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015 浮気の真相2

 ドッグショーで見た、聞いたことをハンナに伝えようと、ラインマイヤー邸を訪れた私は驚く事となる。


 なぜなら、ステア様の愛人疑惑が浮上中の女性。


 バラ色のわんわんライフことクラウディア・ アーベラインが、なぜかラインマイヤー邸のサロンにいたからだ。


 当の本人は自らを「ドロッセル・アーベライン」と名乗り、ハンナに至っては青ざめて固まるのみ。


 そんな中私は、密かに「愛人なんて追い出してやる」と意気込み彼女に対峙している。


 そして戦いの火蓋は切られ、私はステア様と屋敷で会う約束しているという彼女に対し、遠回しに「あなたはステア様にとって約束を忘れられる程度の女性なのよ」と嫌味を応戦したところだ。


「ステア様はきっとお仕事でお忙しいのでしょう。それに用事があるのは、主に奥様のほうですから」


 ドロッセル様は私の嫌味を込めた心情に気がつかないのか、嬉しそうに微笑んだ。


「え、ハンナにですの?」


 私は、まさかそんな言葉が彼女の口から出ると思わず、間の抜けた顔で彼女を見返してしまう。


 しかしすぐに顔を戻し笑みを浮かべ、動揺を隠しつつ探りを入れる。


「でもお二人は今日が初対面でしょう?それともどこかで?」


「初めましてですわ」


 そう微笑んだ彼女はとても美しかった。

 けれど、どこか不穏なものを感じさせる笑みだ。


 この類の笑顔を、私はどこかで見たことがあるような気がする。

 そうだ、以前ユリウス様に言いよった末、数秒で撃沈していた令嬢がこんな顔をしていた。


 そう、これは狩りをする獣の瞳……。


 私はブルリと震える。


「あ、あの。主人が戻るまで、こちらにどうぞおかけ下さい」


 もはや置き時計と化していたハンナが人間へと進化を遂げ、ソファーを勧めた。


「では、お言葉に甘えて」


 ドロッセル様はにこやかに微笑み、私とハンナが寄り添って腰を下ろそうとしている席の向かいに腰を掛ける。


 それから使用人達がお茶のセットを用意して、私たちを取り巻く緊張感漂う雰囲気に逃げるように立ち去っていく。


 その結果、サロンにいるのは、私とハンナとクラウディアことドロッセル様の三人だけとなった。


「素敵なお宅ですわね。お部屋もいくつもあって。これなら大事な家族が増えても安心ですね」


 意味深な発言に私とハンナは思わず顔を見合わせる。


 ハンナの不安げな表情から察するに。


『やだ、一緒に住むつもりなのかしら?無理なんだけど』


 そう私に訴えかけてきていることは、理解できた。


 私だって愛人と同じ屋根の下なんて絶対無理。


 それに万が一何かが起きて、私に愛人が出来たとしても、相手の奥様に知られない努力くらいはすると思う。


 だからこんなふうに押しかけたりしないし、ましてや一緒に住もうだなんて思わない。


 とはいえ、愛の言葉のみで相手と関係値を築く事を余儀なくされるのが愛人だ。

 つまり、愛人となる女性はそのくらい強い心を持っていないと、やっていけないのかも知れない。


 一切動じないドロッセル様を前に、私は妙に納得してしまった。


 というか、そもそも。


「あの、失礼ですが、あなたはどなたなのでしょうか?」


 今朝も同じセリフを口にしたなと、つい苦笑いになる。


 しかも一生にそう何回も言わないであろう言葉を、一日に二度も口にするだなんて、今日は本当に奇妙な事の連続だ。


「先ほど申し上げた通り、ドロッセル・アーベラインと申しますわ」


 堂々と告げる姿は嘘をついているようには見えない。


「あなたには別名がありますか?例えば「ク」からはじまる感じのものとか」


 私はドロッセル様の目をまっすぐ見据えて問いかけた。


 名前を濁したのは、隣にいるハンナに考慮してのこと。失意の底にいる彼女をこれ以上悲しませたくなかったけらだ。


「私は別名などありませんし、ドロッセル・アーベラインです」


 その吸い込まれそうな青い瞳を一切そらすことなく、私の問いかけに答えるドロッセル様。


 彼女の凛としたその姿は、やっぱり嘘をついているようには思えない。


「では、バラ色のわんわんライフ……この言葉をご存知ですか?」


 もしかすると彼女がクラウディアではないという可能性も考慮して、彼女の身近でそのワードに心当たりはないかと探ってみる。


「まあ、うふふ」


 突然笑い出すドロッセル様に、今度は私が固まる番だ。


「失礼致しました。あのキャッチコピーを思いついた時は「これだ」と確信したのですけれど、エミリア様の口から聞かされると……ふふふ。でもまさか、私の大事な娘の事をご存知だとは思いもよりませんでしたわ」


「え?」


 つい笑いが溢れてしまうといった感じのドロッセル様が溢した言葉に、私は耳を疑った。


 娘って、いったいどういうこと?

 まさかステア様に隠し子が!?


 思考がそこに行き着いた時、ふと、私に膝をつける勢いで隣に座るハンアをチラリと伺う。すると彼女は、もはや口から魂が出そうなほど抜け殻と化していた。


 だめだ、援軍は望めそうにない。


「だって、クから始まる……つまりエミリア様は、クラウディアをご存じなのですよね?あの子はとっても可愛い子でしょう?」


 ドロッセル様の、無邪気さのこもる青い瞳に私は思わずたじろぐ。


 正妻を前に、なんでそんなに楽しそうなのかもわからない。


 私は膝に置いた手をグッと握りしめる。そしてドロッセル様に視線をしっかりと合わせた。


「その、誠に申し上げにくいのですが……あなたはステア様の愛人なのでしょうか?」


 埒が開かないと思った私は、確信に迫る。


 するとドロッセル様は目をパチクリさせて固まったのち。


「まあ、そういうこと?だから――」


 ドロッセル様が何かを言いかけたその時、突然部屋のドアが開き、話題の主が姿を現した。


「お待たせしてしまって申し訳ない。急な発注が入ってしまいまして」


 そう言って部屋に入ってきたその人物は、夕焼けのような温かみを持った赤髪と、その髪色と同じ色をした瞳を持ち、人好きのする印象を与える紳士、ハンナの夫であるステア様だ。


「ステア様!」


 ハンナは思わず立ち上がり、彼の元へと駆け寄る。そしてハンナはためらうことなく、ステア様の胸に飛び込んだ。


「ハンナ、いったいどうしたんだ?」


 ステア様は戸惑いながら、自分の胸元に頬をすり寄せるハンナの背中を愛おしそうに撫でる。むしろ顔が緩んでいて、嬉しそうだ。


「ステア様、私は犬アレルギーです。でもあなたが好き。あなたがどうしてもバラ色のわんわんライフを送りたいと言っても、私はあなたの側を離れることなんて出来ないわ」


 ハンナがとうとう心の丈をステア様にぶつけた。


 私はずっと寄り添ってきた彼女の気持ちが手に取るようにわかるので、切なさで胸が痛む。


「わんわんライフ?バラ色?と、とにかく私だって君の事を愛してる。それはもう、どうしようもないくらいに。君が私を好いてくれる以上に、私は君を愛しているんだけど」


「ステア様……」


 再び熱烈な抱擁をする二人を見て、私は思わず言葉を失う。


 なぜならどうみたって仲良しな夫婦にしか見えないからだ。


 でも……と私は、目の前のドロッセル様を確認する。


「!?」


 私は驚き固まる。


 なぜなら、彼女はまるで聖母のような慈悲深さを感じさせる、非常に穏やかな表情でステア様とハンナを見つめていたからだ。


 正妻と抱き合う自分のお相手を前に、愛人とはここまで深い心を持たなければ務まらないものなのか。


 私は、ドロッセル様の器の大きさを目の当たりにし、「愛人にはかなわないかも」と思わず身震いし、完全敗北とばかり心で白旗をあげたのであった。

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