第102話 保健室にて
試合中、何回かボールを打ったのだが、案の定紗奈は打ち方が悪く、腕を痛めてしまう。
「うぅ……」
「大丈夫?」
あおいによしよしと慰められ、紗奈は大袈裟に「ぐすん」とあおいに甘えた。それが出来るのは、まだあおいや悠にだけだったから。
紗奈はあおいに撫でてもらって満足すると、赤くなった腕を見つめてから断りを入れる。
「私、ちょっと保健室で湿布貰ってくる」
「うん! 一人で大丈夫ー?」
「平気!」
紗奈は先生にも一言断って、保健室に向かう。途中で桐斗が「連れていこうか」と言ったが、当然紗奈は断った。
「あれ……?」
体育館から校舎の廊下に出ると、悠が窓際で風に当たっているところに出くわした。
悠も当然、紗奈の存在にはすぐに気づいてくれる。
「北川さん。どうしたの?」
周りに人はいないが、念のため悠は紗奈の名前を呼ばない選択をした。紗奈は一瞬だけど寂しそうに眉を下げたが、すぐに気を取り直して悠を見つめる。
「バレーで腕、痛めちゃった。今から湿布を貰いに行くところなの」
紗奈は苦笑しつつ、赤くなった腕を悠に見せた。
「そっか。保健室まで一緒に行くよ」
紗奈の寂しそうな顔を見逃さなかった悠が、間髪を入れずにそう言った。
「本当? えへへ。ちょっとだけラッキーだ」
さっきまでブルーな気持ちだったのだが、紗奈は悠と一緒にいられるのなら嬉しいかも。と思い、小さく笑った。
悠には苦笑されてしまう。
「腕痛めたのにラッキーでは無いでしょ」
「そうだね……」
学校だから、お互いの歩く距離は少しだけ離れている。それでも、隣に好きな人がいてくれるだけで、紗奈の心は暖かかった。
「失礼します」
保健室に入ったものの、先生はいなかった。飲み薬以外の、湿布や絆創膏は生徒だけでも使えるので、記録用紙に使った事を書いて、悠が紗奈の腕に湿布を貼ってくれた。
「冷たっ!」
「我慢して。はい、出来た」
「…ありがとう」
悠が綺麗に貼ってくれた湿布を眺めて、紗奈ははにかむ。
「どういたしまして。一緒に帰ると何か言われるだろうし、紗奈。先に戻ってなよ」
本当は送りたいし、一緒にいたい。そう思っているから、悠の顔は自然と眉が下がって、寂しそうな表情になってしまった。さっきの紗奈に似た表情だ。
顔は前髪で隠れているはずなのに、紗奈にはそれが正しく伝わった。
「悠くんは、何かあった?」
紗奈の言葉にピクっと悠の表情が動いた。
確かに、何かはあったのかもしれない。悠はそう思って、拳を握る。何故なら、それは普通の人にとってはなんでもない事で、寧ろ……嬉しい事なのだろう。
「俺、さっきの試合で四回シュートを決めてるんだ」
「うん! 見てたよ! 凄かったね」
一番活躍していたのが悠だったので、彼はよく目立っていた。
「チームの人にもそう言われた。凄いって…やるじゃんって囲まれたんだ」
「悠くん……」
目立つのが苦手な悠だから、紗奈にも悠が落ち込んでいる理由がわかってしまった。
「嬉しい言葉のはずなのに。きっと、純粋に褒めてくれただけなんだろうに……。裏がある気がして、素直に喜べなかったんだ。昔を思い出したら、みんなの顔を見るのが怖かった。」
悠の顔が泣きそうに歪む。
体育祭の頃から、悠はクラスにも仲良くしてくれる人が増えた。最初は嬉しい気持ちの方が強かったはずなのに、今は純粋に喜べないのだ。どこか心の中で疑ってしまう自分がいる。そんな自分が、悠は物凄く嫌だった。
「情けないな……。こんなんじゃ、いつまで経っても紗奈の隣に立てない」
クシャッと自分の髪を乱して、悠は悔しそうな顔をする。そのまま後ろのベッドに無気力に、崩れ落ちるように座った。
「悠くん」
落ち込む悠を、紗奈は優しく抱きしめる。小さい子にするように…優しく、優しく、悠の頭を撫でた。
「紗奈……?」
急に抱きしめられて驚いたが、段々心地よく感じて、悠は紗奈の柔らかな胸に身を預ける。
(なんだか昔を思い出す……)
紗奈の胸は落ち着いた。小さい頃、落ち込んでいた時に母親に抱きしめられた記憶が、悠の脳裏に浮かんでくる。
「ごめんね。こんな彼氏で」
「こんな。じゃないよ? 悠くんが頑張ってるのは、私のためだもの……。悠くんは私の素敵な、自慢の彼氏なんだよ?」
紗奈の抱きしめる手が、一層強まった。
「でも、私も悠くんのいい彼女でいたいから。辛い時はいつでもギューってするよ。いつでも駆けつける! だから、疲れたらたまには甘えて欲しいなあ……」
「……ありがとう」
そうしていると、保健室なので当然、養護教諭が帰ってくる。そして、紗奈と悠は叱られてしまった。
女子生徒の胸に男子生徒が顔を埋めているのだから、言い訳なんて出来るはずもなかった。
「「すみません……!」」
事情を話したおかげで罰は与えられなかったが、説教はそこそこ長かったので、正座をさせられた二人は、足を痺れさせる事になったのだった。




