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31. ヘレン・サシャ・クォルナという人*

本日二話目。

 ヘレンが退出した後、護衛……ミルドランが口を開いた。

「……喋っていい?」

「いいよ」

「何あの女!?」


 先程までのお澄ましが嘘のように叫ぶと、ミルドランは扉の向こうを指差した。


「絶対おかしいだろ!! なんでユランはアレをそのままにしてんだよ!?」

「…やめんか」

 対照的に冷静なシュゼイン公爵は、淡々と吐き捨てた。

「『唯一』が絡んだガラクなど、なんの頼りにも当てにもならん」

「シュ、シュゼイン公爵……」

 辛辣な言葉に、国王・フリードは思わず顔が引き攣った。

 実はこの面談は、半分以上、ヘレンのためだけに用意されたものだった。

 遡ることおよそ二ヶ月前。

 アンバレナの王妃教育担当者を決める会議、退任を表明したルクヴルール教授は、こう進言した。

『私の後任には、ヘレン・サシャ・クォルナ伯爵令嬢を推薦します』

 彼女のその言葉に、議会が思ったことは。



『 誰 ?』



 ーーーこの一言に尽きる。

 ルクヴルール教授。鉱国文化人類学の権威で、学問に対して誰よりも厳しいことで有名な女傑だ。多くの貴族・王族から「専属に」と請われても首を縦に振らず、学園で教鞭を取りながら、研究に没頭していた。

 その彼女が「一番弟子」と認め、自身の後任にと推す人材。

 なのに、誰も知らない。

 どういうことか。彼女のその宣言に、慌てて調査を入れた結果。


 曰く、学園首席卒業。

 曰く、素晴らしい論文をいくつも発表している。

 曰く、彼女の外交手腕はかなりのものだ。

 曰く、優秀な通訳や翻訳家として、多くの貴族や商会から望まれている。


 挙げ句の果てには、某大貴族の当主交代劇で暗躍した、という真偽不明のものまで。


 集まる情報は、どれも彼女の優秀さをこれでもかと示しているのに、何故かその名はまるで知られていない。薄気味悪いほど綺麗に、埋没していた。

 追加で調査を命じたものの、あまりにも謎が多い。議会は紛糾したが、最終的にはアンバレナの「ルクヴルール教授が推す人に興味がある」という一言で、ヘレンの採用が決まったのだった。



 そんな経緯で決定したのだから、実際どんな人物か確かめたいと思うのが、人情というもの。フリードはシュゼイン公爵から受け取った追加調査の経過報告書を、ぺらりとめくった。

「追加調査も、今のところ問題は上がっていないが……」

「だからって、不自然すぎるだろ!!俺でも分かったぞ!?」


 ドレスは、伯爵家の経済状態に合った質素なもの。なのにアクセサリーは、どれを取っても精緻で美しい、高級そうな一品。


 生まれつき高位貴族と言ってもおかしくないほど完成度の高い、礼儀作法。にも関わらず、化粧はそばかすすら隠さない薄いもの。


 堂々とした振る舞いは自信に満ち溢れているのに、ふとしたところに強烈な警戒心を感じる。


 巧みに会話を操る様は老獪な貴族か商人を彷彿とさせるが、恋の話に狼狽える様は幼い子どものよう。



 なにもかもがちぐはぐな令嬢。それが、フリードたちから見たヘレンだった。



 頭を掻きむしる。

「もう……もう、どこからツッコんでいいのか分かんねえよ!! ユランの奴、大丈夫なの!?」

「お、落ち着いて落ち着いて」

「さすがにダチの人生かかってる話で、落ち着いてられねえよ!?」

「それはごもっともだけれども!!」

 なんとかミルドランを宥め、黒い武人を振り返る。

「ミドの意見は分かったよ。将軍はどう思った?」

「…悪くないかと」

 冷めた紅茶の交換を侍女に指示しながら、シュゼイン公爵はそう応じた。

「…私の威圧を、気づいた上で受け流しました。…根性がある。加えて、私と娘の細かい感情の機微が分かるほど鋭い観察力。…我々の中の誰よりも、陛下を恐れていたのも、個人的に好みです」

「フリューお前、何したの?」

「初対面だけど!?」

 とんだ冤罪である。シュゼイン公爵はひとつ咳払いをすると、改めて意見を述べた。

「…もちろん、身辺調査はしっかり行うとして…… 何かと運用しやすそうです。一人か二人はああいう手合いがいた方がよろしいかと」

「ガラク侯爵夫人としては?」

「…多少問題があったとて、どうせガラク家がどうにかします」

「どうせ」

「雑じゃないっすか!?」

 ミルドランが抗議するも、シュゼイン公爵は首を横に振った。

「…九割九分迷惑しか起こさないガラクの愛執だが、『唯一』の趣味は良い」

 ガラク家の「唯一」の共通点は、あまり多くない。

 平民であることもあれば、王族であることもある。異国の者もいれば、同郷の者であることも、いとこだったこともあった。髪や瞳や肌の色に至ってはてんでバラバラ。年齢も上下十歳までと、かなり幅がある。

 しかし。

「…『唯一』は、総じて過ぎた野心がなく、性格は冷静で聡明、そして有能です。…でなければ、ガラク家はとっくに滅んでおります」

「確かに」

「ガラク家の溺愛は、上限知らずだからね……」

 もしも「唯一」が身の丈に合わない願望を持ち合わせていた場合。その者を「唯一」とする者は、全力でその願いを叶えようとするだろう……たとえそれが、無理難題だと分かっていたとしても。ガラク家は優秀な者ばかり、たった一人でも、抑えつけるのは至難の業だ。

 そうなっていないということは、そのような愚かなことを願う「唯一」はいなかった、ということだ。すん、と落ち着くミルドラン。


「…殿下の側近にも文官にも要らぬとなったら、ぜひ我らにお声がけを。…良き情報官に育て上げてみせましょう」

「気持ちはありがたいが、恐らくそれはないな。アンは『ヘレンが希望するならこのまま側近として仕えてほしい』と言っている」

 良く言えば貴族らしい、悪く言えばまどろっこしいやりとりに食傷気味のアンバレナ。はっきり物を言うヘレンが気に入ったらしい。

「それに、以前宰相室で臨時で仕事をした時も、かなり優秀だったらしい。翻訳や通訳の能力が本当なら、外務部も欲しい人材だろう。『要らない』ということは恐らくない」

「…残念ですな。…別の方法を考えましょう」

「全然諦めてないじゃないっすか」

 ミルドランが呆れ気味に呟く。と、シュゼイン公爵がつと、顔を上げた。

「…もう気づいたか」

「「?」」

「…かなりしっかり隠したつもりだったのだがな。……これだから、ガラクの愛は厄介だ」


 その直後、パタパタパタ……と足音が聞こえてきた 。

お読みいただき、ありがとうございました。

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