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20. 物理でも殴れます(但し自衛限定)


 唐突だが、ここで、獣の民の役職と上下について説明しようと思う。



 獣の民は、体の部位の名称で、その役職を示す。

 「鼻」は指導者的立ち位置。狩りを指揮し、平時も仲間を導く立場にある。高位の政務官や、軍の指揮官クラスが一番近いだろうか。

 「牙」は戦闘要員。狩りや戦いの時、率先して前線に立ち、獲物や敵を斃す。鉱国だといわゆる一般兵だが、強者しか選ばれない花形の役職だ。

 「耳」は斥候、あるいは密偵。「目」は見張り、「爪」は集落の防衛担当。「喉」や「足」という役職もある。

 与えられた役職の中でも、特に優れた者は順位を示す番号が与えられ、氏族内でとても尊敬される。分かりやすい例だと、私たちが「アカガネ氏族の長」と認識している人物は、氏族内では「一の鼻」という役職だ。「上顎の」とか「前足の」とかも、順位を示す称号。


 要するに、アン様の称号「上顎の四の牙」は、「アカガネ氏族で四番目に強い戦士」という意味であり。



「あら? どうしましょう、皆様が動かなくなってしまったわっ?」



 ーーーそんじょそこらの騎士三、四人では、まるで歯が立たない、という意味でもある。


 通訳として鍛錬場の見学席で待機している私は、おろおろするアン様を見ながら、隣のシュゼイン公爵令嬢……ミーネ様に話しかけた。

「実力を測るための手合わせでしたよね? ……測れました?」

「……測れておらんな」

 柳眉をうっすら顰め、心持ち渋い顔をするミーネ様。背中から醸し出される空気は「どうしよう、コレ」だ。心中、お察し申し上げます……。


「ごっ、ごめんなさい、ヒト族がこんなにか弱いとは思わなくて」


 次に呼ばれた近衛騎士まで瞬殺してしまい、青い顔をするアン様。可哀想すぎるから、やめてあげて……。

 そもそも、獣の民という人種自体、ヒト族より身体能力が高い。その中でもさらに強いアン様だ、別に騎士の皆様が弱いというわけでは、断じてないのだけど。

(アン様、見かけはただの可愛い女の子なのよねえ……)

 華奢な少女に矜持を木っ端微塵にされ、涙目でぷるぷるする騎士たち。

 ミーネ様はこめかみを指でなぞった。


「…アン様の指導は、私と副将たちでするか……」

 それが良いと思います。




「それで、予定していた女性騎士たちによる指導は無しになって、ミーネ様と副将の方々に変更になりましたの?」

「そう……」

 私たちとのお茶会でそう報告し、ぺっしょりと耳を垂らして落ち込むアン様。


 一応言っておくと、サボりじゃないです。お茶会の練習です。


 元々、アン様の武術指導は、ミーネ様と最初に手合わせした女性騎士たちで担う予定だった。しかし、アン様が騎士たちの士気が下がりかねない勢いで圧勝してしまったので、急遽変更になったのである。


「皆様の負担を増やしてしまって、申し訳ないわ」

「…何事にも、想定外はございます」

「そうですの。それより、アン様はもっとマナーに気を遣ってくださいませ。ほらほら、手首の角度はもっと抑えめに!」

「うっ。き、気をつけるわ……」

 パイを一口分切ろうとして、マナーを指摘されるアン様。

 アン様の二年間の王妃教育は、八割がたマナーの練習になりそうです。



「セラやヘレンも武術を習得したりしているの?」

「ええ!わたくしは呪剣術を少々。剣と呪術を併用した武術ですの〜」

 え、何それ、聞いただけでもめちゃくちゃかっこいい……。

 ユラン様に頼んだら、見せてくれたりしないかな……。

「ヘレンは?」

「私は、シュゼイン流体術と、北部流暗殺術と、南部開拓術と、鉱国騎士隊格闘技と、凍岳武術と、砂海戦闘論を……」

 うん、とひとつ頷く。

「足して、七で割ったような感じです!」

「一より小さくなっちゃったわよ? いいの?」

 どれも、中途半端に齧っただけなので……。


 ミーネ様はわずかに首を傾けた。

「…独学か。…何か、きっかけでも?」

「私が学園に入ったばかりの頃、学園に不審な男が侵入するという事案がありまして……」

 すると、セラ様がぽんと閉じた扇子を手で受け止めた。

「そういえば、わたくしの入学前にそんなことありましたの。確か女子生徒を人質に取った後、すぐ捕まったとか」

「…あの一件で、ようやく学園側が軍部の介入を受け入れたと、父上がぼやいていた」

 ミーネ様が遠い目をした。王家と学園、仲悪いですもんね……。


「で、その女子生徒が、私です」

「そうでしたの!?」


 「今日の晩ご飯何かな〜」なんてのんきに歩いていたら、いきなり後ろから髪を掴まれて、首にナイフを突きつけられて。

 元々護身術に興味があって色々調べてはいたが、この一件で、改めて必要性を痛感したのだ。


 そう説明すると、気遣わしげにこちらを見るアン様とセラ様。

「まあ」

「怖かったでしょうに」

「…もしや」

 するとお二人とは対照的に、ミーネ様ははっとした顔をした。



「悲鳴一つ上げず武器を持った手にペンを突き刺し、ふりむきざまに横っ面を鞄で殴打し、急所を蹴り上げ、警備が止めるまで箒の柄で殴り続けた女子生徒というのは」


「私です……」

 あ、ご存知でらっしゃる……ですよね……。



 セラ様が口をあんぐり開けたまま固まった。

「え、お強い……」

「あらまあ、お手本にしたいくらい見事な返り討ちね」

「…」

 楽しそうに笑うアン様とぱちぱちと無言で拍手するミーネ様。

 言い訳すると、恐慌状態の私にさりげなく箒を渡して来た我が友も、大概だと思うんです。類は友を呼ぶと言われたら、もう反論のしようがないけども。

 あと、辞書を持って帰らないとできない課題を出してきた先生。


 苦笑して肩をすくめる。

「驚きすぎて悲鳴も上げられなかっただけで、内心はパニックでしたよ。侵入者が一人で武器もしょぼくて、助かりました」

「…無事で何よりだ」

 そう頷いたミーネ様が、ふと何か気がついたように呟いた。

「…そうか。各武術の、反撃と護身向きの部分を優先して習得しているのか」

「ご賢察です」

 ついでに、武門の友人協力で、型もいくつか作った。私はさほど運動神経の良い方ではないので、「条件反射で動けるようにした方が良い」という助言をもらったからだ。


 そう説明すると、お三方は三者三様の反応をした。

「……ええと?すごい、ですの?」

「…それはもはや、新種の流派では?」

「今度手合わせさせて!」

「お断り申し上げます」


 私まで瞬殺する気ですか。絶対嫌です。





 ミーネ様から何か伝わったのか、その日から、一部の武官の方が私を見かけると挨拶してくれるようになった。ちょっと嬉しい。


 但し、男性の武官には引き攣った顔をされる。何故に。


叩くべし、叩くべし、叩くべし。


お読みいただき、ありがとうございました。

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