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012 彼女の侍女に睨まれる1(ユリウスSIDE)

 ゲラルド卿の元を去ったあと、自らの馬車に乗車した途端、全身が痒くなった。


「まずいな」


 自覚するも、こうなってしまえばどうしようもない。


「坊ちゃま、かなり顔が腫れてきております」


 こちらを心配そうな表情で見つめるヨハン。

 その表情から察するに、ボクシングで相手に散々殴られたあとのような顔になっているに違いない。


「だとすると、彼女に会うわけにはいかないな」


 せっかく前向きになった途端これだ。

 僕は馬車の背に寄りかかると、天井を見上げた。


 最近何もかも上手くいかない気がする。


「しかし坊ちゃま。これは犬アレルギーの件を、エミリア様にカミングアウトする良い機会なのでは?」


「それを言えば、きっと彼女は二度と犬を飼いたいと口に出来なくなる。そんな残酷なことはできない」


 とんでもないと、僕は左右に首をふる。

 それに彼女は、すでに僕の犬アレルギーに気付いている可能性が高い。


 だから犬好きな間男を作ろうと、僕に内緒で色々と怪しい行動をとっている。


 ただ僕だって、そうやすやすと彼女を他の男に渡すつもりはない。


 そう思っているからこそ、こうやってドッグショーなんて場所にも足を運んでいるわけで。


 まぁ、成果はアレルギーになっただけとも言えるが……。


 落ち込む気持ちの僕に、ヨハンがさらに辛い現実を思い出させる言葉を投げかける。


「けれど、いずれ飼いたいとおっしゃるのでは?」


「それは……」


 彼女が僕との子を優先したいと言ってくれているお陰で、先延ばしに出来てはいるが、実のところ『犬』についてはかなり大きな問題だ。


「いつかは言う。けれど今は無理だ」


 物事には順序というものがある。

 出来たら、僕無しで生きていけないようになってから、犬の件を告白したい。


 そうすればきっと彼女も僕の犬アレルギーを仕方ないと許してくれるだろうから。


 でもそのせいで犬好きな男に彼女を奪われそうになっているという現実。


 一体どうしたらいいのかわからない。


 こんなに悩む問題に遭遇したのは、人生で初かも知れない。


「こんなに腫れた顔では彼女を驚かせてしまうだろうから、今日は寝室は共にしないでおく」


「かしこまりました。では屋敷についたらそのように手配させて頂きます」


 ヨハンはため息を一つ吐くと、僕と同じ様に馬車に寄りかかったのであった。




 ◇ ◇ ◇




 犬アレルギーによる全身の痒み、そして顔の腫れ、それから鼻水にくしゃみ。


 それらは湯浴みをする事で、だいぶ改善された。


 とは言え、目は充血しているし、顔だって浮腫んでいる。


 到底紳士的とは言えない状態のため、エミリアに会いたいと願う気持ちは何とか封印した。


「同じ屋根の下にいるのに、会えないとは……」


 そう呟いた時、自室のドアがノックされた。

 怒りを込めたような乱暴な音は、間違いないエミリアの侍女カルラだろう。


 珍しい事もあるもんだと、首を傾げながら返事をする。


「入ってくれ」


「失礼します」


 ドアを開けたまま一礼し、ソファーに腰を下ろす僕の元にやってくる。


 一応彼女はエミリアの侍女とは言え、独身の子爵令嬢でもあるので、僕も二人きりにならないよう気を使っている。


 だからいつもはヨハン経由で何か文句を言われる事が多いのだが。


「どうしたのかな?」


 カルラは何かを言いたそうな表情で、ソファーに腰を下ろす僕を睨みつけていた。


 エミリアを僕に奪われたと思っているらしい彼女は、いつもこうなので今さら気にならない。


「なんで、今日ドッグショーにいらしたのですか?」


「あー、それは……市場調査だ」


 僕は口からでまかせを言う。


「嘘ですね」


「何故そう思う?」


 カルラは眉を潜めた。


「そもそも犬アレルギーなのに、ドッグショーなんかに来るわけがありません。それに、市場調査だとしたら、入口で入場出来ないと立ち往生するエミリア様に対し、あなたなら堂々とチケットを手渡され、いい夫アピールをなさると思うからです」


 どうやら全部知られているらしい。


 僕は目を泳がせながら、どうしたものかと思案した。


 すると彼女は深くため息を吐くと、僕に白い封筒を一枚差し出す。


「それは?」


「先ほど、エミリア様が書き上げたシュナイダー卿へのお手紙です」


「それはありがとう」


 まさか手紙を書いてくれるだなんてと、感激しつつ封筒を受け取ろうとした。


 しかし僕の手が封筒に届く前に、ヒョイとカルラは手を引く。


 その結果残ったのは、宙を彷徨う行き場のない僕の手。


「このお手紙をお渡しするには、一つ、条件があります」


「条件?」


 そもそもなぜ僕あての手紙を受け取るのに条件が必要なのか。


 全く理解不能だ。しかし僕を嫌うカルラに何を言っても無駄。


 僕への嫌悪が先立ち、物事の道理が通る相手ではないのだから。


「エミリア様は、シュナイダー卿が浮気をされていると疑っていらっしゃる様子です。本当は「絶対そうですよ」と、全力でけしかけたい所ではありますが」


「やめてくれ、絶対に」


 冗談じゃないと、思わず口を挟む。


「エミリア様がシュナイダー卿には、ご自分より、もっと素敵な女性がお似合いだと、そうおっしゃっておりました。それはもう、切なそうな表情で」


「そ、そんな馬鹿な!」


 思わず声を張ってしまう僕を、冷たい目で見下ろすカルラ。


 彼女が苦手な事もあり、わりとこわい。


「もう格好つけるのはやめて下さい。初恋を拗らせ、やたらプライドが高くて、情け無い男だったとしても、エミリア様はちゃんとあなたを受け入れてくれると思います」


 随分な言われようだ。


 けれど反論出来ない自分もいる。


 確かに僕は紳士であれと言い聞かせ、彼女の前で取り繕っている。


 本当の僕はカルラの言う通り、自分に自信がないくせに、変なプライドを持った情けない男だ。


 そしてその事は今日ゲラルド卿にも指摘されたばかり。


「なんで君は、彼女の事にそこまで必死になるんだ?」


 素朴な疑問を口にした所、ゲラルド卿も恐れるであろうほど、目を釣り上げだカルラに睨まれた。


 だから怖いって。


「男爵家の三女である目立たない私を、表舞台に立たせてくれた恩人だからです」


「なるほど」


 漠然としすぎてさっぱり意味はわからなかったが、とりあえず相槌を打っておいたのであった。

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