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1. 殴っていいですか?(但し言葉で)

新連載です。よろしくお願いします。




「ーーー戯言は、終わりました?」

 






 煌びやかなシャンデリアの下。


 時が凍ったように、目の前の人が固まったのが分かった。









 皆様、ご機嫌よう。私はヘレン。ヘレン・サシャ・クォルナ。伯爵令嬢です。


 目の前で下品にも大口開けて、ワイン片手に私の悪口で笑っていたのは、残念ながら私の実の父親である男です。

 今は、ギクリとした半笑いでこちらを振り返っています。


 ここは、とある名門伯爵家のパーティー会場。決して下町の酒場ではありません。


 内心、深くため息を吐く。






 今夜私は、兄さんの友人家族に招待されて、この夜会にやってきた。エスコートは父。

 ぶっちゃけ私と父の仲はお世辞にも良くない。今日のエスコートもかなり嫌がられたし、正直私も、頼みたくなかった。


 ……が、父娘二人とも招待されているのに、二人ともパートナーなしは、外聞が悪すぎる。なんとか説得してエスコートしてもらったものの、中盤、酔っ払った父にワインをかけられてしまった。

(淡いグリーンのドレスに、赤ワインはさすがに……)

 そんなわけで、控え室をお借りし、着替えて会場に戻ってくると。


「ぎゃははは! いや、まったく、ほんとーに!」


 ……もう他人のフリして良いかしら。


 聞き覚えのありすぎる声に、思わずため息が出た。

 放っておくわけにもいかず、渋々行ってみると、父が気弱そうな下位貴族に絡んでいる真っ最中だった。

(何やってるのよ……)

 心底うんざりする。私の着替えている間にずいぶん飲んだようで、顔が赤い。


 貴族が、人前で外から見て分かるほど酔う時点で十分問題なのだが、父の愚行は続く。


「うちの娘は本当に愚図でして!」

 なんて、言い出したかと思うと。


「頭でっかちで、学園時代の成績しか誇るものがないのです」


「そのクセ仕事もせずに、フラフラと遊んで回って」


「何をするにも、あれをするなこうしろと口うるさくて」


「何が悲しくて、不細工な女をエスコートしなければならないのか」


「母親の身分も低いのに、見目まで悪いなんて、何の価値もない」


「まったく、親不孝な娘で困りますよ! ハッハッハッ!!」



 次から次へと出るわ出るわ、まあ、言いたい放題。最悪の空気である。


(確かに、私は女として魅力的とは言い難いけど……ねえ?)

 クールなダークブラウンでも、綺麗なチェスナットでも、可愛らしいバニラでもない、微妙な茶髪。なんとも言えない透明感のない、くすんだグレーの目。

 不細工とまで言われる筋合いはないけど、美人とも言い難い、そばかすの散った顔。

 凹凸の少ない体つき。すらっとした長身でも庇護欲をそそる小柄な感じでもない。

 小言が多い自覚もあるし、血筋も別に良いわけではない。

 すなわち、貴族令嬢として魅力的ではない。

 そんなことくらい、分かっているけど。



 この人は、「私の嫁入り先を探している」んじゃなかったのか。




 赤ら顔で笑いながら、ベラベラと機嫌よく喋り倒す父を、冷めた目で見つめる。


 多少下世話な話が好まれる顔ぶれならまだしも、主催のカイラム伯爵は、高潔な方だ。招待客も (父以外) 良識ある方ばかり。

 案の定、父の言動に眉を顰めていた。

 父に捕まっている方も、早く会話を終わらせたそうにしている。楽しんでいるのは父だけだ。周囲の皆様の気遣わしげな視線が刺さります……。


 聞く必要ないわ、とその場を離れるよう提案してくださったご婦人にお礼を伝え、怒りで冴えた頭で考える。

(これはもうダメね)

 完全に、パーティーをぶち壊している。

(カイラム伯爵を探して謝罪……いや、ここまで注目されているなら、もう誰かが呼びに行っているか。先に絡まれている方を逃さないと)

 ……そう、毅然とした対応をしないといけない。でないと、招待してくださったカイラム伯爵にも皆様にも失礼だ。


 背筋を伸ばし、気遣わしげにこちらを見る先ほどのご婦人に微笑む。


 そして私は、カツン!と靴音を立て、一歩前に踏み出した。




 ーーーそして、冒頭の発言に至る。




「で?終わったんですか?終わってないんですか?」

「……」

 父がこちらに釘付けになっている隙に、絡まれていた方に、ちらと目配せした。

 私の視線に気がつくと、申し訳なさそうにしつつもそっと父の前から離れた。上手く人混みに紛れられたようだ。胸をなでおろす。

(ご迷惑をおかけして申し訳ありません、あとで謝罪の手紙、送ります……)


 未だに黙ったままの父に改めて目を向け、そっと息を吐く。

「……私に思うところがおありなのでしょうが……続きは家に帰ってからにしましょう。もう随分酔っておられるようですし」


 カイラム伯爵と合流しないと……と考えつつ、周りに礼をして、踵を返す。すると、後ろで父が、拗ねたように呟いた。

「事実を言っただけだろう……」

 だから自分は悪くないと、そう言いたげな声音。


 顔だけ振り返ると、父はキョロキョロと周囲を見回していた。

 まるで、味方を探すように。


 思わず、笑みが深くなる。




(……ああ、本当に)

 馬鹿な人。




 父と目が合わないようにしている招待客の皆様。もう何度目か分からないため息を吐く。

(そうね。私の言うことなんて聞く人じゃなかったわ)


 正論を突然投げつけるのではなく、もっと遠回しに、丁寧に、上手くやれば良かった。相手は酔っ払いだし、カイラム伯爵の面子を考えると、多少面倒でも、対処は最大限気を遣うべきだった。

 でも。


(どうして、コレにそんな労力を使う必要が……?)


 父にも言い分があるように、私にも言い分はある。ただ、この場で言わなかっただけ。

 そもそも私は、一方的に悪意を撒き散らす相手に優しくできるほど、穏やかな性格をしていない。



 本当なら、父が次のターゲットを見つける前に、一発ぶん殴ってでも退場させるべきなのだろう。

 しかし、生憎私は、細腕のか弱い乙女なので。


(なら、言葉で殴ってもいいわよね?)

 どうせ、誰か父を止められる人が来るまで、この男が他の方に絡まないよう引き留めておかないといけないし。



 カツリ、と体ごと改めて父の方を向いた。

 ヒュッ、と父が息を呑む。



 そんな顔しなくてもいいのに。

 可愛い可愛い娘と、ちょっぴりお話ししましょ?




お読みいただき、ありがとうございました。

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