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54. 「唯一」

最終回です!長めです。


 本日はお日柄も良く。


 控え室で出番を待っていると、扉をノックする音がした。


「どうぞ」

 入室の許可を出すと、そこにいたのは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした兄さん。


 対する私は、上の方が紫で、腰の辺りからは光を浴びると金に輝くサンドベージュにグラデーションしていくドレス。派手過ぎないけど、手触りだけで高級品だとわかる、上品な逸品だ。正直、動くのが怖い。

 イヤリングもティアラもネックレスも指輪も、一つ残らずフロース・フィーブラ。地金はユラン様の髪色に似たゴールドで、宝石はアメシスト。


 頭のてっぺんから爪先まで着飾った私を見て、ブワッと感極まる兄さん。

「ヘレン……ッ!き、綺麗だよ、ウウッ、ぐすっ、うぐっ」

「……あのね、兄さん」

 化粧を崩さないよう気を付けつつ、私はハア、とため息を吐いた。



「泣くの、早すぎない? 結婚は最短でも二年先で、今日はただの婚約披露で、しかもまだ始まってもいないのよ?」



 そう、今日は、私とユラン様の婚約披露である。

 陛下とアン様がお祝いしたいということで、後宮の広間をお借りしてのお披露目。パーティーの采配の練習ということで、主催はアン様です。頑張れ、アン様。


 陛下とアン様以外の出席者は、身内と護衛の皆様のみ。もちろん、公式かつ大規模なものは後日ガラク家でやるし、結婚式は言わずもがな。

 泣くのはちょっと、早すぎると思う。


 しかし、兄さんはつっかえながらも反論する。

「だっ、だっで……今日で、ベレンがッ、出でっぢゃうごどが、ぎばっぢゃうなんでッ……うぉぇぇぇん!!」

 号泣する兄さん。斜め後ろにいた義姉さんが、苦く笑って小さく肩をすくめた。兄さんったら、一体いつからこの状態だったのかしら……。

 思わず、遠い目をしてしまった。


「おい、私の婚約者だぞ。退け」

 そんなことを言いつつ、兄さんを押し退けて入ってきたのは、もう一人の主役、ユラン様だ。


 私を視界に入れると、途端にとろけるように笑う。


「ああヘレン、今日の貴方もとびきり可愛いです。そのドレス、とてもよく似合っています」

「あ、ありがとうございます。ユラン様も、とても素敵です」

「貴方の色が私に似合わないなど、あり得ませんからね」

 相変わらず自信に満ち溢れるユラン様は、私の瞳と同じグレイのジャケット。耳には私の髪の色と同じタイガーアイのピアス、胸元にはネクタイ飾りが光る。

 華やかな貴公子のイメージが強いユラン様だが、今日はぐっと落ち着いて、いかにも有能な国王の右腕という印象だ。



 ユラン様のエスコートで入場すると、早速陛下とアン様から祝福の言葉をいただいた。

「婚約おめでとう、ユラン、クォルナ伯爵令嬢」

「おめでとう」

「「ありがとうございます、お二方」」

 アン様の護衛として参加のミーネ様も、目が合うと、ふ、と目元だけで笑ってくれた。



 泣いている兄さんは義姉さんに任せるとして、ユラン様のご家族にご挨拶する。

「ヘレン姉様が本当のお姉様になりますの〜!セラは嬉しいですの〜!!」

「ありがとうございます、セラ様」

 セラ様を抱き止めていると、少し離れたところで、ユラン様がガラク家の嫁もしくは婿の方々に囲まれているのが見えた。


「ユラン、ヘレンちゃんは外に出てお仕事をするの。ユーグみたいに、自宅以外の場所ではずっと腰を抱くなんて真似は、しないでね?」

「ユラン、休みが合わない日が続いても、ユーフみたいに日に何度も手紙を出すなんて真似、するんじゃないよ?どうせお前もつらつら大長文書くんでしょう、書く方はいいかもしれないけど、もらう方はとんでもない量になるんだからね」

「お義兄様、プレゼントは予算を確認してから贈ってくださいね。特にドレスより高価なものは、必ず事前に相談して了承を取ってください。シグのように、ある日突然屋敷を贈るなんて、もってのほかです」

「ユラン義兄上、ヘレン様に届いた手紙は、勝手に見ないでくださいね。それが原因で、僕はセラと三日は口を利きませんでした」

「………善処します」


 ユラン様が不承不承という様子で頷く。……ガラクの皆様の前科、多すぎません!?あと、「善処」じゃなくて、確実にやめてください!!


 引き攣った笑いを浮かべていると、義母となるナタリア様が近づいてきて、ぎゅっと私の手を両手で握った。


「頑張って手綱を握ってね、ヘレンさん」

「善処します……」

 結局私も、それしか言えないのか……。




「ヘレン」

 パーティーも中盤になり、皆様の興奮も落ち着いてきた頃。

 ユラン様がソファに腰掛けて、ポンポンと自分の太もも辺りを叩いた。


「疲れたでしょう、どうぞこちらへ」

「いや別に疲れてな」

「どうぞこちらへ」

 押し強っよ。


 何度か攻防戦を繰り返したものの、結局諦めて膝の上に座る。ユラン様は壊れ物に触れるようにそっと、私を抱きしめた。幸せそうに私の髪に顔を埋める。

「金木犀と、クッキーの香り。ヘレンの匂いですね」

「……いつもの香水ですからね」

「先日贈った、手袋とハンドクリームはどうでしょうか。肌に合わなかったらすぐに言ってくださいね。貴方の可愛い手に何かあっては大変です」

 そう言いながら、手袋越しに私の指をすり、となぜた。


「ああ、やはり貴方には私の色が似合う。貴方に贈りたいドレスもアクセサリーも、まだまだたくさんあります。婚約者だから、贈っても良いですよね?」

 シャンデリアの光を反射して、アメシストの目がきらきらと輝く。期待に満ちた眼差しが気恥ずかしくて、目を逸らした。


 婚約してから気がついたが、求婚中のユラン様の愛情表現は、相当『ぬるい』ものだった。



 比喩ではなく、本当に毎日届く恋文。

 冗談抜きで部屋を埋め尽くす贈り物。

 所構わず降るキスと褒め言葉の雨。



 恋文と贈り物は保管場所の問題があるからやめてもらったけど、会うたび褒めちぎってくるのは止める様子がない。羞恥に耐えながら口を開く。

「……あの、あまりそういうのは……。本当に………恥ずかしい、ですから……」

「照れた貴方もまた可愛い」

 そう言って、私の手の甲にキスを落とす。

 ……今までは社交辞令だと思っていたから、聞き流せていたんだけど。この人、全部本気なんだよなあ!!


(悪い気は……そりゃしないけど!)

 でも、恥ずかしいったらありゃしない。


 ちなみに、言ってる本人は気にする素振りすらない。ユラン様の場合、褒めた程度じゃ照れもしないし、むしろもっと褒めろとか臆面もなく要求してくる。


 何か、少しくらいやり返せないものかな。


(……あ、そうだ)


「ユラン様、ユラン様」

「はい。何でしょーーー」



 振り向いたユラン様の頬に、キスをひとつ。



 そのままの体勢で固まるユラン様。


(……イヤこれ、すっごい恥ずかしいな!?)

 キスというか、ほとんど顔をぶつけただけなのに。

 なんだかこっちまで顔が熱くなってきた。


(まあでも、ここまですればユラン様でも恥ずかしがる、はず!)

 うん、と照れ隠ししつつ頷く。



 しかし、この時の私は分かっていなかった。

 この行動は、「仕返し」というより、餌を与える行為に等しかったということを。



 直後、ユラン様が声を震わせて言った。


「……ヘレンが……あのヘレンが、自分からキスしてくれるなんて……!」


 透き通るような白い肌に、じわじわと朱が差していく。歓喜に満ちていくお顔。



 「あ、やらかした」と思った瞬間、ユラン様は顔を上げた。



「フリュー!ミド!聞いてくれ、ヘレンがキスしてくれたんだ!!」

「ぎゃあああああ!?」


 何を大声で吐かしとんじゃ、この三つ目はァァァァ!?


 すると、アン様たちと話していたお二人がこちらを振り返る。

「……え?キスしてもらえただけで大騒ぎするような関係性なの、お前ら?」

「婚約を受けてもらえる程度には、好かれてるんだよね? クォルナ嬢大丈夫?婚約、強要されたりしてない?」

「失敬な。相思相愛だ」

「嘘吐け」

 来ないで!専属護衛様と陛下、来ないで!!


 今、私は多分、耳から首まで真っ赤に染まっている。


「おや?ヘレンどうし……ああ、照れているのですね!真っ赤になった貴方もとても可愛………はっ!!」

 うっとりと口にしたユラン様は、ぱっと上着で私の顔を覆った。

「見ないでください」

 低い声で牽制するユラン様。

「ヘレンの可愛いところを見るのは、私だけでいいんです」

「呼んだのお前だろ」

「綺麗に真っ赤に染まるなぁ」

 専属護衛様……ミルドラン様が呆れた声を出した。陛下、そんなしみじみ言わないでください……。

「つーか、主役見なくて、他何見るんだよ?」

「花でも見ていればいいんじゃないか」

「一番上等な花、今、お前の腕の中だろ」

 ユラン様が投げやりに返すと、くすくすと女性陣の楽しそうな笑い声が……ああ、恥ずかしい。ただ自滅しただけだこれ。


 あまりに居た堪れなくて、顔だけ出して周囲に問いかける。



「……あ、あの、ガラクのこの溺愛って、いつまで続くんですか……?」



 すると、皆様は誰からともなく顔を見合わせて……振り返って、こう答えた。



「一生」


「生涯」


「…死が二人を別つまで」


「……時と場合によっては、その先もずっと?」




 イヤアアアアアアア!!



〜fin?〜
















「ところでクォルナ嬢。デュボワ家とサイプレス家に関する君の噂、どこまで本当?」

「………ユラン様〜!陛下が嫌なこと聞いてきます〜!」

「えっ」

「何ですって!?」

「イヤえっっぐ!? ユラン!お前の女相当えぐいぞ、良いのか!?」



〜To be continued……〜


 これにて、「地味令嬢の驀進」本編完結です。お読みくださり、ありがとうございました。女主人公・一人称・恋愛モノと、普段やらない要素いっぱい&不安いっぱいの中続けられたのは、ここまでお付き合いくださった皆様のおかげです。本当に本当にありがとうございます!

 「面白かった」「ヘレンたちにまた会いたい!」という方は、☆を塗り塗りしていただけると、作者とヘレンたちが喜びます。

 この後、少しお休みをいただいたのち、何話か番外編をやる予定です。詳細については活動報告でお知らせしますので、そちらをご確認ください。

 それでは最後になりますが、ここまでお付き合いくださった皆様に幸多からんことを、お祈り申し上げます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 頭がよく理知的で冷静な主人公が活躍するお話、ドンピシャ好みです!素敵な小説有難うございました!
[良い点] 結構重い話ですが、恋愛に頼らず、自分の力を過信せず、傷ついてなおきちんと一人の人間として生き抜こうとしている主人公がとても良い。大好きな兄であっても恋愛に関しての態度はぶれないところも。 …
[良い点] 同じようなお話しが多い中、個性的な設定や関係性が楽しかった。 [気になる点] せっかくのざまぁなら、もう少し派手に展開して欲しかったかな。私にはちょっと消化不良気味に感じた。 ざまぁの中身…
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