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21. 不穏な気配?

 初回授業から、一週間後。


「……よしっ、こんなものかな」

 王妃教育担当者に貸し出される仕事部屋で、私は大きく伸びをした。



 私たち王妃教育担当者は、授業のある日は、授業の進行やアン様の様子を書面で報告するよう指示を受けている。私が書くと、ほぼ毎回アン様の優秀さを礼賛する内容になっちゃうんだけど、良いんだろうか。

 まあ、再提出を言いつけられていないからいいんだろう。最終確認を終え、とん、と机の上で書類の角を合わせる。



 宰相室まで移動し、扉の前で、ふと気がついた。

(……そういえば、前回の人違いの後から、宰相室に行くのは初めてだわ)

 本当は、宰相室まで自分で提出しに行かなければならないから、そんなことはないはずなんだけど。


 宰相室に行こうとすると、何故か毎回途中でユラン様に出くわすのよね。


 報告書はその時に提出し、図書館までユラン様とおしゃべりしながら向かうというのが、ここ最近の私の日課になっていた。

 一度だけ、私の仕事部屋の前で待機されていた時は驚いた。ご本人曰く「ちょうど手隙だったので、様子を見に来たらたまたま」らしい。


 そんなわけないだろうって? 私もそう思います。


 楽だし、広い王城内で迷わずに済むし、ユラン様とのおしゃべり自体は楽しいけども。なんかちょっと怖い。

 


「またですか」

 髪と服の乱れた政務官様は、用件を告げると、心底ウンザリした顔でそう言った。首を傾げていると、がしがしと頭を掻く。

「先ほども似たようなことがあったんですよ。どこぞの下位貴族の兄妹が押しかけてきて、『ユラン様に会わせろ』と喚いて暴れて大騒ぎで……」

「そ、それは災難でしたね……」

「本当ですよ」

 顔の似た親戚から、身分証と制服を借りてきての暴挙だったらしい。うわあ……。

「……失礼しました。そんなわけで、本人確認よろしいでしょうか」

「もち……」

「その人はいい」


 頷きかけると、背後から聞き慣れた声がした。

 振り返ると、いつも通り優雅に微笑むユラン様。対応していた政務官様が、慌てて頭を下げる。

「お待たせしました、ヘレン嬢。今日は少々、トラブルがあったもので」

 今聞きました。お疲れ様です……。


「報告書の提出ですね?」

「はい。こちらです」

「確かに受け取りました。ついでに軽く面談しますので、こちらへどうぞ」

 そう言われ、ユラン様個人の執務室と思しき部屋に通された。

「適当なところに掛けてください」

 お言葉に甘えて手前のソファに腰掛けると、ユラン様の侍従……ドナートさんだったかな?淹れたての紅茶とマカロンを出していただいたので、お礼を言っておく。

 ユラン様が向かいのソファに腰を下ろした。お互い紅茶を一口飲んだところで、切り出す。


「一週間経ちましたが、いかがでしょうか。殿下への指導や接し方で、何か気になることやお困りのことはありますか?」

「今のところありません。ありがとうございます」

 答えながら、「こういう時は、私よりアン様の状況を確認するものでは……?」と内心首を傾げる。


 そんな疑問に答えるように、ユラン様は私の報告書を手に取った。

「殿下の学習状況……は、順調なようですね。……正直、あの方が座学に困っている様子は、あまり想像できませんが」

「確かに」

 そうだった。アン様、超人だった。

 実際、困っていないみたいだし。

「普段の様子も、私と陛下が殿下と面談した時の感触と、大差ないようです。順調ですね。大変よろしい」

 そう言いながら、読み終えた報告書をドナートさんに渡す。

「ですが、何か心配事がありましたら、いつでもご相談ください。基本的に、困った状況というものは悪化することはあっても、好転することはありません。よろしいですね」

「ハイ」

 すこぶる実感のこもった声を出し、笑顔で念を押すユラン様。やっぱり王城って、トラブル多いんだろうな……大変だな………。


「それと、これは宰相というよりユラン個人として伺いたいのですが……」

「?」

「陛下のことは、なんと仰っていますか?」

 真剣な顔でそう問われ、アン様が陛下のことについて話している場面を思い出す。


 うん、とひとつ頷いた。


「惚気しか聞こえてきません」

 それは……もう。ちょっと話題を振っただけで、「陛下が」「陛下で」「陛下は」と、そりゃー楽しそーに………。

 すると、ユラン様はころころと笑った。

「それは良かった。我が友の一人芝居では、哀れですからね」

「その心配は恐らく皆無です……」

 思わず遠い目をする。なにせあの方、放っておくとずっと惚気ている。


 セラ様は楽しんでいるようなので、そういう時はセラ様にお相手を任せて、私とミーネ様は気配を消している。

 恋愛談義、好きじゃないのよね……。


 そう言うと、ユラン様の笑顔が引き攣った。

「そ、そうですか……。セラも、以前は恋愛関係の話には興味がなかったのですが、義弟と出会ってからは、好きになったようです」

「そうなんですね」

 うーん、やっぱり私は、興味ないなあ……。

「殿下とセラ様のお二人になった時は、お互いのお相手の話で盛り上がっておられるようです。陛下との仲については、セラ様の方がお詳しいかと」

「はい……」

 そう進言すると、肩を落とすユラン様。何故だろう、落ち込ませてしまった。ユラン様も恋愛談義、したかったのかな……?

 いやでも、女嫌いって……?

(……他人の話を聞く分には楽しいってことなのかな……?)

 今後はもう少し、ユラン様に話せるネタを仕入れておこう……。



 その後は、二、三雑談をして、面談は終わりとなった。宰相室の扉のところで、礼をする。

「では、失礼致します」

「ええ、お気をつけて……む?」

 唐突に、頬にふわりと柔らかい毛が触れた。

『きゃわ』

「あれっ、エリオ?どうしたの?」

 騎士たちの気配が怖いのか、いつも王城にいる時は、姿が見えない……霊体化?状態でついてきているのに。

「今はお出かけ中だから、遊んであげられないわよ? おやつもないし……」

『………』

 エリオがきょろきょろと周囲を見回した気配がして、そのままマフラーのように肩の上に落ち着いた。

 一向に霊体化する様子がないエリオに困り果て、黒犬飼いの先輩に聞いてみる。

「どうしましょう?」

「ふむ……王城は悪意の巣窟ですからね。何か感じ取ったのかもしれません」

 「そうなの?」と指先でなでるも、生憎私にエリオの言葉は分からない。心地よい手触りがするのみである。

「とりあえず、そのままでよろしいかと。王城規定的には問題ありません」

「そうですか」

 ほっと胸をなで下ろす。ユラン様がドナートさんに目配せした。

「念のため、途中まで送りましょう。今日は図書館に?」

「行こうと思っていましたけど、やめておきます」

「それが良いでしょう」


 ユラン様が邸に連絡を入れてくれたので、そのまま馬車で帰宅した。



 結局エリオは、その日一日中私の肩から移動しなかった。


お読みいただき、ありがとうございました。

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