30. 露見②
昨日は更新できなかったので、今日は二話投稿します。
これが一話目で、二話目は夜に。よろしくお願いします。
思わず、確認を入れる。
「……あの、今、『ガラク侯爵令息は私としか結婚できない』と仰ったように聞こえたのですが……聞き間違いでしょうか?」
「? ……別に聞き間違いではないが?」
カップを持ったままそう答える陛下。
「何故そのようなことを……? ガラク侯爵令息に相応しい方でしたら、私以外にも大勢いらっしゃるかと……」
「んぇ?」
陛下から変な声が出た。ぱっくり口を開けたまま、固まる。
しばし固まったのち、せっかくの紅茶に口をつけることなく、困り顔でカップをソーサーに戻す。
「……クォルナ伯爵令嬢。確認なのだが……『愛執の呪い』は、知っているかな?」
「愛……? いえ、存じ上げません」
「んん!?」
「マジで?」
ぼそりと護衛様が呟いた。背後を振り返る。
「シュゼイン公爵、クォルナ伯爵令嬢は博学で優秀だと聞いたが、相違ないか? いや、それ以前に……本人か?」
「…本人です。間違いありません。王妃教育での講義も、突発的な質問への受け答えも、娘の指導を翻訳して伝える様子も、見事なものです」
「なのに、愛執の呪いは知らない?」
「……そのようです」
「この様子じゃユランの奴も、説明してないんじゃないか?」
お二人の返事を聞いた陛下は、ゆ……っくりとした仕草で、静かに頭を抱えた。
「……どうしてそうなった……!」
「も、申し訳ありません!」
「いや、大丈夫だ。もう何もかも全部ユランが悪い。そういうことにしておこう、うん」
微笑むも、その顔色は悪い。
申し訳ありません、ユラン様。私、何かやらかしたようです。
「……一応確認するね?ガラク家の家名、語源は?」
「グァル・ア・ルァック……砂海の古語で『壊れた怪物』です」
「初代はどんな人?」
「建国の祖たる国父陛下の第一の家臣で、三つ目の賢人の呪術師です。その功績は、鉱脈に水脈の発見、王冠を含む呪具の発明、呪術契約を筆頭とした呪術の研究・開発。王城の設計や国の重要施設の結界にも……」
「うん、十分だ、ありがとう。じゃあー……茨の魔女という言葉について説明してみてくれ」
「はい。茨森の魔女という存在に力を分け与えられた女性たち、もしくはその子孫の女性を指します。ガラク家の呪術の才能と知識も、もとは彼女たちの魔術書に記された、呪術儀式から得たものです。その力の根源は、砂海の向こう、大陸の西側の花園地方で信仰されている茨の悪魔と呼ばれる存在です。共和国で信仰されている樹神、砂海で信仰されている砂神とは、姉妹神であると考えられています」
「えっ、最後の情報知らない。将軍、知っているか?」
「…恐らくは、学会レベルの情報かと。…私も初耳です」
将軍がそう答えると、陛下は満足げに頷いて、微笑んだ。
「ありがとう、さすがに詳しいね」
「お褒めにあずかり光栄です」
「しかし愛執の呪いは知らない、と……なるほど……」
「本当に申し訳ありません!!」
遠い目をする陛下に再度頭を下げると、陛下は笑いながら首を横に振った。
「では、始まりから説明しようか」
◆ ◆ ◆ ◆
昔々、森の中の小さな村に、美しい少女がいた。
少女には、恋人がいた。貧しく、美しくもなかったが、とても心優しい少年。二人は将来を誓い合い、大人になって結ばれる日を楽しみにしていた。
しかし、嫉妬した村人たちによって、少年は殺されてしまう。
復讐を誓った少女は、茨の悪魔と契約して魔女となる。そして、村人もろとも村を滅ぼした。
魔女となった少女は、長い間孤独に森の奥で暮らしていたが、ある日、旅人の男に二度目の恋をする。紆余曲折あって、男と魔女は想いが通じ合い、寿命を分かち合ってたいそう仲睦まじく過ごした。
幸せなある日、老いた己と夫を見て、魔女はふと気がつく。
寿命故の別れは、魔女としての己の命を捧げることで防ぐことができた。
では、その次は?
今の自分が死んだ後、生まれ変わった自分は、同じく生まれ変わった彼を、見つけられるだろうか?
見つけられればいい。だが、そうでなければ?
こんなにも愛しい人が同じ世界で同じ時間を生きているのに、彼だと気がつくことも、会うことすら叶わず、次の自分は死んでいくのか、と。
魔女は、男を愛していた。そしてそれ以上に、男に執着していた。
喪う痛みを知るからこその、強烈な執着。
それ故に、魔女は「魔女」だった。ただの恋する乙女では、いられなかったのだ。
魔女は願う。この先、何度生まれ変わっても、この人を見つけたい。
何があっても絶対に、その手を離したくない、と。
◆ ◆ ◆ ◆
「そうして作り上げられたのが、愛執の呪いだ。
この呪いは、その者が結ばれるべき運命の相手……『唯一』を引き寄せ、また判別することを可能にする」
「運っ……!?」
「魔女は、よっぽど強く呪ったらしいね。自身の転生先として指定した子孫だけではなく、その眷属にまで呪いが広がったのだから。……もちろん、ガラク家にも」
誰が「そう」かは、すぐ分かるらしい。実際、ユラン様はあの夜会で私の声を聞いた瞬間気が付き、駆けつけた先で私と目が合った瞬間、確信したそう。ようは、相手の存在を感知さえすればいいんだろう。
感覚としては一目惚れに近いらしい……なんて情報まで付け加えられて。
「愛執の呪いがあるから、ガラク家の人間は、政略結婚をしない。というか、できない。そういう風にできている」
「……」
「婚姻絡みで誤解を招くような言動も避ける。そんなことをしているうちに、うっかり運命の人に逃げられたら困るから」
「え、で、では」
声が震えた。
「…………ユラン様って、私のことが好きだったんですか!?い、異性として!?」
「そこから?」
呆れたように笑った陛下は、ふ、と優しげな表情に戻った。
「……まあ、他人の気持ちを勝手に代弁するなどという野暮はしないでおくが……。私の知るユランは、たった一人のためだけに、図書館の入場許可を取ったりしない。王城内を自ら案内したりもしない。ね、ミド」
「そーだな。アイツ、薄情だもん」
同意を求められた護衛様ーーー確か、陛下やユラン様とは幼馴染のはずーーーは、あっさり頷いた。
「そーゆー些事は侍従任せ。あと、一時期めちゃくちゃ女に集られたせいで、女嫌い。エスコートどころか、近づかせもしない」
「はは……まあ、貴族としてのユランは、プライドが高いから」
そう苦笑いすると、再び私に向き直る。
「近いうちに一度、話し合ってみてはどうだろう? お互いの未来に関わる、大切な話だ。ユランにもきちんと話すよう言っておく」
「は……」
咄嗟に言葉が出てこなくて、こくこくと頷くだけになってしまった。陛下は臣下二人と目配せすると、穏やかにお声をかけた。
「面談は、これくらいにしておこうか。貴殿の協力に感謝する。引き続き、アンの王妃教育を頼む」
「ありがたきお言葉……」
お言葉に甘えて退出の挨拶をし、テラスから室内に戻る。
誰もいない廊下。爪先に視線を落とす。
ユラン様が、私を、好き?
異性として?
そんなの……。
「………嫌」
湧き上がったのは、拒絶。
お読みいただき、ありがとうございました。