12. 二通の手紙②
「さて、と」
部屋に戻り、いただいたぬいぐるみを枕元にセッティングする。抱きしめて寝るんだ、楽しみ。
「うふふ……」
おっと、印章、印章。
鼻歌まじりに机に向かい、錠の付いた引き出しを鍵で開けると。
見覚えのない封筒が、一通。
思わず一度閉じてしまった。
心を落ち着かせたのち、改めて確認して、ため息を吐く。
「…… 相変わらず心臓に悪い……」
封蝋の紋章は、学園時代からの知人……友人?の家のものだった。
暗部が強い家だから、こっそり侵入して私の机の引き出しの鍵開けるくらい、なんてことないんだろうけど……。毎回見つけるたび、ヒュッてなるのよ……。
念のため印章が無事かだけ確認して、再度封筒を手に取る。
(ともあれ、仕事が早いのは助かるわ)
封を切り、便箋の一番上の文字列を見やる。
『ガラク侯爵第一令息についての調査報告』
「……」
ぱさ、と便箋を広げる。
私なんて、ガラク家の前では嵐に直面した木の葉くらい無力だし、兄さんを信用していないわけでもない。ユラン様も優しいし、誠実だと思う。
それでも、だ。
(一方からもたらされた情報だけで満足するのは……怖い)
警戒しすぎだと分かってはいるが、どうにも、ね。小心者の自覚はあります。
報告書を読み進める。
『ユラン・ジス・ガラク
現ガラク侯爵ユーフラティス・ジード・ガラクが第一子、第一令息。母親は現ガラク侯爵夫人、ガラク家御用達の商会・ロッド商会会頭の長女。父方の祖父は前ガラク侯爵、祖母は第十代国王陛下が第五十八子二十九王女、現アメシスト大公。父方の伯母は隣国タリーク教国が皇妃、ミラ・マイヤ・リザ・ガラク・デ・ルキアーノ(旧名:ミラ・リザ・ガラク)。
五歳の時、当時宰相だった父侯爵に連れられ、初めて王城に上がる。そこで当時第二王子であった現国王陛下と出会い、交流を深め、かの方の側近として仕え始める。
六歳の時、第二王子と共同で提出した感染症に関する支援策が議会を通り、未来の宰相としての頭角を表す………』
うん、この辺はおおよそ私が知っている通りだ。祝福と栄光に彩られた半生、約束された将来。
『十二歳で学園に首席入学するも、飛び級制度により十三歳で首席卒業。在学中はイワン・ゼルマ・クォルナ伯爵(当時は令息)、カイン・ラッド・カイラム伯爵令息、ゼノン・フォスター士爵などと交流を深める……』
あ、兄さんだ。こうして外部からはっきり認知されるくらい仲良いんだ。全然知らなかったわ。
「『素行不良の生徒からは、友人三人と共に学園の四災と恐れられ……』えっ、何の話!?」
兄さんたち、何やったの!?
前後の文章的に悪い意味ではなさそうだけど……後で聞いてみよう……。
ちょっとした衝撃はあったが、読み進める限り、問題のある人物と付き合いがある様子はない。全員、目標に向かって真摯に努力する、至極真っ当な方ばかりのようだ。友人関係のトラブルは、恐らくない。
次に異性関係は……。
「……白、ね」
真っ白と言っても良いくらい。
秘密の恋人がいて私をお飾りの妻にしようとしている……とかはなさそうだ。ちょっとホッとする。
というか、付き纏われすぎたせいで、女性が嫌いらしい。それ以前の問題だった。
(まあ、あの美形だからねぇ……)
ちょっと同情する。
あまりに女性を遠ざけるため、一時は男色であるとの噂もあったとか。さすがにそうだったら兄さんが気がつく……はずよね? た、多分。
『冷徹な自信家。完璧主義。毒舌だが、面倒見は悪くないので人望は存外厚い。但し、敵には容赦がない』
そこまで読んで、首を傾げた。……なんか、人物像が私の知っているユラン様と違う気がする。
(初対面も、求婚時も、お茶の時も、終始優しくて丁寧で、すこぶるご機嫌なユラン様だったけど……?)
まあ、面倒見は良いらしいから、その延長なのかしら。嫌いな女性相手でも、嫌いなりに誠実に接しようとした結果という可能性もあるし。
その後も、できるだけ少ない枚数で収まるよう、小さい字でびっちり書かれた情報を頭に叩き込んでいく。
読み終えて、うん、と頷く。
(……総合して、大きな瑕疵は無し)
むしろ、結婚相手として理想そのものと言っていいほど。兄さんとの関係強化が目的だと仮定しても、何故私……?
(とりあえず、ご迷惑をかけないように気をつけよう……)
決意を新たにしていると、報告書の最後に、『ガラク家はガードが固い、これ以上は前金が必要』とあった。軽く頷く。
(まあ、そうでしょうね)
私はこの友人から、翻訳の仕事をちょくちょく請け負っている。今回の調査は、その代金を数件分タダにするという約束でやってもらった。
対価に対して十分すぎる成果だし、友人の大事な部下を、私のわがままで危険に晒す気もない。
(後でお礼の手紙書こっと)
そう思いながら、報告書を畳もうとすると、紙面の余白、慌てて書き足したような走り書きで、こう書かれていた。
『ここ一週間ほどで、宰相の出費が倍増したらしい。元々が筆頭侯爵家の後継にしては質素なくらいだったから、それ自体は問題ないが、内容がどう見ても女への贈り物だ。
まさかお前、関係ないよな?』
……思わず、額に手をやってしまった。
「……関係、ありそうなんだよなあ……」
どう返事しよう、これ?
と、扉の外から、声がかけられた。
「ヘレンー、見つかったー?」
「! 今持っていく!」
扉越しに返事をしながら、報告書を封筒ごと燭台の火にかざす。
燃えやすい素材でできた紙は、あっという間に灰になっていく。全て燃え尽きた後、私は手についた灰を軽く払い、印章を引っ掴んで兄さんの元へ向かった。
お読みいただき、ありがとうございました。