13. 可愛い子犬、飼い始めました
というわけで、兄さんと一緒にお出かけです。
義姉さんはご実家に行っているので、不在。馬車に乗る直前まで、「私も子犬に会いたかった」と嘆いていて、迎えにきたお兄様(義姉さんの実兄)がものすごく気の毒でした。なんかすみません。
シュゼイラ辺境伯家に着くと、シュゼイラ辺境伯令息が迎えてくださった。
「ようこそいらっしゃいました、クォルナ伯爵」
「本日は急な訪問を受け入れていただき、ありがとうございます、シュゼイラ辺境伯令息」
「なんの。次期外務大臣閣下にご挨拶でき、光栄です」
「補佐に任命されただけですよ」
よそ行きの笑顔でさらりと応じる兄さん。
そう、兄さんは先日、外務大臣補佐に任命されたのだ。
慣例で、外務大臣補佐は先代か、次代の外務大臣が務めると決まっている。表向き謙遜しているけど、兄さんが次の外務大臣になることはほぼ確定だとか。大出世だ。体に気をつけて頑張って欲しい。
私と辺境伯令息も挨拶を済ませ、早速子犬の元へ案内してもらう。
「犬……といっても、その姿が気に入っているらしい、というだけなのですが」
「精霊に近い魔物だそうですね」
「ええ」
「辺境伯の黒犬」、その正体は……魔物だ。
とはいえ、危険は一応ない。シュゼイラ辺境伯家の祖先と何かあったらしく、それ以来、なんとなく辺境伯家の血筋に憑いて回っている。
あくまで「なんとなく」なので、シュゼイラ辺境伯家以外の人間も主人に選ばれる。主人を見つけた黒犬は、決して裏切らない、優秀な護衛になってくれるのだ。
辺境伯令息は、一つの扉の前で足を止めた。
「さあ、こちらが今回生まれた黒犬です」
扉を開けると、そこには親犬らしき大人の黒犬と、四匹の子犬がいた。
子犬特有の、柔らかな毛。全体的に丸っこい三頭身の身体。短い手足。つぶらな目。
「可愛い……っ!」
子犬たちはじっとこちらを見つめていたが、脅威ではないと判断したのか、すぐにじゃれあい始める。思わず一歩踏み出すと、兄さんに腕を掴まれた。
「ヘレン……あれは魔物だ。気をつけないと」
「う、うん」
「手を出さなければ大丈夫ですよ」
辺境伯令息の許可が出たので、二、三歩近寄り、しゃがみ込む。
『きゅわー』
『きゃわきゃわ』
短い手足でじゃれ合うも、丸っこいからころころ転がる。一匹でも、座ったままうたた寝してころん。親犬に毛繕いされて、またころん。
理想郷はここにあった……。
(何時間でも見てられる……)
恍惚としている私とは対照的に、兄さんはちょっと残念そうに呟く。
「うーん、私たち兄妹は、主人に選ばれなかったようです」
「ははは、まあ、辺境伯家でも選ばれる者は少な…………一匹足りない!?」
兄さんと話していた辺境伯令息が、突然、大声を上げて前に飛び出してきた。驚いて親犬の元へ戻る子犬たち。
「え?最初から四匹でしたよ?」
「今回生まれたのは五匹です。ああ、やっぱりいない……!」
……結構前からいないわね!?
周囲を見回していた令息が、青い顔で振り返る。
「申し訳ない、急ぎ残り一匹を探さなければなりませんので、一度応接間に移動……」
『きゅわ』
……明らかに、子犬たちじゃない方から声がした。
「……今どこから鳴いた!?」
「ヘレン!君の方からだ、服の裾とかに隠れてない!?」
「ええ?一体どこに……あ」
ドレスの裾からひょっこり顔を覗かせた子犬と、目が合った。
『きゃわ』
「いたーっ!!」
「いつのまに!?」
ばっと跪いた辺境伯令息は、子犬に向かってぱっと両手を広げる。
「こっちにおいで! 淑女の、しかもお客さまのドレスに入り込むな。な?」
『きゃわん』
しかし、それを嘲笑うかのごとく、華麗なターンを決める子犬。スカートの中に入り込む。
「バカバカバカ!!」
「えっ、ちょっ……どどどどうしよう、兄さん!?」
「とりあえず侍女を……いや、部屋を借りる方が先か……!?」
散々揉めて、半刻後、ようやく黒犬ちゃんが辺境伯家の侍女に回収されました……。つ、疲れた……!
「お騒がせして、申し訳ない」
騒ぎの最中帰ってきたシュゼイラ辺境伯は、ご子息に拳骨を落としたのち、丁寧に謝罪してくれた。ご子息、全然悪くないのに……不憫な……。
「ドレスは弁償しよう。お怪我はされていないかな?」
「お気遣いありがとうございます。私もドレスも無傷ですので、どうかお気持ちだけで」
「そうか」
すると、辺境伯は令息に抱えられていた件のやんちゃっ子の首根っこを掴み、こちらに見せた。
「そんな話をした後で申し訳ないんだが……クォルナ伯爵令嬢、こいつの主人になる気はあるかな」
『きゃわきゃわー』
こちらに向かって、短い四つ足をぱたぱたさせる子犬。肉球がピンクで可愛い……じゃなくて。
「あの、それは……妹が主人として選ばれた、ということでしょうか」
「ええ。……御手を拝借しても?」
両手を皿のようにして前に出すと、辺境伯は私の手の上で子犬を離した。子犬がころりんと私の手に収まる。
見かけ以上にふわふわ!!可愛い!!
手の上でうごめく子犬に感動していると、辺境伯は納得したように頷いた。
「すり抜けないだろう。黒犬は、精霊に近い魔物だ。主人と気を許した相手以外は、触れることさえできない」
「あ、本当だ……」
兄さんが触ろうとするも、霧に手を突っ込んだようになる。確かに手の上にいる感覚があるのに……不思議……。
「そいつがクォルナ伯爵令嬢を主人に選んだのは、確かだ」
「ですが……魔物の養育は大変だと聞きます。うちで十分な環境を準備できるかどうか」
兄さんがちらと子犬を見て言うと、辺境伯はふるふると首を横に振った。
「こいつらは普通の生物のような衣食住を必要としない。半分以上、精霊だからな」
「基本的には勝手に憑いて回って勝手に守ってくれるので、放置で大丈夫ですよ」
そう言われて、ぺしょぺしょと手を舐める子犬をじっと見つめる。すると視線に気がついたのか、ふと顔を上げた。
私の両手に収まるほど、ちんまりした体。
舐めている途中で顔を上げたせいか、舌は出したまま。
守る……?この子が、私を……?
(逆では……?)
するとそれが顔に出ていたのか、苦笑まじりに声をかけられた。
「こんなチビでも、暴漢数人程度なら問題なく撃退できるぞ。人語を解する程度には、頭も良い」
『きゃわ』
それを受けて、こちらを見ながらキリッ!とした顔をする子犬。確かに理解してるわね、これは。
やっぱり舌は、出しっ放しだけど。
子犬を手に乗せて、目をキラキラさせる私を横目で見て、兄さんがふっと笑った。
「……ヘレン、飼いたい?」
「飼う!!」
「分かったよ。詳しく伺っても?」
その後、いくつか説明と手続きを経て、子犬は無事、うちの子になりました。
手のひらに乗せた子犬と、目を合わせる。
「これから、よろしくね」
『きゃわっ』
「可愛がってやってください」
もちろんですとも。
この作品内では、「一刻=一時間、半刻=三十分」と設定しています。本来の「一刻」とは異なりますので、ご注意ください。
お読みいただき、ありがとうございました。