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32. ユランは愛を掴みたい*


「フリュー!!君、ヘレン嬢に何を吹き込んだ!?」


 テラスに飛び込んできたユランは、開口一番そう叫んだ。


「真っ青な顔で帰って行ったと……痛った!?」

 間髪入れずユランの頭に拳骨が落ちる。鈍い音が響き渡った。

「何をするんです!?」

 頭を押さえてその場に蹲りつつも、抗議するユラン。シュゼイン公爵は拳を構えたまま、額に青筋を立てた。

「御前である。弁えよ」

 拳骨の痛みで反論が思いつかなかったのか、ぶつくさ言いながら立ち上がる。

「大体、私に黙って『私の彼女』とお茶会など……」

「なーにが『私の彼女』だタコ」

 ミルドランががため息まじりに声をかけた。

「異性として意識すらされてなかったくせに」

「ハッ!意中の相手に未だ声もかけられていないヘタレに言われる筋合いはないな」

「あ?」

「は?」

「やめなね……」

 睨み合うミルドランとユラン。フリードが声をかけると、ユランは怒りを抑えた声で吐き捨てた。


「……宰相でありクォルナ教務官の直属の上司である私を、わざわざ!暗部と宰相室の者たちを抱え込んでまで!排除し設置したのです」

 ギロリと三つの目でフリードを睨む。


「さぞ、実のある面談だったのでしょうね?」

「だってほら、君がいると、自分やクォルナ伯爵令嬢に都合が良いように会話を誘導しかねないだろう? それだと、わざわざこの場を設けた意味が……」

「御託は結構。何を話されたのです」


 冷えた目のユランにお茶会の様子を説明すると、ユランはみるみるうちに顔色を悪くした。


「なんということを……!君のせいで、ヘレン嬢に気味悪がられたじゃないか!」

「はあ?お前、フリューのせいにすんの?」

「…………」

 子どものように半泣きで叫ぶユランに、武人二人がひりついた気配を放つ。

「ミド、将軍、怒ってくれるのはありがたいけど、ユランに聞きたいことがあるんだ。一度抑えて」

「へーい……」

「…御意のままに」

 二人を宥めると、おろおろしているユランに目を向けた。

「ああっ、どうしよう……! 今すぐ手紙、いや、直接クォルナ伯爵邸に」

「ユラン、とりあえず座ろうか」

「何をっ」

「ユラン」

 じっと目を見つめる。

 ビクリと動きを止めたユランは、渋々といった様子で示された席に座った。


 眉を下げて微笑んだフリードは、穏やかに口を開く。

「勝手なことをしたのは、本当に悪かったよ。でも、どうして愛執の呪いを伝えていないんだい? 気味悪がられるって、どういうこと?」

「つーか、そんなに話されたくなかったんなら、先にそう言っておけよ。お前が何を教えてて何を隠したいかなんて、いちいち把握してねえよ」

「…まったくだ」

「ま、まあまあ……」


 合間合間に抗議を入れるミルドランを宥めつつ、しょぼくれるユランからどうにか聞き出した結果。


「……なるほど、『恋や愛が嫌い』ね。この場合の愛は、異性間の愛かな。まあ、彼女の家の事情……というか祖父君のことを考えれば、無理もない、か」

 フリードはそう言って顎をなで……苦笑した。

「厄介な恋をしたものだね」

「そうなんだよ!!」

「そんな絶対どっかで直面してた問題、さっさと話し合っとけよ……」

 同情するフリード。大袈裟に悲観するユランに、ミルドランは呆れた様子で苦言を呈した。


「どうせそのうちバレるんだからさあ。つーかバレたし」

「ぐッ」

「それ以前に、恋愛嫌いと恋愛至上主義とか、相性最悪じゃねえか。初手から詰みだろ」

「ガフッ」


 ミルドランの連続攻撃に、とうとう机に突っ伏すユラン。普段は自信に満ち溢れている親友のあまりの姿に、さすがに止めにかかった。

「ミ、ミド……ユランが死にかけてるから、やめてあげな……?」

「だってバカすぎるでしょ。せめて初回のお茶会で言や良かったのに」

「気味悪がられると分かっていたら、なかなか言い出せないよ……」

 しかしフリードの制止も虚しく、ミルドランが決定打を放った。



「そもそもさあ。お前とクォルナ嬢って、なんで『この前のパーティーが初対面』なんだよ?」



 ピシリ、と。

 ユランが固まった。

「クォルナ伯爵って、確かお前の友達だろ。しかも結構仲が良い」

「……ああ」

「家に招待したこともあるって言ってたよな? その時に、シグルズとセラ嬢を紹介した、とも」

「……」

「……ん?」

 ここでようやく違和感を覚えたフリードが、ふと顔を上げる。

「ユランは自分の弟妹をクォルナ伯爵に紹介したのに、クォルナ伯爵は妹君を君に紹介しなかったのかい? ……兄妹仲が悪いわけでもないのに?」


「溺愛する妹なのだし、むしろ自慢するんじゃ?」

「なんか、おかしくないか?」


「…………………………………………………………………………」



 真っ青な顔で黙り込むユラン。それを見たフリードは、斜め後ろに控える暗部の長に呼びかけた。

「……シュゼイン公爵?」

「待っ」

「…共通の友人曰く、クォルナ伯爵は学園時代から、たびたび溺愛する妹のことを話題に出していたそうです」


 ある日のこと、イワンはユランも含む友人数名に、「妹に勉強を教えてやってほしい」と言い出した。

 その時点で、ヘレンは教師に勧められて渋々飛び級の試験を受け、合格した上で「まだ学園で勉強したいから」と辞退することを繰り返していた。下手をすると、友人たちの方が教わる側である。

『お前、さては妹を自慢したいだけだろう』

 と苦笑しつつも応じた友人たち。

 しかし、ユランだけは違った。


『勘弁してくれ、頭も尻も軽い女に付き纏われるのには、もううんざりなんだ。友人の身内の地位を使われると追い払いづらい、面倒を増やすな』


 露骨に嫌そうな顔をして、そう言い放ったのである。


「…その言葉にクォルナ伯爵が激怒。『もう二度と奴に俺の天使を紹介なぞしてやらん!!もし万が一、いや億が一ヘレンが奴の「唯一」だったとしてもだ!!』と」

「うわあ……」

「お前……」


「反省している!!」

 親友二人からのなんとも言えない反応に、ユランが叫んだ。


「既に事情を知った家族・友人・知人全員から呆れられている!!」

「そりゃそうだろ」

「…阿呆め」

「さすがにちょっとどうかと思うぞ……?」

 ユランはモテる。すこぶるモテる。

 特に学園時代は、貴族子女が子どもでいられる最後の時期ということもあり、皆積極的に意中の相手に声をかけていた。令嬢たちに散々追いかけ回されたユランは、女性に辟易としている真っ最中だったのだ。

「……なんというか……よく求婚を許してくれたね……? クォルナ伯爵が妹君を溺愛している話は、着任一週間で外務部に周知されたほどなのに……」

「事あるごとにネチネチ言われる」

「もうお前、大人しくフラレちまえよ」


「いやだあああヘレン嬢ーッ!!」


 とうとう泣き出したユランの横で、シュゼイン公爵が平然と紅茶を準備していたのがやけに印象的だった、フリードである。


お読みいただき、ありがとうございました。

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