表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/60

7. イワンは妹を守りたい*




 目が合った瞬間、心が震えた。




 令嬢には珍しい、短めの茶髪。

 鋭くも静かな灰色の瞳。

 鼻の辺りに散ったそばかす。



 優美にして堂々たる振る舞い。知性と理性を感じる声音。





 彼女の方は、自分を認識もしていないであろう、一瞬。しかし、それで十分だった。



 手に入れなければ。誰にも取られないよう囲い込んで、羽虫を蹴散らし、狂おしいほどの愛を注ぎ、私だけの花だと見せつけねば。


 私の「唯一」、私の無二……。



◆     ◆     ◆     ◆



 ユランがヘレンに求婚した翌日、昼休み。


「ユラン・ジス・ガラァァァァク!!」


 ーーーヘレンの兄・イワンの怒声が、王城宰相室に響き渡った。



 名指しされた男……宰相ユラン・ジス・ガラクは、一瞬だけ目を見開くも、すぐに爽やかな笑みを浮かべた。

「ご機嫌よう、クォルナ外務官。長期の国外出張、大義であった。……で、どうした」

「『どうした』じゃない!!」

 さりげなく宰相専用の執務室に誘導されたイワンは、ユランが席に着くなり机を殴った。


「お前、俺の可愛いヘレンに、粉かけやがったな!?」


 ユランの侍従兼護衛が咄嗟に剣を抜きかけたが、ユランはそれを片手で制した。お構いなしで怒鳴るイワン。

「っざけんなよ! 俺はお前みたいな性格の悪い義弟、御免だからな!!」

「なるほど、もし彼女が受けてくれれば、君とは義兄弟か。それはいい」

「ちっとも良くないッ!!」

 ころころと笑うユランに、再び机を殴るイワン。

 驚くほど慣れきった二人の様子に侍従が困惑していると、それに気がついたユランが、手でイワンを示した。


「ああ、伝えていなかったな。友人だ」

「ただの!同級生!!」


 いつも通りしれっと言い放つユランと、不本意極まりないという口調で応じたイワン。

 そう、実はこの二人、学園時代の同級生である。加えて、切磋琢磨した良き友人同士……イワンは絶対に認めないだろうが。

「そもそも、筆頭侯爵家長男が朝っぱらから突然乗り込んでくるとは、何事だ」

 ようやく少し落ち着いてきたイワンが苦言を呈する。

「いくら格下相手とはいえ、非常識だろう」

「仕方がないだろう、『唯一』だぞ!? 居ても立っても居られなかったんだ……!」

 そう言うと、ユランは紫の両目と額の第三の目を、ほの暗く輝かせた。



 ガラク侯爵家。

 アロイジア王家、シュゼイン公爵家と並ぶ、建国御三家のひとつ。

 その家に生まれた者は、一人残らず魔女の祝福と呪いを授かる。


 祝福は、優れた頭脳と魔女の知識、そして呪術の才能。

 呪いは複数あるが、代表的なものは「愛執の呪い」だ。

 ガラクの人間は、呪いが示すたった一人の相手しか愛せない。そして、ひとたびその相手を見つけると、異常なまでに執着する。


 彼ら彼女らが狂おしいほど求め、愛する、文字通り唯一の異性。それが、「唯一」だ。



 ほう、とため息を吐く。

「愛とは、『唯一』とは、こんなにも素晴らしいものだったのか……。知らなかった一昨日までの自分を殴ってやりたい、ヘレン・サシャ・クォルナ伯爵令嬢、愛しい人、私の全て………」

「俺も殴りたいよ。今、目の前にいるお前を、五発ほど」


 うっとりと語る一方で、今にも舌打ちしそうな顔をするイワン。

(恋をしている自分に酔ってるだけじゃないか、コイツ?)

 まあだからこその呪いか、とため息を吐く。

「というかお前、一昨日の夜会来てたのか? 社交嫌いのくせに」

「ああ。陛下がお忍びで出席したいと仰ったから、付き添いでな。まさに運命の導きだ」

「ふーん……。……………。………………?」

 何気なく交わされた会話に、どこか引っかかったイワン。

 少し考え……ガッ、とユランの襟を掴む。


「……お前、国王陛下置き去りにして、ヘレンのエスコートしたの!?」

「だからなんだ。護衛はいたぞ」

「バカ!バカバカ!! そういう問題じゃあない!!」


 判明した驚愕の事実に、襟を掴んだままがくがくと揺さぶる。さすがに侍従二人による仲裁が入った。

 引き離され、頭を抱えてその場に蹲る。

「……なんでお前、クビになってないんだよ……!?」

「それは、私が国にとっても陛下にとっても必要な人材だからだな」

「もうやだ、この傲慢自信過剰男」

 肩にかかった髪を気障ったらしく後ろに払い、不遜に口の端を吊り上げる。「コイツが可愛い妹の夫になるかもしれないのか……」と思うと、本気で泣きそうになるイワンである。



「で?用はそれだけか?」

 落ち込む友人とは対照的に、平然とした様子で、襟を直すユラン。

「まさか苦情を言うためだけに、わざわざ休日に職場へ乗り込んでくるほど、暇ではあるまい?」

 その言葉に、イワンがゆらりと顔を上げた。地を這うような声を出す。

「……本命はこっちだ。お前に渡すのが一番早いだろ」

「ん?……なるほど、爵位継承の手続きか」

 差し出された書類に目を通しながら、ユランが呟いた。

「相変わらず仕事が早いな」

「当然だ。帰国して最初の俺の執務、なんだったと思う?奴の愚行に対する謝罪行脚だ」

「……うん、必要書類は揃っているな。手続きしよう」

 そう言うと、ユランはさらさらと慣れた様子で書類を処理し始めた。壁に寄りかかり、それを見守る。


 しばらく、ユランのペン先が紙の上を滑る音だけが響いていたが、やがてポツリとつぶやく。


「……本当に妹が大事なのだな」

「ん?」

「昔から散々聞いてはいたが、まさか翌日に怒鳴り込んでくるほどだとは思わなかった」

 ユランにも、妹はいる。仲もそれなりに良い方だと思っている。だが、ここまでではない。

「当たり前だ。ヘレンは俺の、たった一人の血の繋がった家族だ」

「……そうか」

 その言葉に、ユランは一瞬顔を上げたが、またすぐに素知らぬ顔で手続きに戻った。


 自分たち兄妹を駒としてしか見ない祖父も。心労で吐こうが過労で倒れようが勉強させる祖母も。そんな状況にも無関心な両親も。

 イワンは家族とは認めない。絶対に。


「あの家で、俺を愛してくれたのは、ヘレンだけだったんだ。ルネと会うまで、ずっと」

「……」

「長期の国外出張が終わって、国内勤務になって……今度は、俺があの子を守る番だと。できる限り望みを叶えてあげよう、めいっぱい幸せにしてあげようと……そう思っていたのに、お前ときたら!俺の可愛いヘレンを、横から掻っ攫おうと!!」

「爵位継承処理終わったぞ、クォルナ伯爵」



 ーーーそんなわけで、イワンが自他共に認めるシスコンに育ってしまったのは、まあ仕方のないことではある。



 再び騒ぎ出すイワンに、宰相印の入った書類を押し付けるユラン。


お読みいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] まさかの友人同士、うん、愛着の呪いなら致し方無しきゅ。 小人達は黒子衣装を着て天井裏から見守ります。 影さん達からお菓子をもらってモグモグしつつ、黒子として見届けまする(*≧ω≦)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ