013 彼女の侍女に睨まれる2(ユリウスSIDE)
エミリアを大事に思うが故に、僕を毛嫌いしているカルラ。
普段は二人で話などした事もない彼女が僕の部屋を訪れた。
案の定、敵意を剥き出しにされ、出来れば早く立ち去ってくれないかと願うも、彼女の手には愛する妻からのラブレター……手紙がしっかりと握られている。
そこでひとまず彼女が気の済むまで付き合う事にした。
そして現在、カルラは僕を睨みつけながら。
『男爵家の三女である目立たない私を、表舞台に立たせてくれた恩人だからです』
などとエミリアの事に必死になる理由を口にしたところだ。
「我が家は貴族籍を保有しつつも、そこまで裕福ではありません。それに爵位だって一番下の男爵です。三女だからお金もなくて社交界デビューだって遅くて、ギリギリ十八歳の時でした。同時にデビューした中では私が一番歳上という惨めな人生を歩んできたわけです」
カルラはそこで一旦言葉を区切る。
「社交界デビューした所で、すでに年増扱いされるし、色黒で野暮ったく見える私は、結婚も諦めていたんです。でもそんな時、社交界デビューする王女殿下の侍女を募集すると通達があって、何かが変わるかも知れないと応募したんです」
「そして、見事君はエミリア様の侍女となった、と」
ふむふむと頷いていると、カルラがジロリとこちらを睨んだ。
「まだ続きますので、勝手に話をまとめないでもらえます?」
「……すまない」
なぜか謝る羽目になった。解せない。
「いざ面接に行ってみると、私なんかよりずっと綺麗で素敵な子ばかり。その上、やはりといった感じ。私が一番歳上だったので、これは駄目だと思ったんです。でも、エミリア様はそんな中から私を選んで下さった。なぜだかわかりますか?」
「それは君の性格が彼女に合うものだったからじゃないのか?」
至極真っ当な意見を口にしたつもりだが、なぜか鼻で笑われた。
「違います。着ているドレスが一番安そうだったから。それと一番年上だったから。つまり、すでに結婚を諦めていそうだったからとのこと」
「……それは本当に彼女が口にされたのだろうか?」
なんだか言葉尻がとてもエミリアのものとは思えなかったので、つい聞いてしまう。
するとカルラはニヤリと口元を歪ませた。
「私がわざわざ、シュナイダー卿にわかりやすく言い換えました。でも意味は変えていません」
どうやら嫌味を含めたものだったようだ。
それにしたって、エミリアの沽券に関わる問題なのだから、もう少しオブラートに包んだ方がいいのではないだろうか……。
そんな僕の心の声など届くはずもなく、彼女は続ける。
「どうして、結婚したら駄目なのか思い切って聞いてみたんです。するとエミリア様は、今回の侍女選びは、シュナイダー侯爵家に嫁いだ時に付き添ってくれる人を選びたいからだと。だからすぐに結婚して辞めるような子では困ると」
「なるほど」
冷静なフリをして相槌をつくも、内心「なんだって!?」と激しく衝撃を受ける。
エミリアがそこまで嫁ぐ事を意識してくれているなんて知らなかった。
きっと僕が気づく前から、色々と考えてくれていたのだろう。
僕はまだまだ彼女の事を知らな過ぎると思い知る。
「さらには、誰が見ても綺麗な子は、ユリウス様の御心を無闇矢鱈に乱してしまう恐れがあるので、申し訳が立たないからと。そうおっしゃってもいましたね」
「……それは、私が信頼されていないという事だろうか」
わりと言い寄られた記憶はある。しかしながら、僕は紳士的とは言い難い方法ーーつまり、わかりやすく好意を寄せられるのは迷惑だと、きっぱり跳ね除けてきたつもりだ。
「いいえ、違います。エミリア様はご両親を亡くされたユリウス様が、お仕事に精を出していらっしゃる事をご存知のようでしたから、その事に邁進出来るよう、余計な気を使わせたくなかった。そうお考えになられていたと思います」
カルラの言葉に、エミリアがどれだけ僕の事をよく観察し、理解しようとしてくれていたかを、痛いくらい思い知らされた。
それが嬉しくてたまらないのに、僕は見栄を張り、さらに彼女は仕方なく僕の元に嫁いできてくれたと、一人拗ねていたなんて。
どこまで心の卑しい男なんだ、僕は。
「そして最後になりますが、私は年間六十金貨ほどのお給金を頂いております。それは私の婚期をご自分のせいで遅らせてしまったからだと」
「六十金貨だと?」
僕は素直に驚く。なぜなら我が家で長い事執事をしているヨハンでさえ、年間五十五金貨だったからだ。
そもそも執事の平均年収は五十金貨のはず。我が家はヨハンがいて成り立つところが多分にあるため、色をつけて五十五金貨に設定している。
それよりもらっているとは。
僕はカルラに驚きの視線を向けた。
「えぇ、きっちり六十金貨です。こう見えて高級取りなんですよ、私は」
自慢気に胸を張るカルラは続ける。
「けれど私が運良くお相手を見つけられたのは、エミリア様の侍女になれたから。目立つ王女殿下の側でうろつく私に、興味を抱いて下さる方がいたからです。そのような理由で私はエミリア様を尊敬し、お慕い申し上げております」
「つまり君は、エミリア様の事が心から好きだと?」
「もちろんです」
何の恥じらいもなく言い切った。その姿があまりに堂々としたものだったので、内心激しく動揺する。
これはまさかの三角関係なのだろうか……いや、違うか……。ただの主従関係だ。
きっとそうだと、自分を落ち着かせた。
「あと半年ほどになりますが、お側にいられる間は誠心誠意尽くすつもりでおります」
「そ、そうか」
どうやら、彼女のエミリアへの忠誠心は本物らしい。
「まぁ、私がどうこう言っても仕方ありませんし、あとはシュナイダー卿が頑張るだけですので」
「うぐ……」
言い返せない僕に満足したのか、カルラは手紙を僕に渡すと、足取りも軽く部屋を出ていった。
「で、条件って何だったんだ?」
彼女はすっかり忘れているようだ。
ただ、エミリアが僕をどれだけ気にかけてくれていたのかを知る事はできた。
その点では、彼女に感謝すべきだろう。
残された僕は、カルラの言葉を何度も頭の中で反芻する。
そのどれをとってみても、エミリアが僕との結婚についてしっかり理解し、行動してくれていたということがわかった。
これまで一人で先走っては空回りし、彼女の事を傷つけたり怒らせてしまったりと、僕はいったい何をしてきたんだろうと、深く反省するばかりだ。
エミリアは僕の事をちゃんと見て、理解してくれているのに、僕はと言えば彼女に誤解されていたらとか、僕との結婚を後悔しているのではとか考えるばかりで……本当に情けない。
自己嫌悪に陥りながらも、僕は彼女が自分のためにと、時間を割き書いてくれた手紙を読もうと開封する。
可愛らしい小鳥の絵が挿絵として入る便箋には、流れるような美しい文字でこう書かれていた。
『ユリウス様へ
荒れる疲労で倒れられたとカルラから聞きました。
昨日はお疲れのご様子にもかかわらず、私の我儘で夜、付き合わせてしまいごめんなさい。
けれど私は、肌を重ねる時にあなたが「エミリア」と呼び捨てして下さるのが嬉しくて。
今後はきちんと自制したいと思います。
それから、こんな時に言うのもどうかと思いますが犬の件です。
私は犬が好きです。だからいつでも飼う事には賛成です。
レンタルした犬は、どんなに可愛くても自分の家族にはなりませんものね。
はやく良くなって下さい。一人で寝るのは淋しいです。
あなたの妻、エミリア・シュナイダーより』
「うーん、これは……」
手紙を読んだ僕は、唸りながら頭を抱える。
前半部分はもう、可愛すぎて死にそうだし、自制云々の部分は正直二重線を引いたのち、彼女に送り返したい。そして後半部分は意味不明。
極めつきは最後の「一人で寝るのは淋しいです」からの「あなたの妻」という言葉に僕は嬉しくて顔がにやけてしまう。
額縁に入れて飾っておきたいくらいだが、誰かの目に触れるなんて言語道断。
よってこれは僕が死ぬ時に、一緒に墓に入れてもらう事にする。
「遺言書を書き換える手続きをしなければ……しかし、レンタルした犬とはいったい……」
きっと、比喩表現なのだろう。
しかし、難易度が高すぎてさっぱりわからない。
「しかもこの、荒れる疲労とは、なんだ?」
誤字かも知れないと思うも、彼女に限ってそんな事はないはずだ。
独身時代にやりとりしていた彼女からの手紙には、誤字脱字は一切なかったのだから。
「荒れる疲労……疲労とは、心身への過剰なストレスによって生じる、活動能力低下のこと。それが整った状態ではなくなる……つまりものすごく疲労しているという意味で、彼女が作った言葉。なるほど、そういうことか」
どうやら荒れる疲労の謎は解けた。
問題は……。
「いつでも犬を飼うことには賛成、か」
これは由々しき事態だと言える。けれどこうなってしまえば、避けるわけにはいかない。
「きちんと言わなければならないか。そしてぼくも変わらないといけない」
僕は密かに覚悟を決める。
もしそれで彼女が離縁を望んだら説得し、僕の気持ちを包み隠さず伝える。
そしてそれでも駄目なら……。
「もはや監禁するしかないか……って、今僕は何を!?」
危うくアブノーマルな世界に足を踏み入れるところだったようだ。
「はぁ……」
ため息をつきつつ、僕は手紙に視線を落とす。
何度も、何度も、繰り返し目を通し、喜びと困惑と、絶望を同時に味わい丁寧に封筒に戻す。
「……エミリア」
どうしたって、彼女を愛している。
だけど僕は犬アレルギーだ。
いったいどうしたら、嫌われずに犬アレルギーの件を告白出来るのか。
僕は持てる限りの方法を考え続けた。
「もはやこれでいくしかないのか」
なんとなく閃いた案は、とてもうまく行くような気がした。
「とりあえず本題を話す前に試してみて、彼女の反応をうかがって見るか」
ひとます策を思いつた僕は、手紙を抱え一人さみしくベッドに横になるのであった。