番外編2. ミーネ様の婚約事情
遅刻!!すみません!
長めです。前半ミーネ様視点。
私の家族は仲が良かった。
祖父は、豪快で型破りな人だった。
幼い私を連れて、路地裏を探検したり、魔の森の浅層を馬で爆走したり、大衆酒場や裏カジノに潜り込んだり。
今考えると、「あれは問題行為だったのでは?」というものも多々あるが、貴重で楽しい思い出だ。
私の生まれる前に亡くなった祖母とは、仲のいい夫婦だったそう。「クレイドルは、怒った顔が一等レイラに似ているんだ」といつも父を揶揄っては、楽しそうに叱られていた。
母は優しい人だった。
病弱で、城の庭より外には滅多に出られなかったせいか、創作や芸術の世界を愛していた。共に出かけた記憶は数えるほどだが、その分たくさん一緒にいてくれて、思い出には事欠かない。
父のことが大好きで、父を題材にした小説や絵を創ったり集めたりしては、嬉しそうにしていた。……父は、「隣に本物がいるのに?」と首を傾げていたが。それは私もそう思う。
しかし拗ねたようにぼやく父も、幸せそうに笑う母も、それを見てニヤニヤしている祖父も。
私は、大好きだった。大好きな家族だった。
……何かと賑やかな二人が、亡くなって。
城は、火が消えたように静かになった。
悲しみは、時間と共に癒えていく。私と同じ、物静かな性格の父や、忠実な配下たちと穏やかに過ごす時間も、嫌いではない。
けれども、時々、無性にあの騒々しさが恋しい。
四人で何度もお茶をした居間で、ひとり、テーブルをなでる父の後ろ姿が、忘れられない。
もう一度、あの頃の城を蘇らせたい。
死人は帰らずとも、また騒がしい誰かを迎えて、城を賑やかに。
父が母を迎え、母が私を産んだように、私も素敵な婿を迎えて、愛しい我が子を産むのだ。それが家のためにもなる。
騒がしくて楽しいあの日々を、もう一度。
…………そう、願っていたのに。
「蹴り上げた時の、尻とふくらはぎの曲線に惚れました!シュゼイン公爵令嬢、今夜俺と一発どうですか!?」
大型のカオスブルの死体を引きずり、血みどろの男が、私の目の前で跪いて宣う。
……これは、なんの冗談だ。
悪夢なら、今すぐ覚めてほしい。
◆ ◆ ◆ ◆
「…ええと」
急な訪問の申し出を受けてくださったアン様は、頰に手を当てて小首を傾げた。
「つまり、こういうことね?
今日の王妃教育が終わったヘレンとミーネが後宮の廊下を歩いていたら、そこにうちの護衛のアナナスが乱入。魔物……ええと、カオスブル?の死体を引きずって現れて、ミーネに話しかけた」
テラスの入り口近くで立ったまま、重々しく頷く。それを確認したアン様は、紅茶を一口飲んで続けた。
「内容から察して求婚だけど、言葉選びがあまりに卑猥で無礼。それで、主人である私のところに抗議にいらした、と。そういう流れで合っている?」
そこまで言うと、不思議そうな顔で私の肩越しに後ろを覗き込んだ。
「なんだかその割には、ミーネが落ち込んでいるように見えるのだけど」
「実は……」
頭を下げたまま微動だにしないミーネ様の代わりに、私が口を開いた。
「その直後、ミーネ様の右中段突き、左アッパーからの、トドメの回し蹴りが決まりまして………」
「あらま」
「………大変、申し訳ありませんでした……」
そりゃあ……もう、綺麗に入りました。止める隙もないくらい。
自分より身体の大きい男でも、的確に攻撃すれば倒せるんですね……大変勉強になりました……。
すると、アン様は眉を顰めた。
「ミーネがその反応って、相当ね……。本当にごめんなさい」
「……いえ……」
ため息を吐いて謝罪したアン様は、後ろにいた侍女のコリンナさんに声をかけた。
「大体、なんであの子、王城にいるの。今日は、王都を守る城壁の見学に行っていたはずよね?」
「それが……城壁を襲撃してきた魔物を、奴が単身討伐したそうで……」
ものすごく気まずそうに報告するコリンナさん。
「その運搬と権利関係の処理のために、戻ってきていたようです……」
「兵士たちの領分を侵しているじゃないの、あの子ったら」
ああ……だから、アナナス様、カオスブルを引きずっての登場だったのか……。
「求婚にちょうどいい手土産ができた」とか思ったんだろうなあ……。
そちらにも謝罪をしないと、とちょっと遠い目をしたアン様は、ふとこちらを振り返り、すっと立ち上がる。
そして、とても美しい所作で頭を下げた。
「私の指導不足です。我が部下がシュゼイン公爵令嬢とクォルナ伯爵令嬢に不愉快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「こちらこそ、とんだ無作法を……」
「私も止めきれず……」
再度頭を下げると、アン様はからりとした様子で応えた。
「共和国には戦闘馬鹿が多いから、鉄拳制裁がちょうどいいわよ。貴方がやらなければ、私がやっていたわ」
そう言うと、にっこり笑顔でごきりと指を鳴らす。うんうんと頷くコリンナさん。ちらりと見える牙と鋭い爪。
「でもそうね……できれば、うちの子の無礼と相殺にしてくれるとありがたいのだけれど……」
「…もちろんです。寛大なお言葉に、感謝を」
「助かるわ……」
お二人が元の体勢に戻った。固辞していたミーネ様と私にアン様が改めて席を勧め、三人でお茶会開始です。
侍女が紅茶を注ぐなか、アン様は頬に片手を当て、そっとアナナス様のフォローをした。
「………一応。一応、弁明しておくと、共和国では、情熱的で古式ゆかしい口説き文句なのよ」
「…そうなのか?」
「そうですね」
共和国は狩猟や戦闘に重きを置く文化だ。
筋肉の付き方などの身体的特徴や、蹴撃・殴打などの戦闘スタイルを褒めるのは、定石中の定石。
自分が仕留めた獲物を贈るのは、いわゆる経済力アピール。どちらも少し古いけど、正式な獣の民の求婚マナーだ。
鉱国貴族の文化とは、相性最悪だがな!! そこよ、問題は。
紅茶を一口飲んで、アン様がふと首を傾げた。
「ああ、忘れてた。それでうちの問題児は、今どこに?」
「えっと……ミーネ様がボコった直後、どこからか駆けつけてきた将軍閣下の飛び蹴りが炸裂しまして……」
そのままどこかに引きずられて行ったので、多分今は、シュゼイン公爵と一緒です。愛娘・ミーネ様を溺愛する将軍閣下、背中だけでも不機嫌なのが分かって、めちゃくちゃ怖かった。
すると、アン様は感動と尊敬を滲ませた声を出した。
「まあ!『二の牙・五の鼻』に手傷を負わせた上、奇襲に成功するなんて! さすが、鉱国の守護神とその後継者だわ!」
「そのまま、あちらの気が済むまで締めていただいては?」
「そうね」
それでいいんですか。確かあの方、アン様とコリンナさんの従兄弟では?
アナナス様の諸々を処理してくるというアン様・ミーネ様と別れる。廊下に出て、振り返った瞬間、目の前に音もなく人影が降ってきた。
ビャッと後ろに跳ねると、人影……暗部の影は、跪いたまま口を開いた。
「……失礼します。……クォルナ伯爵令嬢、折り入ってお願いが……」
「?」
「失礼しま……うわっ」
暗部の方に連れられて軍部の一室に案内されると。
どす黒い殺気を放ちながら、軍神のように部屋の中央に立つ将軍。
顔を腫らして床に座る、アナナス様。
緊張した面持ちに直立不動で壁際に並ぶ、武官の方々。
念のため呼び出していたエリオが、ヒンヒン鳴きながら震えて肩にしがみついてます。魔物のエリオすらこの反応って、どれだけヤバいの、将軍閣下。
某神話の地獄のような空気の中、将軍はこちらを振り向きもせず口を開いた。
「…アトキンスか?アンスールか?」
「アトキンス副将です」
「姫様に近い第三者の視点があった方が良いのではないかと……」
葬儀みたいに静まり返った部屋に、重低音の舌打ちが響き渡った。
怖い!ものすごく怖い!!
「……要らん手間を増やしおって……。宰相に申し開きをするのはお前たちだからな、アトキンス、スコット」
「はっ」
「えぇっ!?」
「文句があるのか」
「無いっす!!」
私を案内した暗部の方が即座に首を振った。ため息を吐いた将軍から、ふっと威圧感が消える。
「…怖がらせて悪かった。…宰相はともかく、娘の友人を邪険にするつもりはない。…犬も悪かった」
『きゅぅん』
「い、いえ……。ええっと……何をされていたか、伺っても……?」
ほっと息をついて問いかけると、再び極寒の眼差しをアナナス様に向ける将軍閣下。
「娘についた虫を、どう処分するか悩んでいる」
「えぇぇ……」
すると、床に座り込んだままガバッとひれ伏すアナナス様。
「お義父さん!娘さんをくださゴフッ」
「誰が義父などと呼んで良いと言った、弁えろ小僧」
将軍閣下の容赦ない蹴り! そして「小僧」呼び!!
さっきも思ったけど、これって外交的にセーフなの!?
私の疑問を察したのか、将軍は振り返らずに答えた。
「…問題ない。…殿下の許可はいただいている」
「左様で……あれ?」
既に相談をしているような口調だ。そっと近づき、囁く。
「もしかして、以前から……?」
「…正確には三ヶ月前」
まだ王妃教育が本格的に始まる前。
たまたま登城して軍部の訓練に混ざっていたミーネ様に、通りがかったアナナス様が一目惚れ。
その場で熱烈アタックしようとしたところを、一緒にいたアン様たちに止められ、内々に相談していた……とのこと。
「…その際、『求婚云々はシュゼイン公爵領軍強化合宿に一ヶ月参加してから』と言ったはずなのだが、な」
「あ!おと……公爵! それなんですけど!!」
蹴られた顎を押さえて悶絶していたアナナス様が、ばっと顔を上げた。頑丈だな。
「参加しようと思って、宰相室に外出許可を申請しに行ったら、検討もされずにダメって言われたんですけど! なんでですか!?」
「一ヶ月に渡る私的な外出の許可など、おいそれと出せるものか。貴様は他国の貴賓、まして殿下の護衛なのだぞ」
こちらが把握していないところで大怪我されたり、問題を起こされたりしたら困るからね……。
シュゼイン公爵が王城内でボコボコにする分には、誰も止めないみたいだけど。いいの?
「えっ、じゃあ求婚させる気ないじゃないですか!! 詐欺だっ!?」
「状況が落ち着くまで、軽率な行動は避けろという意味だ」
うん、ごもっとも。我が国、まだ新王即位したばかりだし。
しかし、諦めずに追い縋るアナナス様。
「なんとか王都の中でできませんか!?」
「野営や現地での食糧調達なども含まれている」
「じゃあやっぱり一ヶ月間王都から出る許可!!」
「最短で二年後」
「なんで!?」
「なんでもクソもあるか」
面倒になってきたのか、だんだん返答がぞんざいになってくる将軍。
「早くミネルヴァ嬢と結婚したいのにぃぃぃ!!」
「誰が結婚して良いなどと言った、殺すぞ」
……ん?
「あの」
「言うな」
「いやだって」
「二の牙・五の鼻」ということは、この方はアカガネ氏族で二番目に強い兵で、五番目に偉い司令官だということ。つまり、集団戦における指揮経験もあるし、個人単位でも強い。ミーネ様が直々に指揮を執れない時や、急な襲撃の際も足手纏いにならない。
興奮状態でも流暢に鉱国語を話しているあたり、頭の出来も悪くない。
どう見てもミーネ様にベタ惚れなので、多分乗っ取りの恐れもない。家格の概念は共和国にないけど、アン様の従兄弟ということを踏まえると、問題はなさそう。
そして今、ミーネ様を得るためだけに、明らかに格上の武人である将軍閣下に立ち向かっている、と。
(この方、シュゼイン家が理想とする婿に、限りなく近いのでは……?)
強いて言えばシュゼイン家の力が強くなりすぎるけど、そこはなんとか調整するとして……。
すると、将軍閣下が南部教国語でぼやいた。
『…なまじ条件が悪くないから、より質が悪い……』
あ、なるほど……。
言葉が分からないらしいアナナス様が、ぽけっとした顔をする。便利だから、ちょっとこのままにさせてもらおう。
『ということは、将軍閣下としてはアナナス様はアリなんですか?』
『…………もう少し思慮深ければな。…私と正面からやり合う根性のある男は、貴重だ』
オウ……。
アナナス様……自分で自分の首絞めてるぅ……。
憐れみのこもった目でアナナス様を見ていると、シュゼイン公爵が「もう来たか」と呟いた。
先ほどよりやや緊張がほぐれたらしい武官の方数名も、顔を上げる。
ぱたぱたぱた……と足音がしたと思った次の瞬間、扉が開け放たれた。
「ヘレン!!無事ですか!?」
「ユラン様!?」
鬼気迫る顔で入室してきたユラン様はすぐに私を見つけると、ぱっと私に飛びつく。受け止めつつ聞いてみる。
「どうしてここに?」
「ヘレンに呼ばれた気がしました」
「呼んでないです……」
エリオ、ずっと肩にいたし。本当になんなの、私が絡んだ時のユラン様の異様な勘の良さは。知らないうちに呪術でもかけてるの?
ユラン様は私を腕の中に抱え込むように抱きしめると、ギッ!と将軍を睨んだ。
「将軍!いくらヘレンが聡明で優しくて可愛いからと言って!!私の婚約者なんですからね!独占するなど、許せません!!」
「…出番だぞ、アトキンス、スコット」
「………はい……」
「え、この状態から申し開きするんですか……? どうやって……?」
普通に無理では……?
愛執の狂気に染まった目でシュゼイン公爵を睨む。
「いくら将軍が公爵で、私に負けず劣らずの美男子でも、ヘレンは譲りませんから」
「………イシュがいるのに、娘の友人に手を出すはずがなかろうが……。これだからガラクは………」
……ん?
私は、ちょいちょいとユラン様の服の裾を引っ張った。
「ユラン様、ユラン様」
「はい、私の可愛いヘレン。どうしましたか?」
とろけるような笑顔で振り返ったユラン様。私も笑顔で尋ねる。
「その発言が出てくるということは、ユラン様は私のことを、『爵位と顔を見て男を乗り換える尻軽女』だと認識しているのですか?
もしくは、譲渡可能なモノか何かだと思ってらっしゃる?」
……直後、針の落ちる音が聞こえるほどの静寂が、部屋を満たした。
ーーーその後の話をしよう。
まず私には、「宰相を『ドゲザ』させた女」という称号がついた。別にしろと言ったわけじゃないのに、失礼だと思う。
それと、この翌日から、王城のあちこちでミーネ様に求婚するアナナス様の姿が見られるようになった。後日聞いたところによると、将軍から「ミネルヴァが良いと言ったら」と条件付きで許可をもらったらしい。
とはいえ、求婚の言葉が相変わらず酷いので、ほぼほぼ吹っ飛ばされている。
この二人が上手く行くかどうかは……神のみぞ知る。
作中武人たちの強さについて
ルネ義姉さん<<アンバレナ<アナナス≦ミーネ様
<<<(経験と鍛錬量と才能の大いなる壁)<<<シュゼイン公爵
みんなのパパン・シュゼイン公爵ですが、ガラクの愛執だけは、「心底面倒臭いので関わり合いになりたくない」と思っています。
大事なことなのでもう一度。心底面倒臭いと思っています(「唯一」たちへの同情はある)。
お読みいただき、ありがとうございました。




