5. 宰相様の襲来②
父、オーバーキル(される)回。
「えっ、ごめんなさい無理です」
即答すると、宰相閣下は笑顔のまま一瞬ぴしりと固まった。
しまったと思ったが、宰相閣下はすぐさま持ち直し、「そう仰らず」と拒否する。
「ご一考いただけませんか」
「ですが……」
困惑しながら、かろうじて問いを絞り出す。
「昨夜、初めてお目にかかったと思いますが……?」
「はい」
「それで、本日婚約の申し出を?」
「はい!」
「……失礼ですが、どなたかとお間違えということは……?」
「ありませんね!!」
跪いたまま、満面の笑みで否定する宰相閣下。
やだ、会話は成立してるのに、根本的な何かが噛み合ってない。
助けて、兄さん。
「やっぱり無理です」
もう一度手を引き抜こうとするも、むしろ両手で握って引き止めてくる。
「これから!これから私の魅力を伝えていきますので!ご一考、ご一考を!」
(なんでそっちが懇願する側なのよ!?)
この方……宰相閣下は、筆頭侯爵家であるガラク侯爵家のご令息だ。
ガラク家は建国の祖・国父陛下が第一の臣下たる三つ目の賢人を先祖に持つ、由緒正しい名門。祖母君は元王姉殿下、隣国皇族との繋がりもある、大変高貴な方。
(目的は、何?)
既に彼は、二回求婚に失敗している。貴族では完全に恥とされる行為だ。
私は、間違っても一目惚れされるような容姿じゃない。加えて、ポンコツ当主と貧乏で歴史が浅い伯爵家。
そうまでして得たい魅力は、私にも我が家にも存在しない。
(なら、どうしてこんなに必死になるのか、という話よ)
何度も言うが、我が家は弱小伯爵家だ。
「何かの巻き添えで潰れたとしても、どこにも支障が出ない」、木っ端貴族。
(これは、絶対!ヤバいやつ!!)
こんな感じの私だけど、高位貴族の友人はいる。彼ら彼女らから漏れ聞こえる御家事情に、背筋がゾッとしたことも、一度や二度ではない。
まして、相手は宰相閣下なのだ。いくら誠実そうに見えても、警戒しておくに越したことはない。
罷り間違って本気の求婚だったとしても、無理のありすぎる申し出だし!!
手を握られたままどう切り返そうか悩んでいると、よりにもよって父が口を挟んだ。
「えっ?いやいや、この娘の母親は、卑しい男爵令嬢ですよ? その上地味で不細工で頭でっかちで……」
(お父様ァ!!)
今このタイミングでそれを言ったら、宰相閣下がものすごい不良物件にフラれたみたいになるじゃない!! やめて!空気読んで!!
ハラハラしていると、宰相閣下がゆらりと立ち上がった。
「地味で不細工で頭でっかち、ねえ……?」
気障ったらしく、しかし優雅に髪をかき上げる。
「能無しの分際で、何を吐かすか」
「へっ」
「ああ、品性下劣のクズでもあったな」
突然の毒に、硬直する父と私。
座ったままの父を見下ろし、鼻で笑う。
「万事娘に尻拭いさせておきながら、事実無根の悪評を否定するどころか、自ら言いふらすとは。無能なら無能なりに、せめて感謝と誠意をもって行動すれば良かったものを……。頭空っぽな上、性根まで腐っているなど、救いようがないな」
「え、は、や」
「彼女に瑕疵があるとすれば、貴殿のような身内がいることだろう。気の毒に」
怖い! めちゃくちゃ怖い!!
昨夜の私なんか、足元にも及ばない言葉の数々に思わず震え上がる。するとそれに気がついた宰相閣下は、そっと私をソファに座らせてくれた。……が、毒舌は止まらない。
私の向かいに尊大に腰掛け、優雅に足を組む。紅茶で喉を潤し、続ける。
「求婚にあたり、貴殿のこともざっと調べたが……なんだ、あの問題発言と書類不備の山は? 一つ一つは小さいとは言え、何故あれだけの問題を起こしておきながら、堂々と伯爵を名乗れる? 困るんだよ、我が陛下の治世に、貴殿のような害虫がのさばっていては」
とん、とん。
指先で軽く肘置きを叩く。
「貴殿に似ず優秀な御子息も戻られるようだし、速やかに爵位を譲って、領地でゆっくりされてはいかがか? 生憎、その品性と知性の修正を待っていられるほど、私も陛下も暇ではないのでね」
一国の宰相にここまでボロクソ言われるって、父、何したの……?
まさか、私に吐いたような暴言を他家のご令嬢・ご婦人相手に吐かしていたなんてことは、ない……わよね? もしやっていたら、大問題よ!?
父の顔を見て青ざめていると、打って変わってすこぶる優しい声がした。
「それに、クォルナ伯爵令嬢は大変魅力的な女性ですよ。他の誰かに先を越される前にと、つい気が急いてしまうほどに」
はっと顔を上げると、宰相閣下は私の方を見ていた。
胸に手を当て、三つ目をこちらに向ける。
「先ほどの話ですが……三ヶ月、時間をいただけませんか。それで私がどのような人間なのか、お伝えできると思います。その後で改めてご判断いただければと」
(そう言われても……)
お考えは相変わらず読めないが、相手ははるか格上の方なのだ。何度も拒絶するのは、さすがにどうかと思ってしまう。
捨てられた子犬のようなその眼差しに、思わず苦笑する。
(これは……断れないな)
「分かりました。三ヶ月間、よろしくお願いします」
「!良かった!」
座ったまま礼をして、了承の意を示すと、ガラク侯爵令息はぱんと手を打った。
「では、差し当たり来週の辰砂の曜が一番近い休日なのですが、ご都合がよければ我が家でお茶をご一緒しませんか?」
「ぜひ」
「決まりですね」
そう答えると紙とペンを出し、さらさらと何か書き付け封筒に入れて封蝋を押した。
「こちらを。当日、お待ちしています」
すっ、と封筒を差し出す。
……どうやら日時以外は完成した招待状をあらかじめ作成しておいて、その場で渡せるようにしておいたらしい。スマートだ……。
そして逃げ場がない。
「次のお約束もできましたし、今日のところは失礼しますね。……では、来週」
そういうと、また私の手を取って軽くキスをした。
こうして、朝から我が家をド派手に引っ掻き回し、宰相閣下はご機嫌で帰っていった。
コラム : 鉱国の曜日
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金 黄玉の曜 土 虎目の曜
日 日長の曜
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