第118話 赤点回避
「さっきはごめんね」
紗奈が千恵美達との会話を楽しんでいると、朝、登校した時に「昨日見かけた」と声をかけてきた女子の一人が、わざわざ謝りに来てくれた。
「気にしないで。今まで内緒にしてた私も悪いし……」
気にかけてくれる人もいる。それがわかっただけでも、紗奈は充分嬉しかった。
「あの……。山寺くんの言ってた事って違うよね? 七夕祭りの紗奈ちゃん、幸せそうだったもん」
彼女は、桐斗に影響されてしまっていたらしい。紗奈と桐斗のどちらが正しいのかわからなくて、板挟みになって、彼女の表情は揺れていた。
「お付き合いを内緒にしているのは、私と彼が決めた事。でも、彼との時間はとっても幸せだから。隠していても大丈夫なの」
「そ、そっか。そうよね。ごめんなさい」
彼女はパッと頭を下げると、パタパタと走って友達の元へ合流していく。紗奈はほっと息をついて、悠の顔を思い浮かべた。
「大丈夫?」
「うん」
「それにしても、あの人って本当に傲慢ね。紗奈ちゃんを自分のものみたいに……」
「あの人」とは桐斗の事だろう。いつも温厚な美桜の顔が嫌悪で歪んだ。
「私、彼に執着されるような事をしたのかな」
紗奈は今朝の出来事だけで、もう疲れてしまった。落ち込んだ様子で悩んでいる。
「多分、理由なんかないよ。あいつは、君の容姿を見て自分のものに相応しいと思った。きっとそれだけだ。逆に言うと、自分みたいな人間には、君のような美しい人間が相応しい。彼女は自分のものになるべくして生まれてきた存在だ。とでも思っているんだろうね。本当、気分が悪い」
春馬がそう言った。春馬も美桜と同じく、珍しく嫌悪の色が滲んでいる。
「俺は、似た理論で言うならば、君の恋人こそが相応しいんだと思うけどね。見てくれだけじゃなく、心も全部。君達二人の笑い会う姿を見ていたら、誰だってそう思うはずだよ」
「そうだよな。あんなに仲睦まじいんだからさ」
「なるべくしてああなったって感じの二人だもんね」
そう励ましてくれる。紗奈は友達の優しい言葉に、元気を取り戻した。寧ろ嬉しくなって、ニコッと微笑むと、「ありがとう」とお礼を伝える。
。。。
あれから一週間程が経った。
最近は桐斗の様子も大人しい。しかし逆に、千恵美と菖蒲が騒がしかった。
「期末赤点取りそうっ……!」
「そしたら夏休み補習じゃん! やだあっ!」
と、二人で頭を抱えているのだ。喚くばかりで、勉強の手は全くと言っていいほど進んではいない。
「まだテストまで二週間あるじゃない」
「無理だ。俺、授業の内容ほとんど覚えてねえもん」
「嘘でしょっ!?」
中学時代、そこまで成績の悪くなったはずの菖蒲が頭を抱えているので、紗奈は驚いた。
「立花は塾だから教えてもらうのも難しいし。小澤はスパルタだから嫌だし。紗奈は雑だから言ってる事わかんねえし……。終わったぁ俺の夏休みぃ……」
「スパルタで悪かったね」
悠の声だ。悠は、たまたま一組の教室前を通りかかっていた。そして、菖蒲が頭を抱えていたので、つい気になって中まで入ってきていたのだった。
寛人を連れた悠が、呆れ顔で菖蒲を見下ろしている。
「中間の時みたいに優しーく教えてあげようか?」
軽く口端を引き攣らせて、悠は言った。
「嫌だ。菊川、助けて」
「俺は教えてもらうつもりだよ。一緒に犠牲者になろうよ」
寛人は爽やかないい笑顔で、親指を立てている。
「犠牲って言わないでくれる? 教えてあげてるのに!」
菖蒲と寛人は体育の授業で話すのか、妙に仲がいい。しかし、紗奈は寛人と話すのは体育祭の練習の時以来。あれきりだった。
寛人が紗奈をチラッと見ると、ニコニコと笑って挨拶をしてくる。
「俺、寛人だよ。よろしくねー」
「う、うん。私、北川紗奈。よろしくね」
ニッコリと笑って挨拶をしてくれたので、紗奈はほっとして挨拶を返した。
「とにかく頑張ろうよ。ほら、夏休み入ってすぐの学校主催の交流会も、補習があったら出れないだろ?」
と寛人が菖蒲に向き直って言うと、「ぐぬぬっ」と菖蒲が悔しそうに悠を見上げた。
「お願いします」
「うん。スパルタがいいみたいだから、頑張るね」
悠は根に持っているようで、ニッコリと笑って菖蒲の手を取る。絶対に逃がさない。と手を握る強さが物語っていたので、菖蒲は小さく「ひっ」と悲鳴をあげる。
「そう言えばさ。交流会って何するんだろうね?」
「合宿と同じ感じらしいよ。そこそこいいホテルで、会議室でオリエンテーションとか、レクリエーションがあって、あとはみんな自由に街を練り歩いたり、遊んだりとか」
と菖蒲が言う。部活の先輩に聞いたのだそうだ。
「場所は千葉だったっけ?」
「そうそう。遊園地、行きたいよね!」
交流会は合宿よりも長く、四泊五日だ。出席は自由で、現地集合の現地解散。お金も自腹だから参加しない人も多数いる。それでも、紗奈達はせっかくだから。と参加させてもらう事にした。
そんな楽しみのためにも、菖蒲と千恵美。それから寛人はみっちりと勉強を頑張る……と言うよりかは、悠によって頑張らされるのだった。
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