第117話 不成立な会話
七夕祭りの翌日。紗奈が教室に入ると、普段なら会話をしないはずの女子生徒達に、急に囲まれてしまった。
「ねえねえ、昨日の七夕祭りっていたよね?」
「え? うん……。菖蒲くん達と行ったよ?」
「途中からは…俺ら、別行動だったけどな」
当然、一緒に登校してくる菖蒲も巻き込まれたので、驚いて少々たどたどしくなった。菖蒲だけなら逃げられそうだが、後で紗奈に恨まれるので近くに待機している。
「紗奈ちゃん、男の人と二人で歩いてなかった?」
「私、見ちゃった。手を繋いで歩いてるとこ」
それで話しかけてきたようだ。紗奈はドキリとして菖蒲に助けを求める。しかし、菖蒲にも流石に助けることはできなかった。完全に目撃されているのだから、言い訳のしようも無い。
「紗奈ちゃんって恋人いたの?」
「だから山寺くんに靡かないんだねえ」
今紗奈の周りを囲っているのは、桐斗の事はかっこいいとは思うが、囲って持ち上げるほどでは無い。といった女子達だ。
普段は桐斗の取り巻きに睨まれるのが怖くて、紗奈とも距離を置いている彼女達。しかし、今日は一味違った。紗奈の桐斗に対する態度にもきちんと理由があったのだから、紗奈を悪く思ったりしない。
「えっとぉ……」
桐斗がこちらを睨んでいる。黙ってはいるが、獲物を狙うような視線が痛かった。
「て言うかさ、あの人って芸能人だったりするの?」
そう言われて、紗奈はピクっと体を揺らして後ずさってしまった。
「やっぱり? どこかで見た事あると思ったんだよね。でも、誰かはわからないんだあ」
写真で前に見た子役時代の悠と、前髪をあげた悠は、確かに面影が残っている。本人なのだから当然と言えば当然だが、もうメディアには出ていないはずなのに何故……。紗奈はそう思って、戸惑った。
「だから今まで内緒にしてたんだ! 北川さんって可愛いもんね。芸能人まで落としちゃうなんてやるう」
「あの…違っ……」
ヒートアップしていく女子生徒達に、紗奈はなんて言えばいいのかわからない。否定したいのに出来なくて、更に戸惑ってしまった。
「あ、あいつ…別に……」
横で菖蒲も口を挟もうとしているが、興奮している女子生徒達には、彼の言葉は全く聞こえないらしい。
「あー……」
菖蒲は途中で諦めて、紗奈を困ったような、心配そうな表情で見つめている。
「こらこら、君達。彼女が困っているようだよ?」
助けてくれたのは、まさかの人物だ。桐斗がニコニコと紗奈と女子生徒達の間に入る。
「あ、ごめんね。北川さん……」
「紗奈ちゃんと喋るの初めてだったし、興奮してた」
紗奈の様子に気がついて、女子達は気まずそうに謝ってくる。紗奈はそれにブンブンと首を横に振って、説明をした。
「ううん、いいの。あの、その……あの人は芸能人って訳じゃなくて。上手く言えなくてごめんなさい」
「そうだったんだ。本当、ごめんね」
「良かったら今度、彼の事聞かせてね」
と言って解散していく。紗奈はホッとして、少しだけ警戒するように桐斗を見た。
「ありがとう……」
「いいえ? ところで…その彼に困っている事があるなら、相談に乗るよ?」
本当に感謝をしていた。のだが、桐斗の表情は思わず後ずさりしたくなるほど、歪んでいた。
「え?」
「人に言えないなんて、何か訳があるんだろう? 本当は俺に惚れているのに……。優しいから彼のために素っ気ない態度を取っていたんだね。今まで気づけなかったけど、言ってくれれば助けてあげる」
歪んだ態度にも、紗奈は後ずさりをしてしまいそうな程に驚いたし、不快感を覚えた。
山寺桐斗は何を言っているのだろうか。どうしてここまで紗奈に執着するのだろうか……。
紗奈は別の意味で、怖くなって足が竦む。
「おい! お前、何言ってんだよ!」
「君は黙っててくれる? 幼なじみのくせに、彼女の助けにもなれない能無しは引っ込んで」
「紗奈とあいつは別にっ……!」
菖蒲が怒ってくれたから、多少は冷静になれた。菖蒲の腕をキュッと掴むと、紗奈は口を開く。
「私は彼のことが大好きなの。みんなの興奮を鎮めてくれたのは感謝してるけど……。私の大切な人を悪く言わないでっ!」
紗奈にとって、悠を悪く言われるのが何よりも嫌だった。悠は素敵な人だ。優しくて、自分のために努力をしてくれる。変わろうとしてくれる。トラウマがあって、逃げたいはずなのに…克服しようとしてくれている。
紗奈はそんな悠のことが大好きだから、悠のことを悪く言われるのは耐えられない。
「君は本当に優しいんだね? そして素直じゃない。まあ、いい。俺以上に君を守ってあげられる人はいないんだよ」
話が通じない。そんな横暴な態度なのに、彼の周りにいる人は洗脳されているかのように彼に甘かった。彼を信じていた。
突然、異様な空気に包まれてしまったのだ。
紗奈は、悠が悪者になってしまう……。と泣きそうに、悔しそうに歯噛みするしか出来なかった。




