミリア様は犬を飼いたいですか?できれば正直にお答えいただけるとありがたいのですが」


 ユリウス様が犬を飼いたい事は知っている。


 これは試されているのかな?と思いつつ、どちらでもいいと思う私は、彼が望む答えを口にする。


「飼いたいです」


 するとユリウスはまるで地獄に落とされたかのような、絶望的な表情になった。


 え、犬飼いたいんですよね?


 何か間違っただろうかと、私は激しく動揺する。


「あの、一つ確認なのですが、ユリウス様は犬をレンタルするくらいだから、犬を飼いたいんですよね?」


「ん?犬をレンタルですか?」


 今度は思い切り訝しげな表情になる。


「だって昨日、ドッグショーで一緒にいたのは、レンタルした犬ですよね?」


「……違います。あれは、会場で偶然遭遇してしまった、ゲルマン卿に押し付けられたんです。あなたの名前を頂戴した犬だから、私が出場した方が話題性抜群だからと」


 私はゲルマン卿のオークのような恐ろしい見た目に、可愛らしい子犬が結び付かず混乱する。


「ユリウス様のおっしゃるゲルマン卿って、ベルゲマン侯爵家の当主で、騎士団長のとてもいかつい……いえ、男らしく顎が割れた、あのワイルドすぎるゲルマン卿ですか?」


「残念ながら、そのゲルマン卿です」


「な、なるほど」


 人は見かけによらないようだ。


 私は恐ろしい見た目なのに、実は優しいゲルマン卿の姿を脳裏に浮かべ、苦笑いする。


 とは言え、ゲルマン卿は幼い頃から王城をうろつく私と良く遊んでくれたし、私に意地悪ばかりしていた一つ上の兄をビシバシしごいてくれたから、とてもいい人だ。


 それに、私たちの仲人だってしてくれたし。


「あ、そう言えば、いつだったかゲルマン卿に犬を飼ったら、私の名前をつけてとお願いしたような気がします」


 私は突然思い出した。


 あれは、父と母が飼う犬の名前が決まった時のことだった気がする。


『スパンクルとニエルなんて安直すぎるわ。もっとおしゃれなシナモンとかミルクとかクッキーにすればいいのに。もしくは可愛い私の名前とか』


 両親の名付けセンスに疑問を感じていた私は、つい夜会でお会いしたゲルマン卿に愚痴ったことがある。


 その時確かに私は、自分の名の方がマシとゲルマン卿に伝えた。

 しかもお酒も入っていた事もあり、ほろ酔い気分の軽い気持ちで。


 すると彼は、笑いながらこう言った。


『では私が犬を飼う事があれば、エミリア様のお名前を頂戴いたします』


『えぇ、必ずそうしてくれる?』


 私は言った。確かに笑いながらそう伝えた。


 というか、まさかそれを覚えていて、実践したと言うのだろうか。


「なるほど、それでエミリアたんなのか」


「え?」


 今なんとなく、ゾゾゾとする敬称が聞こえたようなと、ユリウス様の顔を覗き込む。


「いえ、なんでもありません。お気になさらず」


 美しい顔で優しく微笑まれ、私は慌てて顔を背けた。


「つ、つまり、ユリウス様は犬をレンタルされてないといういう事ですか?」


「していません。それより、本当に犬を飼いたいですか?本音でお願いします」


 ユリウス様は強引にその話に戻した。しかもその表情はいつになく真剣だ。

 一体なんでそこまで犬を飼う、飼わないにこだわるのかわからない。


 けれど、彼にとって重要な質問だという事は、気迫によってこちらに伝わってくる。


 だとすると、嘘偽りなく今の気持ちを答えるべきなのかも知れない。


 私は本音を伝えようと、口を開くのであった。

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