第116話 願い事
出店でお昼ご飯だけ食べて、あおいが音久の控え室に会いに行ったので、菖蒲は予定通り、悠と紗奈を二人きりにする。
「俺で悪いけどね」
と菖蒲が言うと、瀬奈はフルフルと首を横に振った。
「いえいえ。近くでイチャついてるの見たかったけど、邪魔になるって言うんなら仕方ないっすよね」
ニコッと笑う瀬奈は可愛らしいが、やはりどこかボーイッシュな雰囲気が抜けない。菖蒲と並ぶと彼氏彼女ではなく、兄弟のようだった。それでも、瀬奈は女の子、菖蒲は眉を下げて笑みを返すと、質問する。
「まあ、レディーファーストってことで、君に合わせますよ。どっか行きたいとこある?」
「それなら射的やりたいっ! 先輩、行こいこ!」
瀬奈は性格上、誰が相手でも尻込みしないので、菖蒲の腕をグイグイと引っ張っていってしまう。
「元気だね。瀬奈ちゃん」
「だろ? もうちょっと女の子らしく出来ないもんかなあ」
悠はまた苦い顔をしている。いくらでも小言が出てきそうだった。
「ふふ。本当の兄妹みたい」
「従姉妹だし、似たようなものかなあ」
くすくすと笑い合うと、せっかく二人きりで回ることが出来るのだから。と手を繋いで歩き出した。
。。。
紗奈と悠は、出店をいくつか見て回った後、笹の葉に願い事をかけられると言うので、そのブースに立ち寄った。
「願い事か。どうしよ」
「よし」
先に書き終わったのは紗奈で、短冊を見てニマニマと笑っている。どんな事を書いたのか気になって、悠はチラッと紗奈の持っている短冊を覗いた。
「立花さんと紗奈、本当に仲良いよな」
紗奈の願い事は、「親友の恋が上手くいきますように」だった。
「うん! 悠くんはまだ悩み中?」
「うーん……。色々ありすぎてさ」
過去を克服できるように。とか、紗奈とずっと一緒にいたい。とか。菖蒲にも春が訪れるように。とかとか。どうしようかと、悠はつい長考してしまう。
「そしたら、悠くんの願い事がぜーんぶ叶いますように。も付け足そうかなあ?」
「ふふ。欲張りだね」
あんまりにも可愛らしいことを言うものだから、悠はつい笑みを零した。
「欲張りだよ。欲張りでもいいの。全部叶えられるように、頑張ればいいんだよ!」
「……そうかもね」
紗奈の笑顔が眩しくて、悠も自然と笑顔になる。書きたい願い事は決まった。それを書くと、紗奈の手を取ってこう言った。
「飾りに行こう?」
「うん!」
笹の葉に二つ、横に並べて飾りつけてもらう。飾るまで見えなかった悠の願い事を見て、紗奈は「ふふっ」とまた笑顔になる。
「私もそう思うよ」
「うん。紗奈の笑顔が可愛いから。書いちゃった」
笑う紗奈の頬に軽く手を添えて、悠も微笑む。そして短冊に書いた事と、同じ事を願った。
(大切な人達がずっと笑顔でいられますように)
と。
。。。
七夕祭りの演奏は綺麗だった。まるで天の川が脳裏に浮かぶような、そんな綺麗な音色で、あまり音楽に興味の無かった瀬奈や菖蒲でさえも黙って聴き入っていた。
「凄かったね!」
「な! 前に聴いた時よりもめっちゃ上手くなってた!」
「ありがとう」
演奏が終わったあと、音久は楽器管理のために本当はすぐに帰らなければならないのだが、少しだけ紗奈達の前に顔を出してくれた。照れくさそうに笑っている。
「小澤くんの従姉妹さんも、見に来てくれてありがとう」
「いえいえ! 本っ当に演奏凄かったです」
「そう言って貰えると、練習したかいがあるね」
初対面の瀬奈とも、軽く挨拶だけ交わして、音久は名残惜しいけど。と楽器を置きっぱなしにしている控え室まで急いで戻っていく。
音久と別れてからも、演奏の感動が抜けないのか、紗奈達は口々に感想を言い合っている。
駅に着くまでは全員が興奮状態だった。特に、瀬奈と菖蒲は随分と仲良くなったらしく、別れ際も楽しげに盛り上がっている。
「菖蒲先輩! 今度は一緒にゲームしましょー!」
「おう。任せろ。FPSの腕前見せたるよ!」
「楽しみです! また連絡しますねー!」
本当に、随分と仲良くなったようだった。いつの間にか、チャットのIDまで交換していたのだ。
「気をつけて帰れよ?」
「まだ明るいし平気だって! 悠にぃ、バイバイ!」
「はいはい。またな」
瀬奈だけが別方向なので、ここでお別れだ。手を振りあって、三人はまた七夕祭りの感想を話しながら、改札を通った。




