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河豚と牡蠣

作者: エチュード

 「河豚は食いたし命は惜しし」という諺がある。「美味なフグは食いたいが、その毒にあたって死ぬのはいやだ」ということ。つまり美味しいものは食べたいが、それによって何かの弊害が起こるのは嫌だというたとえだ。


 食べることは大好きな私だが、幸か不幸か河豚の美味しさというのがあまり解らない。不味いとは思わないが、価格に対して、味はそれほどでもないような気がする。といっても、これまでに数えるほどしか食べたことはないが。旅行で山口県へ行った時には、河豚尽くしだと言って、生の物から揚げ物まで一通り食べる機会があった。でも、その時にも特別美味だとは思わなかった。鍋物にするならアンコウで良いし、揚げ物なら鱚の天ぷらだって、素材や作り方次第で美味しくなる。などと言えば、高価な河豚に失礼になるだろうか?まあ、私が庶民の舌しか持ち合わせていないからかも知れない。

 もう一つ、美味だと称賛される松茸についても、これまたそれほど美味しく思えないのはどうしたものだろう?「香り松茸味しめじ」と言われるが、あの香りもあまり好きではない。キノコなら椎茸か舞茸が美味に感じる。

 こうなると愈々経済的であることを、自分の舌に感謝しなければいけない。


 だから、河豚はそれほど食べたいとは思わないが、食べた後のことを考えて、食べるのを我慢することはよくある。それはケーキなどの甘いものや、ラーメンなどの麺類だ。これらを食べると、次の日に必ず体重が増える。蕎麦は小麦粉ではないから低カロリーなどと言われるが、個人差があるのか、私の場合蕎麦の方が饂飩よりも体重に響く。だから、体重を気にするあまり、食べたくても食べられないモノは山ほどある。


 しかし、体重意外に諺が意味する類の食べ物も、すぐに思いつくものでは一つある。それは牡蠣だ。冬になると店頭で目にする「海のミルク」と呼ばれるあの牡蠣である。あれこそどんな料理に使っても美味しい。

 子供の頃、父親が晩酌をする時のおつまみに、酢牡蠣が出ていることがあった。見た目には気持ち悪かったが、父が食べているものだからと、信用して食べさせてもらったところ、子どもの口なのにこれがとても美味しかった。他にも鍋物に入れたり、牡蠣フライにするなど、どれも美味しく大好物になったものだ。


 ところが、そんな好物の牡蠣を、好んで食べられなくなる事態が起きてしまう。もう十年以上も前になるが、牡蠣の毒にあたったことがあったのだ。知人から殻付きの牡蠣を沢山頂いたので、家族で焼いて食べた。一人分が数個ほどもあったと思う。貝の場合、熱が通ったかどうかは、分かり易くなっている。それで、あまり気にもしないで、沢山の牡蠣を家族全員で全て平らげた。今思い出そうとしても、その時の牡蠣の味が、その後の出来事にかき消されてしまって、全く思い出せない。食べた時点では、牡蠣に対する気持ちに変化はなかった筈なのだが…。


 食べた次の日は大丈夫だった。しかし、その次の日。夕食の前だったか後だったか定かではないが、二日目の夜から闘いは始まった。最初は気分が悪いくらいだったのが、その後発熱、頭痛、吐き気、嘔吐、下痢などの症状が一斉に襲ってきた。家族の中でも個人差があって、もっと早く具合が悪くなった者も居たが、症状はだいたい同じだった。でも私が一番酷かったような気がする。そして、それは三日間ほど続いた。何も食べることができず、水分を摂取するだけの三日間だった。


 その後はおかゆなどを、少しずつ食べることができるようになったが、症状の中でも長く続いたのが、吐き気と気持ち悪さだった。テレビのCMで、食べ物が出てくるだけでムカムカした。だから、食欲もなかったのだが、不思議なことにヨーグルトだけは、いつも以上に食べたくなった。いつもは一個食べている小さい容器のヨーグルトを、毎日三個くらい食べていた。体が腸内環境を正常に戻そうとしていたのだろうか。食べ物を見ると気分が悪くなり、ヨーグルトとおかゆなどを食べる生活は、ほぼ一か月ほど続いた。さすがに当時は、げっそりしていたようで、他人に指摘されたり、自分でもスカートのウエストが、緩くなったと感じていた。その後は徐々に食欲も出て、普通の生活になっていった。それと共に、ヨーグルトに対する異常な欲求もなくなった。スカートのウエストが、元に戻ったのは言うまでもない。


 以来牡蠣を見ると、一瞬考えてしまう。食べたい気持ちは山々なのだが、大丈夫なのだろうかと。だから、さすがに生牡蠣は、食べたくても我慢するようになった。熱を通したものは食べるが、牡蠣フライやグラタンなどを自分で調理をする際には、必要以上に熱を加えないと気が済まない。本当は熱を加えすぎると、硬くなって美味しさが半減するのだが、安心には代えられない。「牡蠣は食べたし…」である。

 

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