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014 浮気の真相1

 ユリウス様が荒れる疲労で倒れたため、彼と寝室を別にした翌日の朝。

 私は、食事の準備が整ったとカルラから伝えられ、ダイニングに向かった。


 朝日が柔らかな光を差し込む中、壮麗な装飾と優雅な家具で飾られたダイニングルーム。


 大理石のテーブルの上には、銀器で飾られた美しい食器が並び、摘みたてたばかりの花が華やかな色彩を添えている。


 いつもはユリウス様と二人でおしゃべりを楽しむ食卓も、一人で囲むと寂しいもの。


 浮かない気持ちで椅子に腰を下ろすと。


「おはよう、エミリア」


 突然背後から爽やかな声が投げかけられ、私は思わず振り返る。


 しかも今「エミリア」と聞こえたような。

 聞き間違いだろうか。


「ユリウス様、もう大丈夫なのですか?」


「ああ、問題ない。心配をかけてしまい、もうしわ……心配をかけてしまったね」


 なぜかいつもとは違う雰囲気に戸惑いつつ、私は席を立つために、控えている使用人に視線を送る。


「座ったままで構わない。家族なのだから形式張る必要はないだろう?」


 私の隣に立つユリウス様は、昨日までの様子が嘘のように晴れやかな表情を浮かべていて。


「今日のあなたも、とても可愛い」


 そう言って、私の頬にそっと手を添える。


 顔色はいつも通りで、無理をしている様子もない。けれど明らかに様子がおかしい。


 まさか精神的なダメージを受けた結果、二重人格になってしまったのだろうか。


「さて、朝食を食べようじゃないか」


 私の頬からスルリと手を離したユリウス様が、スキップしそうな勢いで向かいの席に移動する。


「そ、そうですね」


 なんだか変な空気が漂う中、私は昨日までとは明らかに違うユリウス様の雰囲気に戸惑いつつ、引きつった笑みを返す。


 そしてユリウス様が席につくと、シェフが料理を運んでくる。


 朝は軽めと言いつつ、フレンチトーストやスクランブルエッグ、燻製サーモンにフレッシュな果物やジュースなどが次々に並べられていく。


 紅茶がカップに注がれていくのを待ちながら、私はユリウス様の様子をうかがう。


 ユリウス様は、機嫌が良さそうで、しかし奇妙な微笑みを浮かべ私を見ている。


「何かいいことでもあったんですか?」


 病気で寝込んでいた人にかける質問ではないなと思いつつ、気になる私は問いかけてみる。


「ただ少し、今はそうありたいと思っているだけさ」


「そうでありたいですか……」


「そうだね。今はお試し期間。そんな感じかな。だがまずは朝食にしようじゃないか」


 ユリウス様はナイフとフォークを手に取り、料理を口に運び始める。


 私はユリウス様に違和感を覚えつつ、フレンチトーストを口に運ぶ。


 そして横目でユリウス様をそっと見て「本当に機嫌がいいだけ?」と疑心暗鬼になってしまう。


「エミリアも昨夜は疲れていただろう?よく眠れたかい?それとも私がいなくて寝不足かな?」


「!?」


 明らかに態度がおかしい。これはやはり二重人格になったとしか思えない。


 そんなことを考えていると、目の前に座ったユリウス様が急に姿勢を正し、私を見つめる。


「エミリア」


「……はい」


 思わず姿勢を正して返事をしてしまうのは、彼の雰囲気に飲まれてしまったからだろうか。


「改めて、君に感謝の気持ちを伝えたい。私の妻になってくれてありがとう」


 そう言って、ユリウス様が頭を下げる。

 私は急な言葉に驚き目を見開くが、すぐに微笑みを浮かべて応える。


「ありがとうございます……その、至らない点ばかりで……ごめんなさい」


「何を謝る必要があるんだい?エミリアを妻に迎える事が出来て、僕……私は嬉しい。むしろ私の方が君に謝らなければならないくらいだ。けれどこれからもっと君に必要だと思ってもらえるよう努力するつもりだから、よろしく」


 とても嬉しい言葉をかけられているはずなのに、胡散臭く感じてしまう。


 それは私の心が汚いからだろうか。


「あぁ、君と囲む食事はこの上なく幸せで、つい仕事を投げ出したくなってしまう」


「……」


 なんだろうこの違和感は。ユリウス様の見た目なのに、別人と会話しているような、まるで奇妙なこの感覚は。


「エミリア?」


「あ、はい。すみません」


「不安があるなら、隠さず私に何でも言ってくれて構わない。君の気持ちが少しでも軽くなるなら、僕はどんな事でもしよう」


 そう言って微笑むユリウス様を見て私は確信する。彼はやはり別人だ。ユリウス様なら朝はもっとぼんやりとしているはずだし、何より私を急に「エミリア」呼びするなんて、彼らしくない。


「……あの、失礼ですが、あなたはどなたなのでしょうか?」


 私がそう問いかけると、ユリウス様は驚いたように目を見開く。


「エミリア?急にどうしたのかな。私は君の夫であるユリウス・シュナイダーだとも」


「いいえ違います」


 はっきりと断言する私に、ユリウス様が真顔になる。そしてしばらく沈黙した後で口を開く。


「……どうしてそう思ったのか、聞かせてもらってもいいだろうか?」


「それは……」


 私は彼の違和感を一つずつ説明する。


「まず第一に、私の知るユリウス様は、私の事を人前で『エミリア』とは呼びません。第二に、朝からハイテンションすぎます。第三に、わ、私がいなくて寝不足だなんて、そんなふうに言いませんもの。第四に、お仕事をお休みしたいだなんて、あなたらしくないから。よって、あなたはユリウス様ではありません。確かに姿形も声もユリウス様ですけれど……それでも違うと思います」


 私がはっきりと言い切ると、ユリウス様は整った顔に苦笑いを浮かべる。


「なるほど。やはり急なキャラ変更は受け入れ難いということか……」


 そう言って彼は、前髪をかき上げると、その美しい顔を私に晒す。


「よくわかったね?この感じは寄宿学校時代、一番友人が多そうな人物を真似てみたんだ。何より彼は女の子にも人気があるようだったし。君の好感度アップを狙ったんだけど、でもちょっと軽率な感じだったようだね。すまない」


 そう言って、彼は私のよく知る人物の顔で笑うのだった。




 ◇◇◇




 朝食時、彼にはそぐわないテンションで、よくわからない言葉を吐き出していたユリウス様は、どうやら仕事に行くようだ。


「昨日荒れる疲労でお倒れになったのですから、今日くらいお休みでもいいんじゃないですか?」


「お気遣いありがとうございます。しかし昨日休みを頂きましたので、流石に今日は行かないとなりません。皆に迷惑をかけてしまいますので」


「そうですか。でも具合が悪くなったら、すぐに帰宅された方がいいかと」


 朝食時に突然豹変した奇妙なユリウス様の状態を知る私は、休んだ方がいいと遠回しに伝える。しかし、ユリウス様が身を屈めてくれたので、いつも通り行ってらっしゃいのキスを頬に落とす。


「では、いってきます」


「いってらっしゃいませ、お気をつけて」


 通常のユリウス様に戻り、颯爽と馬車に乗車する彼を見送りながら、私はホッとする気持ちと、彼の体を心配する気持ちを半々で抱え、見送った。


「いったい、どうしちゃったのかしら」


 そう思う気持ちはあれど、わからない事はいつまでも悩んでいたって仕方がない。


 私は次なる悩みのため、外出準備をしようと屋敷に戻るのであった。




 ◇◇◇




 現在、私は昨日の報告をしようと訪れたラインマイヤー邸のサロンで、新たな修羅場に遭遇している。


 まったく気の休まる暇もないくらい忙しいというのは、今の私のこと。


 私はこちらに美しく笑みを浮かべる女性を前に、ため息をつきそうになるのを、何とか堪える。


「エミリア王女殿下。お会いできて光栄です。初めまして、私はドロッセル・アーベラインと申します。以後お見知りおきを」


 そういって私に綺麗な淑女の礼をするのは、どうみても昨日ドッグショーでステア様にエスコートされていた美しい女性。


 クラウディア・ アーベラインだった。


「はじめまして、シュナイダー侯爵家のエミリアです。公式な場所ではございませんので、エミリアに軽い敬称でかまいわませんわ」


 私は青ざめ口を堅く閉ざすハンナの横で、何百回と繰り返したであろう、淑女の礼を返す。


 呼び方をこちらで指定するのは、相手に戸惑わせないための配慮だ。


「では、エミリア様とお呼びいたしますわね」


「はい、ありがとうございます。で、本日はどうしてこちらへ」


 私は「まさか正妻の元に乗り込んできたのかしら」と、警戒しながら尋ねた。


「実は昨日、ステア様とこちらのお屋敷で会うお約束をしていたものですから。奥様から色々とお話を伺いたく参りましたの」


 大人の魅力溢れるドロッセルことクラウディアは、余裕綽々といった様子で優雅に微笑む。


 どうやら最悪な状況に近づきつつあるようだ。


 隣に立つハンナは今にも倒れそうなくらい青ざめた顔をしているし、ここは私が彼女の代わりに愛人と対峙するしかない。


 私は顔を引き締め、気合いを入れて口を開く。


「そうだったのですね。生憎ステア様は今お取り込み中のようですの。普段はお約束を忘れてしまうなんてことはないはずなのに。どうされたのかしら」


 私は淑女の笑みの下で、「あなたはステア様にとって約束を忘れられる程度の女性なのよ」と罵る。


 私はふと、かつて友人の婚約者に対し、色恋を仕掛ける不届きものの令嬢に対峙した時を思い出す。


 独身時代王女という立場上、周囲で繰り広げられる婚活レースにまつわるあれこれに関して私は、我関せずをつらぬいていた。


 なぜなら、王女である私が出ていくと、私の言葉が正しいものになってしまうから。


 そもそも恋する想いというものは、人には見えない気持ちのこと。


 だから一方は相手の気を引こうと駆け引きで楽しんでいるのに、もう一方はそれを真に受けて、「婚約破棄をする」と言い出した結果、実は友人の早とちりだった、なんて事になったら気まずい。


 何より、私が「酷い人ですね」とみんなの前で弾劾したら、その人物は周囲からのけものにされてしまう可能性がある。


 それはその人の人生をも左右しかねない、とても重大なこと。


 だから私は高みの見物とばかり、みんなが恋に悩む話をただ頷くだけに留めておいた。


 けれど、そんな私が一度だけ友人のために動いた事がある。


 元々気の弱いところのある友人が、泣き腫らした目で、「彼とは婚約破棄をします」と私に報告してきた事があった。


 伯爵家の娘である彼女は、私と同じように幼い頃から親によって婚約者が決められていた。その事もあって、彼女を「同志」だと、勝手に親近感を抱いていたのである。


 そんな彼女が思い詰めた顔で婚約破棄などと言い出すものだから、私は自分の事のようにショックを受け理由を聞いた。


 すると「あなたに彼は相応しくない」と、とある令嬢にしつこく言われてしまい、参ってしまったとのこと。


 普通なら「あなたが何を言っても、政略結婚ですから」とちょっかいを出してくる令嬢に言い放ち蹴散らすところだ。


 けれど、その子はとても気の優しい、言い換えれば押しに弱い子だったので、余計思い詰めてしまったのだと私は理解した。


 そこで私は嫌がらせをする令嬢と対峙したのである。


 と言っても、男性のように拳で殴り合うなんて事はなく、主に言葉を介してだけれど。


 その結果、無事に丸く収まってめでたし、めでたしという事件があった。


 後に聞いた所によると、そもそも婚約者の方は婚約破棄なんてする気はなく、むしろ自分にまとわりつく令嬢を煙たがっていたという事が判明。


 そして婚約者の彼は、「今後は僕が彼女を守りますので」とキリリとした表情で私に、友人に対する決意を語ってくれた。


 実のところ私は、色恋を仕掛けてきた令嬢と対峙するのは、興奮したし、やり込めた時はスカッと爽快な気持ちになった。


 もちろん、私の立場上、誰にも言ってないし、この先も明かすことはないだろう。けれど、あの事件の時は、まるで悪者を対峙したような気持ちで密かに自分を誇らしくも思ったものだ。


 そして今、目の前の妖艶な女性は、親友の夫が作った愛人かも知れない。


 そう思うと、私はかつて抱いたような高揚した気持ちに、少しの緊張と、そして闘争心が湧き上がるのを感じるのであった。

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