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6. 兄、帰還


 お見送り後、玄関ホールで呆然としていると、扉が勢いよく開かれた。


「ヘレン!」


 私より一段明るい、バニラ色の髪と瞳。顔だけは割と良い父によく似た面差し。


「兄さん……」


 兄さんを見た瞬間、腰が抜けた。へなへなとその場に座り込む。

「ヘレンちゃん!」

 兄さんの後ろから、兄さんの妻であるルネ義姉さんが飛び出してきて、私の横にしゃがみ込んだ。

「大丈夫!?」

「すぐに部屋へ!」

「平気……ちょっと気が抜けただけ……」

 よく見ると、二人の目の下にはクマがある。昨夜は寝ずに駆けつけて来てくれたらしい。申し訳ないけど、助かった。父のやらかしだけならまだしも、宰相閣下の件は完全に私の手に余る。


「そうかい?……手紙、読んだよ。大変だったね、そばにいてやれなくてすまなかった」

 ぎゅ、と優しく抱きしめられる。

「大丈夫だよ。僕も帰ってきたし、このままずっと家にいてくれたっていいからね」

「いや、仕事見つけたら出て行」

「そうよ!ヘレンちゃんは私たちの大事な妹なんだから!!」

 聞いて?兄さんも義姉さんも。


 でも、二人で一緒になって、よしよしと背中をなでてくれて。子どもみたいでみっともないけど、なんだかものすごくホッとした。私も、ぎゅーと兄さんたちを抱きしめ返す。



 しかし、その雰囲気をぶち壊すのが父である。

「だ、だめだ!ヘレンはガラク侯爵家に嫁がせるんだ!!」

「はっ?」

 一気に現実に引き戻された私は、兄さんの腕にすっぽり収まったまま、ため息を吐く。

 困惑気味に視線を向けられたので、「後で話すわ」と小声で答えた。ひとまず納得したらしい兄さんは、そのまま顔を上げて、父を睨んだ。

「ルネ、アドルフ」

 その瞬間、義姉さんがドレスの下に隠していた剣を、兄さんの侍従のアドルフさんが腰のレイピアを抜き、父に突きつけた。


「きゃあああ!」

「イ、イワン!? なんのつもりだ!?」


 父の両隣にいた侍女が派手な悲鳴を上げ、父が目を白黒させる。

「なんのつもり、ね。それはこっちのセリフなんですけど」

 ため息を吐くと、私を抱きしめたまま立ち上がる。

「カイラム伯爵家のパーティーで、醜態を晒したんでしょう? 昨夜のうちに、カイラム伯爵から抗議とご心配の手紙をいただきましたよ、何やってるんですか」

 父に言っても無駄と判断したらしい。英断である。兄さんは書類の束を父に突きつけた。

「あと、浪費。宝飾品、衣装、一流料理店での食事……身の丈に合わない贅沢ばかりして。ヘレンにはデビュタントのドレスすら買い与えなかったくせに、よくもまあ、ここまで自分を甘やかしたものです。身代食い潰す気ですか?」

「ちょ、ちょっとくらい良いじゃないか……」


 父が拗ねたようにそう呟いた瞬間、兄さんの目が据わった。


「……もういいです。父上、さっさと私に当主の座を譲って、領地に向かってください」

「そっ、そんな……」

「弁償しろと言わないだけ、マシだと思え」

 突きつけられた剣と兄さんの殺気に言葉を失う。


 そんな父とは対照的に、ようやく硬直が解けた侍女が声を張り上げた。

「坊ちゃん!いくらなんでもそれは……!」

「何を他人事のような顔をしてるんだ、お前たちは?」

 父を庇おうとした侍女は、その言葉にピシリと固まる。

「お祖父様がお前たちに与えた役割は、父上の目付けだろう。一緒になって遊び回ってどうする」

 その言葉に、みるみるうちに青ざめる二人。兄さんが凄んだ。

「これ以上父に与するなら、我が家の財を不当に使い込んだということで、賠償を……」

「滅相もございません!!」

「イワン様に従います!!」

 即座に兄さんに頭を下げる二人。ですよね。


(馬鹿馬鹿しい……)

 冷えた視線を送っていると、焦った二人は兄さんにパッと取り付いた。

「イ、イワン様、上着とお荷物をお預かりします」

「お紅茶をお淹れしましょう、お茶菓子もすぐに……」

 兄さんはそれを、鬱陶しそうに追い払う。

「要らない。父上の監視を怠った件については、お祖父様に取りなしておいてやる。分かったら下がれ。いいな」

「「はいっ!!」」

 一礼して、すごい勢いでその場を辞する二人。兄さんの顔を見上げる。

「……いいの?」

「ルネの実家経由で新しく侍女を雇うよ。それまでの繋ぎ」

 なるほどね。




 チラリと茫然自失になっている父を見る。

「ひとまず、父上はどこかに放り込んでおこうか。これ以上余計なことされても困るし」

「そうね」

「お嬢?」

 屋敷の奥へ逃げていった二人と入れ違うように、料理人のジェフが前掛けで手を拭きながらやってきた。

「騒がしいですけど、なんかあり……坊ちゃん!ルネ様!」

 兄さん夫婦を認めると、ぱっと表情を明るくする。

「お戻りでしたか!」

「ただいま、ジェフ」

 ちょうどいいところに来てくれた。私は兄さんの腕の中から出ると、未だ剣を突きつけられたままの父を指差した。

「ちょっとお父様、部屋に放り込んでおいて」

「はいよっ!」

「!?」

 軽やかに返事をすると、丸太のような太い腕で、イモの袋みたいに軽々父を担ぎ上げるジェフ。それを見た二人が、剣を収めた。

「監視は任せたよ、アドルフ」

「は」

 ジェフの後ろを、アドルフさんがついていく。義姉さんも兄さんの隣に戻ってきた。抱えられた父が手足をバタつかせる。

「貴様っ、主人に向かって何をする!?」

「あーハイハイ。俺の主人はお嬢なんで、大丈夫でーす」

「は!?」

 何年か前に「食事は外で摂るからお前は用無しだ」とか言ってクビにしたこと、すっかり忘れてるなあ……。ちなみに、セリナも私個人が雇っている侍女です。

 耳元で騒がれてうるさかったのか、担ぐのをやめて、ずりずりと引きずっていくジェフ。途中で階段あるけど、そのままなのかしら。あ、そのままだった。



 悲鳴を上げる父の姿を隠すように立った兄さんが、私の頭をなでた。

「あとはゆっくりじっくり『説得』して、当主の座を『譲って』もらうよ」

「よろしくね」

「というわけで、改めて」

 兄さんは私に向き直り、苦く微笑んだ。

「ヘレン、ただいま。それと……お疲れ様……」

「おかえりなさい……」

 とりあえず、謝罪行脚の同行からお願いします……。


お読みいただき、ありがとうございました。

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