51. 本当にくだらないのは、誰だったのか。*
お待たせしました、(多分)ざまあ回です。
しかし、運は私を見捨てなかった。
ある日、孫娘がガラクの「唯一」だと判明したのだ!
しかもただの「唯一」ではない。王の右腕にして、ガラク家の跡取りたる男の最愛。
もう一人の孫も、外務大臣補佐に就任し、いまや事実上の次期外務大臣。
(ようやく、私にも運が向いてきた)
やはり、私はこんな田舎の伯爵風情で終わる男ではなかったのだ。
このまま孫たちを踏み台に、成り上がってみせる。
そう、思っていたのに。
「おい!!」
王都の屋敷に移動してから一週間後、私は孫息子の執務室に怒鳴り込んだ。私と愚息によく似た顔で、眉を顰める。
「……なんですか、騒々しい。インクが溢れたでしょう」
「チャイブ子爵他数名との契約、何故勝手に破棄した?」
すると、孫息子はしれっとした様子で応じる。
「何故と言われてましても、ね。明らかにこちらに旨みのない契約でしょう。当時の情勢を加味しても、何故お祖父様が何十年にも渡って維持していたかの方が疑問なのですが?」
「っ」
それらは、庶子の呪術鑑定やらで、金を用立ててもらった見返りの契約だ。そこまでは、よくある話。
問題は、連中の金の出処。入婿が愛人から借りた金もあるし、人には言えない方法で金を貯め込んだ奴もいる。
愚息ならともかく、優秀な孫息子だ。芋蔓式でその辺りの事情がバレるかもしれん。適当に濁した。
「別件で便宜を測ってもらった礼だ」
「現当主の私に言えない『便宜』、ね」
フン、と鼻で笑う。
「そんな旨みもない、後ろ暗いところのある契約はごめんです」
「ッ貴様が何と言おうと、名義は私だ!!わしの了解なしで破棄などできんッ!!」
すると孫息子はため息を吐き、そばに居た部下に目配せした。
渡されたのは、問題の契約書。文面に微かな違和感を覚える。
不審に思って、改めて読み返してみると。
書面に、破片のように細かく、細かく。散りばめるように配置された、見覚えのない文言。
それらを注意深く探し、かき集めて、組み立てると。
(何だこれは!?)
この内容では、当家の継承権を持つ者なら誰でも、私の代理で変更も破棄もできてしまうではないか! こんなメチャクチャな内容にした覚えはない!
しかし、確かに契約書には私の署名がある。これでは文句を言ったところで、書類をきちんと読まずに署名した間抜けだと主張するようなものだ。
「!」
まさかと思い、部屋に戻った後確認の手紙を出すと、他の契約も全て、既に新当主に引き継がれているというではないか!
私が隠居するだと!?もう既に、こちらからの説明と謝罪も済んでいるだと!? そんなバカな!!
慌てて隠居はしないと返信するも、「だがもう新当主に引き継いでしまったから」「新当主と交渉中だから」とそっけない。
それどころか、「貴殿ももういい歳なのだから、そろそろ後進に道を譲るべきでは?」というお叱りの言葉すらあった。
「何様だ!!」
怒りのあまり、手紙を床に叩きつける。荒い息をなんとか落ち着かせ、どかりと椅子に腰掛けた。
(誰だ)
孫息子は、ほんの三ヶ月前まで国外にいて、五年近くほとんど帰ってこなかった。
奴が「祖父は引退した」と騒いだところで、誰も信用しないだろう。少なくとも、本格的に契約を引き継ぐ前に、私へ確認を入れるはずだ。
誰か、取引相手に信頼されている人材が、孫息子側に引き込まれたと思っていいだろう。契約書に細工を仕込んだのも、恐らくそいつだ。
案の定、領地の領主代理……サムエルから手紙が届いた。
どうやら、私が王都に出発した後、邸内部でクーデターが起きたらしい。サムエルの息子・トビアスを筆頭とした、新当主に忠誠を誓う文官や使用人たちが、私と妻に近い文官と使用人に退陣を迫ったという。
結果、私と妻の配下の大半がクビになり、残りも雑務を押し付けられて肩身の狭い思いをしていると。舌打ちをする。
(やりづらくなったな)
しかし、これではっきりした。孫息子の協力者は、トビアスだ。
(ならば、奴の知らない人脈を頼ればいい)
そう思い、一部の忠臣しか知らない者たちに、協力を求める手紙を出す。
結果。
「トビアスでは……ない」
届いた返事を机上に広げ、呆然とつぶやく。
ある者は「別件で監査室に目をつけられて、しばらく動けない」と。
ある者は「妻に浮気がバレてそれどころではない」と。
ある者は「大口の取引先と揉めたので、賠償金を肩代わりしてくれるなら考える」と。
「別の旨みのある取引相手を見つけた」、「弟に退任を迫られている」、「貴殿と付き合うなら縁を切ると本家様に言われた」等々……。
次々送られてくる、拒絶の返事。トビアスも孫息子も知らない、助けを求めた先全てに、手が回っている。
山とあった選択肢が、じわじわと潰されていく。
味方だったはずの人間が、裏切り、あるいは行動を封じ込まれている。
目に見えない化け物が、絡めとるように緩やかに、首を絞めていく感覚。
何もかもが先回りされ、気がつけば袋小路に追い込まれていた。
(次代さえこの手にあれば、孫息子などどうにでもしてやるのに……! いや、今からでも遅くないか)
孫とその妻を幽閉し、生まれた赤子を確保すれば、再び実権を握ることができる。
いや、それよりも、孫娘がいるではないか。
いずれ、高貴な血を持つ子を孕む、孫娘が!
ガラクの呪いには、「必ず男女最低一人ずつは授かる」というものもある。
男児はガラク家に譲るとして、女児の方を引き取り、後継に据えれば良い。そして、今度こそ自分に従順で、聡明な当主に育て上げるのだ。
(そうと決まれば、早急に手を打たねば)
嫁に盛る避妊薬を、手配しなければ。妻の実家であれば、確実に効くものを知っているだろう。
「おい!!」
「何……ぎゃあっ」
だらしなくソファに寝そべっていた妻の頬を、力一杯打った。そばに居た侍女が悲鳴を上げるが、知ったことではない。
「貴様の生家が裏切った!!」
先ほど、避妊薬の手配の返事が来た。返事はーーー拒絶。
「『クォルナ伯爵の怒りを買いたくない』と吐かしおった! 今まで、何のために貴様を養ってやったと思っている!?」
ソファから転げ落ちた妻は、頬を押さえてきっとこちらを睨む。
「知らないわよ! 大体ね、由緒正しい侯爵家の私が嫁いできてあげて、子まで産んであげたのよ!?それだけでも、泣いて感謝するべきでしょう!?」
「お前も、お前が産んだアレも、役に立たないどころか、害にしかならんだろうが!!嫡出でさえなければ放り出してやったものを!!」
「私の高貴な血筋に、成り上がりだの男爵家だの穢らわしい血を混ぜたのは、どこのどなた!? だから、どうしようもないのばっかり生まれるんだわ!!」
「なんだと!?」
「ーーー戯言は、終わりましたか?」
爆発した不満をぶつけ合っていると、冷えた声が投げかけられた。
振り返ると、扉のところにバニラ色の髪と瞳の青年。
「イ、ワン」
「……終わったようですね。やれ」
直後、孫息子……イワンの背後から飛び出してきた男たちが、私と妻を床に引き倒し、取り押さえた。
その力からは、容赦というものを感じない。護衛に連れてきた者たちは何をしているんだ。
「本日をもって、全ての契約の引き継ぎが完了しました。領地経営は信頼できる部下たちがいますし、社交も問題ありません。お祖父様たちは心置きなく隠居してください、長い間、お疲れ様でした」
淡々と、何の感傷もない声で、イワンが告げる。それが自分たちの未来を示唆しているようで、恐ろしい。
誰だ。誰なんだ。
取引相手を懐柔し、邸の者たちを味方につけ、協力者たちを封じ込んでみせたのは。
そんな人間、私は知らない。
罪人のように引き立てられ、無理やり外に停まっていた馬車に押し込められる。
私が乗せられた馬車の隣に、闇で染め抜いたような漆黒の馬車が停まった。掲げられているのは、月と剣の家紋。
馬車の中の私には、その馬車から降りてきた女が、私によく似た茶髪だなどと、知る由もなかった。
敵の正体には、最後まで気づけず。
お読みいただき、ありがとうございました。