表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/60

14. ユラン様とデート①


「よーし、エリオ〜。行くよ〜?」

『ぐるるる……』

 お尻を高いところでふりふりしながら、低く構える黒い子犬。


 ボールを持った手を右へ。小さな足が右へ向かう。

 今度は左へ。左へちょたた、と走る。


 フェイント……は、可哀想なのでやめた。振りかぶり、投げる。

「取ってこーい!」

『きゃわー!きゃわきゃわきゃわきゃわ!』

 短い尻尾をちぎれんばかりに振りながら、庭を駆けていく子犬。ふわふわの丸っこい後ろ姿が、大変眼福です。


 名前は、エリオにしました。性格はやんちゃでイタズラ好き。黒犬に雌雄はないらしいけど、なんとなく「イタズラ小僧」っぽいから、男の子の名前。


 空中でボールを見事にキャッチし、軽快な足取りで戻ってくるエリオ。

「よくできました! 良い子ね、エリオ〜!」

『きゃわ〜!』

 エリオと戯れていると、邸からセリナが出てきた。

「お嬢様〜、お手紙届きましたよー!」

「ありがとう」

 受け取ると、エリオが手元を覗き込んだ。

『きゅわん?』

「ん?気になる?」

 そう言って、うっかり近づけたのが悪かった。エリオは手紙の匂いを嗅ぎ……ぱくりと口に咥えてしまった。

「あっ、コラ!お手紙噛んじゃだめよ!」

『きゅむきゅむ』

「咀嚼もしちゃダメですって!」

「ヘレンちゃん、ちょっといい? ……エリオちゃん!!」

 セリナと二人、エリオから手紙を取り返そうと格闘していると、義姉さんが姿を現した。手紙を咥えて尻尾をフリフリするエリオを見て、笑顔で駆け寄ってくる。

「遊んでるの? 私も混ぜて?」

「あっ、じゃあそこのボール投げてください」

「分かったわ!そーれ、とっておいでー!」

『きゃわあ!』

 義姉さんがボールを投げると、手紙から口を離してボールを追いかけるエリオ。ほっとして手紙を拾い上げる。

「ありがとうございます……そういえば、用件は?」

「ああ、そうそう、使用人と警備員の採用なんだけど」

 エリオからボールを受け取り、再び投げる義姉さん。

「思ったより人数集まってね、選抜しないといけなくなっちゃった」

「そんなに」

「イワンの栄転が伝わっているみたいね」

 兄さんと義姉さんは先の宣言通り、新しい使用人の募集を始めた。思ったより募集人数が多くて驚いたけど、父が買い漁った宝飾品を売ったお金が、結構な額になったらしい。なんと買値より高く売れたものもあったそう。

 「この目利きを家のために使っていてくれたら……」とは兄さんの言である。

 義姉さんが三度ボールを投げる。

「うちの親戚と関係者だけに募集をかけたから、そんなに変なのは混ざってないはずだけど……。一応、ヘレンちゃんも面接に立ち会ってもらえる?」

「分かりました」

 自意識過剰にはなりたくないけど、我が家は次期外務大臣の家だ。そろそろ取り入ろうとしてくる相手を警戒するべきかもしれない。


 セリナがタオルを取ってきた。封筒から可能な限りでヨダレを拭き取ると、義姉さんが差出人に気がつく。

「ガラク侯爵令息から?」

「はい」

 ユラン様とは、先日謝罪の手紙を受け取ってから、ちまちま文通をしている。

 やたら社交辞令が多いのは気になるけど、手紙のやり取りは、素直に楽しい。分量も普通にしてくれたし。

 文通友達くらいにはなれた気がする、と鼻歌を歌いながら便箋を広げる。幸い甘噛みだったらしく、ちょっと文字が滲んだ以外は問題なく読めた。

「おでかけのお誘いですね。『先の二件の埋め合わせに』、と」

「あら!」

 ぱん、と嬉しそうに手を叩く義姉さん。

「そちらも順調なのね! 良かった!」

「う、う〜ん?」

 それは……どうだろう?




「今日こそは確実にデートを完遂します」

 当日、にこやかに現れたユラン様は、開口一番宣言した。

「ドラゴンが強襲しようが天変地異が起きようが完遂します」

「いえあの、その場合はお仕事にお戻りください……」

 冗談に聞こえないんだけど。そんな緊急事態に宰相閣下が不在じゃ、困るでしょう。何がって、国が。


 丁重にお断りすると、ユラン様はとろけるように笑った。

「ヘレン嬢はお優しいですね」

 そう言って手の甲にキスを落とす。……うん、やっぱりこの方、ちょっと変わってる……。



 開始早々不安になるも、ユラン様監修のおでかけプランは完璧だった。


 まずは、王立劇場で人気の舞台を観劇。

 次に、流行りのカフェで昼食。

 そして、可愛い動物モチーフの小物のお店でお買い物。


 ちなみに、全てユラン様の奢り。……お会計していたの、全く気が付かなかったんだけど……特殊技能………?


 「少し珍しい」という最終目的地に向かう馬車の中、払ってもらった分をどう返すべきか悩んでいると、ユラン様が口を開いた。

「そういえば、先日は良い物をありがとうございました」

「喜んでいただけたのなら、良かったです」

 先日、ぬいぐるみのお礼に、ユラン様にインクを贈った。多分ユラン様はものすごく良い物を使ってると思うけど、私も学園時代から愛用している品だ。

 そう伝えると、ユラン様は機嫌良さげに頷いた。

「道理で手紙の文字の色と似ていると思いました。もったいなくて、棚に飾っています」

「使ってくださいね……」

 あの三百枚近い手紙で、だいぶ消費したでしょうに……。あげた以上は好きにしてくれて構わないけど。


「ああ、そうだ。ヘレン嬢、黒犬をお連れですよね? 呼んでいただけますか?」

「はい。エリオ」

『きゃわっ』

 呼びかけると、鳴き声と同時に私の膝の上に黒い霧が集まり、子犬の姿になる。本当にどこに出かけても、知らないうちについてくるのよね……不思議……。

 ユラン様は「失礼」と一言断ると、つん、と人差し指でエリオの額を突っついた。

『きゅみっ』

「……うん、正常に機能しているな」

『?』

 振り返り、舌を出したままこてりと首を傾げるエリオ。首を傾げ返すと、ユラン様は小さく笑った。

「呪術の発動を確認させていただきました。問題無いようですね」

「な、なるほど……」

 そういえば、エリオを引き取る時に、辺境伯家から説明があった。

 確か内容は王族を傷つけないとか、王城のものを壊さないとか。魔物のエリオが人の中で生きるのに必要な制約を、呪術でかけてあるらしい。

「精霊やその性質が強い魔物には、呪術による制約は効果が薄いので、必要最低限ですが」

「そうなんですか」


 ……ん?

 「『王族』を傷つけない」? 「『王城』のものを壊さない」?


 ハッとして、馬車の窓に張り付く。


 前方に見えるのは、王都が王都たりえる所以、我が国の象徴の一つ。

「……最後の行き先って、王城なんですか!?」

「おや、気がつかれてしまいましたか」

 くすくす笑うユラン様。



 何が「少し珍しい」ですか! 国民の大半が一生縁のない場所ですよ!?




エリオは黒ポメの子犬、テオは黒ボルゾイのイメージ。


お読みいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ