37. 心情的には素振り待機
義姉さんがブチ切れて、少し冷静になった。
(考えてみれば、ユラン様が提示した約束の三ヶ月まで、あと一ヶ月以上あるんだし)
今日明日お返事する必要はないのだ。のんびり考えよう。
とはいえ、今はまだちょっと……ユラン様と顔を合わせづらい。
なので出禁にはしないまでも、取り次ぎはなしにしてもらい、ユラン様にもその旨を手紙で連絡した。……ユラン様は会って話したいらしくて、ちょっと揉めてるみたいだけど。それすら綺麗に防いでくれる義姉さん。大変ありがたい。
ちなみに王城でも、報告書を出す途中どころか、宰相室ですら会わない。面談も、何故か毎回ユラン様の「急用」で別の人が担当する。
どこをどうしてそうなったのかは分からないけど、とりあえず、ミーネ様は確実に一枚噛んでいる。だって、暗部副将閣下だもの。
というわけで、ミーネ様が好きそうな可愛い刺繍がたくさん載っている本を贈ると、とても喜んでくださった。
「…落ち着いたら、向き合うように」
そう言ってくださったミーネ様。
「何に」とも「どう」とも言及しない。本当に優しい。
そんなわけで、邸でも王城でもとても平和に過ごしていたある日。
「そこの貴方」
「はい?」
庭に面した廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、少し離れたところに、金・銀・茶髪の三人組の令嬢がいる。
声をかけたのは、先頭の金髪の令嬢らしい。ぱちりと扇子を閉じる。
「貴方がクォルナ伯爵令嬢?」
「そうですが」
短く応じると、扇子を握る手に力が入ったのが分かった。
「こんな……こんな、ちんくちくりんが……!!」
金髪令嬢の扇子を持つ手が、ぶるぶると震える。銀髪の令嬢が気遣わしげにそっとその手に触れ、茶髪の令嬢がこちらをギッ!と睨みつけた。ワー、ウツクシイゴユウジョウデスネー。
銀髪の令嬢に儚げに微笑みかけると、金髪のご令嬢は真顔でこちらを振り返った。
「貴方、ガラクの『花嫁』だそうね?」
花……。
……ああ、そういえば義姉さんが、「唯一」のことを「最愛」「花嫁・花婿」って呼ぶことがあるって教えてくれたっけ。
「ガラクの」ってわざわざ付けたし、多分間違いない。
とりあえず否定も肯定もせずに、「何を言っているかよく分かりません」の笑顔で様子を見る。
するとその態度が気に食わなかったのか、目尻を吊り上げた。
「ガラク侯爵家は、代々宰相を輩出してきた、由緒正しい一族なのよ? 貴方のような紛い物貴族に務まると思って?」
「そうよ!平民同然の血と顔のくせして!!」
「一体どんな卑怯な手を使ったんですかっ!」
なんだこいつら。
茶髪さん、貴方確か子爵令嬢でしょうが。堂々同行者の威を借りるな。
私の顔は元侯爵令嬢の祖母似で、そもそも現ガラク侯爵夫人は平民ですが。出会い頭に罵倒するなら、家系図くらい調べてきたらどうです?
大体、制服姿で仕事中の人間に私用で話しかけておきながら、「ちんちくりん」とか吐かす輩に言われる筋合いはないし。
ツッコミどころは多々あるが、現状、こちらへの悪感情しか伝わってこない。眉尻を下げて困ったように微笑みながら、あくまで様子見に徹する。
それにしても……。
(お嬢様の罵倒だなあ)
なんかこう、魂の底からへし折ってやろうという気概とか、全力で潰してやろうという意思が感じられない。
こういう言い方もなんだけど、多分この人たち、他人を罵り慣れてないんじゃなかろうか。
ぼんやりそんなことを思っていると、金髪さんが叫ぶように言い放つ。
「どうして、貴方があの方の『唯一』なのよ!? 貴方が……貴方で良いなら、私でもよかったじゃない!!」
知らんがな。そんなこと、こっちが聞きたいわよ。
そう思いながら観察していると、金髪さんは俯いて体を震わせた。
「お茶会デビューで会った時から、ずっと……ずっと好きだったのに! それをっ……貴方みたいな、ぽっと出の小娘が!!」
(ああ、なるほど)
すっと気持ちが冷める。
この人、ユラン様が好きなのか。
でも、ガラク家の事情があったから、出会った瞬間に失恋確定で。
必死で足掻いてもどうにもならなくて、でも、諦めきれなくて。
自分より素敵な相手なら諦められると思って見に来てみたら、よりによって私、か。
そりゃ八つ当たりの一つもしたくなる。
(残り二人も似たような感じね)
憎々しげにこちらを睨む二人を、こっそり見る。しっかり手を繋いでいるところからして、友情もありそう。
とはいえ、ただしおらしくするというのも納得がいかない。
八つ当たりが一回きりとは限らない。下手な対応をして、「コイツなら何を言っても良い」とか思われて、常態化されても迷惑だ。
オーケー、方針が決まった。言いたいだけ言わせて、最後にガッチリ釘を刺そう。
失恋で傷心中のところ申し訳ないけど、私、何も悪いことはしてないので!!
(……もしユラン様がこれを聞いたら、きっと、怒ってくれるんだろうな)
貴族相手だから、穏やかに諭すのかな。それとも、あの時みたいにブチ切れるんだろうか。
そうやってひとしきり怒ったあと、オロオロわたわた、慰めてくれるんだろう。
想像すると、なんだか笑みすら浮かんでくる。顔を伏せていて、良かった。
そう思った次の瞬間。
「王女殿下の教育係も、どうせガラク侯爵令息に強請ったんでしょう!!」
ピクリ、と。
微かに、自分の体が動いたのを感じた。お構いなしでそのまま罵倒する金髪のご令嬢。
「そうでなければ、貴方のような……。……ッ!?」
……祖母が私から奪ったのは、養育に必要な予算だけではなかった。
それは、学ぶ機会そのもの。兄さんの授業に潜り込めば叩き出し、本を読もうとすれば邸中追いかけ回してでも奪い取り、使用人の真似をしようとすれば、下品だと罵倒した。放置しているくせに、出かけることも許さず、何をしても否定された。
あの頃は、ただただ意味不明で疎ましいばかりだったけど、今なら分かる。その、悪意が。
祖母は私を、木偶の坊にしたかった。
貴族として振る舞うことができず、さりとて、平民のように自活できるわけでもなく。
自由を奪い、自信を奪い、意思すら奪って、家に、自分に、縋り付くしか生きる術のない人形を、作りたがっていた。
その後は、ぽい捨てする気だったのか、家に縛りつける気だったのか知らないけど、おかげで学園入学前後は、すこぶる苦労した。
その努力を、今、真っ向から否定された。
(これは、叩きのめして良いわよね?)
私の変化を感じ取ったのか、三人がわずかにたじろぐ。
それに、上司であるユラン様も言ったのだ。
「私が侮られることは、アン様や陛下が侮られることだ」と。
「立場に恥じぬ行動を心がけるように」と。
すなわち、「やられたらやり返して良い」と!!
???「多分言ってねえよ?」
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