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2. 殴りました



 微笑んだまま、まずは軽くジャブを放った。


「お父様。先日のパーティーの予算、いくらだったか、覚えておられますか?」

「は?」


 じわじわと、にじり寄る。


「私が提出した予算書に、『高すぎる』『無駄遣いだ』『もっと安くできないのか』と仰っていたのですもの。もちろん、覚えておいでですよね?」

「……きゅ、急に言われて、分かるはずがないだろう」

 そうですか、とだけ返事をし、続ける。


「では、先日邸にいらした、取引先の方の主言語は?」

「へ」

「気をつけなければならない言い回し、出してはいけない食材、避けるべき色は?」

「知るわけないだろうが!!」

 ブチ切れた父だったが、直後、ひゅっと息を呑む。



「まだお分かりになりませんか。私を『無愛想で口うるさい女』にしたのは、お父様です」



 いくら木端貴族でも、伯爵家当主ともなれば、仕事の内容は多岐に及ぶ。我が家は女主人が不在なので、余計に。

 パーティーの準備や采配ができないだけなら、まだ良い。でも、予算書はろくに見ない、取引先の文化も全く知らない、人前で下品に騒いで醜態を晒すなんて、貴族としてあり得ない。


(毎回毎回、誰がフォローしてると思ってるのよ。そりゃ口うるさくもなるわよ)

 愛想を振り撒く余裕なんか、皆無だ。


「わざわざ口にするのも烏滸がましいことですが、私はきちんと伯爵家のために働いています。『仕事もせず遊び回っている』?心外です」

 むしろ、倍近く働いてるわよ。三人しかいない侍女のうち二人連れて、外食だ買い物だなんだと遊び回ってるのは、そっちでしょーが。


 そんな言外の圧力を感じ取ったのか、父は二、三歩後退りした。

「だ、だが、しょっちゅう領地に遊びに行っているだろう」

「お祖父様お祖母様主催のパーティーの準備と、その采配のために呼ばれているだけですが? お祖母様はそういうことは、一切しませんからね。その都度、きちんとご報告していますよ?」

 ちくりと刺す。


 ……ああ、もしかして、あの祖母を見て育ったから、「貴族の女は穀潰しだ」とでも思っているのかしら?

 外交官である母の仕事にも、一切興味がないみたいだし。


 ますます冷たくなっていく会場の空気。慌てて言い繕う。

「だが、このまま一生家にいられても困る!!」

 うわあ、開き直ったわ。まあ、どうでもいいけど。これ見よがしにため息を吐いてみせる。

「だから、仕官する許可をいただいたんじゃありませんか。どうしてそんな話になるんです?」


 我がクォルナ伯爵家は、紛うことなき弱小貴族である。

 田舎の商人の三男だった祖父が、外交方面で功績を立てたことで授かった伯爵位。当然歴史は浅く、成り上がりと言われたら否定はできない。交易でそれなりに繁栄した領地を治めているが、浪費家の祖母と父のせいで常に貧乏。評判もあまりよろしくない。

 数少ない幸運は、借金はないことと、後継の兄さんが優秀なことくらいだ。


 そんな感じだったので、私は小さい頃から働きに出る気満々だった。

 伯爵家の実権を握る祖父は嫌がったが、祖母による私の養育費の横領を突くと、渋々許可してくれた。金を返せというのなら、祖母に請求すれば良い。

 父の許可ももらってルンルンで文官科に進級し、さあいよいよ王城の文官登用試験……というところで。



 この、ポンコツが、急に「結婚しろ」と言い出したのだ。



 政略結婚の必要でも出たのなら、まだ諦めがついたけど、そういうわけでもない。完全なる父の気まぐれだった。

 試験も、直前で勝手に辞退させられていて、あの時ばかりは泣きそうになった。


「放っておいても、勝手に出て行っていたのに。わざわざ引き止めておいて、邪魔者扱いとは……」

 思わず恨みがましい声を出すも、父は素っ頓狂な声を上げる。

「はっ?仕官? そんな許可は出していないぞ?」

 怒りと呆れを押し隠し、にっこり微笑む。

「いいえ。誓約書を作成し正式に許可をいただいております。……半年前に、お父様が破り捨てた書類だといえば、お分かりですか?」

 小首を傾げて問いかけるも、きょとんとした顔。そちらも覚えていないらしい。


(あー、やっぱりいつも通り、右から左に聞き流していたかー……)

 で、学園卒業近くなって「そういえばコイツ、邪魔だな。嫁がせよう」と。透けて見える思考回路に、ため息を吐く。


(まあ、あれはただの写しだから、破ったところでなんの意味もないんだけど)

 原本は王城法務部で管理されている。貴族子女の人生なんて周囲の意向次第だけど、誓約書まで交わした内容を違えることは、さすがに問題とされる。


(金にせよ恩にせよ、自分たちが微塵もかけてもいないものを、「返せ」とは、ね)

 どいつもこいつも、本当に図々しい。


 ぱん、と扇子を開く。

「社交の場での迷惑行為。職務怠慢。誓約書を毀損した上での誓約違反。挙句、家にも娘にも利のない婚約を結ぼうとする」

 そのまますすす……と顔の下半分を隠した。

「貴族としても親としても最低最悪の行動の数々、どう責任を取るおつもりで?」

 すると、父がさっと顔色を変えた。

「お前の幸せを願って良縁を探してやっている父に、なんという言い草だ!?」

 その言葉を、鼻で笑う。

「良縁?蔑み見下しながら? ……冗談でしょう?」

 悪口を言いふらすのは、家にとっても自分にとってもどうでもいい娘だというアピール。その上で婚約を探すというのは、「引き取ってくれるなら誰でも良い、どう扱おうと自分は関知しない」、と。


「そういうことでしょう? そんな前提で探される婚約の、どこが『良縁』ですか?」

 私の言葉に、みるみるうちに青ざめていく父。今更すぎる反応に、もはやため息を吐く気すら起きない。


 多分、父としては「婚約者探しのついでにちょっと愚痴った」程度だったのだろう。でも、周囲から見て、父の言動はそう解釈されている。

 もちろん、私からも。


「手に職をつけられるのも嫌、家に居られるのも嫌、良縁を得られるのも嫌」

 パチン!と扇子を閉じる。

「とても娘に幸せになって欲しい親の言動には、思えませんね」

 その言葉と同時に父に向けられる、招待客の皆様の非難がましい眼差し。


 うつむいて、ぷるぷると震える。



「……そ」

 そ?



「そんなことは、ちょっとしたうっかりだろうが!! お前は本当に!可愛げのない女だな!!」


 真っ赤な顔でこちらを指差しながら喚く。

 冷たく切り捨てた。


「他人様に散々迷惑をかけておいて、一言も謝罪できない人よりずっとマシです」


 本当、これに尽きる。



 最低限、絡んだ方とカイラム伯爵には謝らんかい。



お読みいただき、ありがとうございました。

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