第90話 張り切りすぎた体育祭
練習初期は最下位だった徒競走リレーも、段々と順位を上げていって、今はなんとか二位にまで順位が上がっていた。
特に紗奈は、宣言通り頑張った。全然抜かせなかった青組のチームを、紗奈の足で抜かせるようになったのだ。
そして、今日は体育祭当日。「今日こそは一位になりたい」と、紗奈はそう意気込む。それに……。
「今日頑張ったらご褒美だ」
「ふふっ」とご機嫌な様子で、紗奈は笑う。
「いいなあ」
「ラブラブだね……」
千恵美と美桜はこそこそと話している。後から、ご褒美の内容が悠からのキスだと知ったのだ。
「これより第四十二回、私立谷塚高等学校の体育祭を開会いたします」
スピーカーから、教頭先生の声が聞こえてくる。開会式での長い話と、全体で行う準備運動を終えたら、早速最初の種目だ。
初めの種目は、紗奈がじゃんけんで負けてしまった玉入れだった。
「頑張れー!」
当然、紗奈はクラスメイト達と混ざって、声援を送っている。紗奈の声援の効果は凄まじいもので、玉入れに参加している男子生徒達がこぞって張りきり、見事一位を勝ち取った。
「凄い! うちのチーム、二位との差が二十個もあるよ!?」
自分の声援のおかげだとは全く思っていない紗奈は、興奮気味に隣にいた菖蒲の肩を叩いている。
「はいはい。凄いから、痛てーよ」
「あは。ごめんごめん……」
紗奈が苦笑して謝ると、菖蒲は軽くため息をついて、「いつもの事だしなあ」と呟いた。
「ごめんね。菖蒲くん」
「いいよ。もう慣れた。それより、もうすぐ全体種目だろ? 俺らも並ぼうぜ」
「あ、そうだね! よーし、私も頑張るよ!」
紗奈が出る最初の競技は、全体種目である大玉送りだった。
練習中には一度も大玉に触れることが出来なくて、周りにいる生徒達に助けて貰っていたのだが、今日こそは自分も活躍したい。と、紗奈は意気込んだ。
そして、張り切りすぎていた紗奈は、大玉を自らの手で送ることが出来たのはいいが、勢い余って背伸びをしたせいで、周りの人に押されて足を捻らせてしまった。
「きゃっ……」
元々揉み合いになりやすいこの種目だ。紗奈の様子には誰も気がついていない。
紗奈は、種目が終わった後も誰にも言わずに、平静を装った。せっかく練習を頑張ったのに、このまま棄権になるのは嫌だったからだ。足を痛めたと知られたら、徒競走に影響が出ることは明らかだった。
幸い、その徒競走までは紗奈が出る種目は無いので、出番まで安静にしていられる。痛みも引くかもしれない。紗奈はそう思った。
「大丈夫……」
紗奈はそう呟いて、また気合いを入れ直した。
紗奈が頑張るのは、ご褒美のためだけでは無い。
悠だって、嫌な事や怖い事を乗り越えようとしている。悠がずっと頑張ってくれているのだから、紗奈も胸を張って悠の隣に立てる女の子になりたかった。
紗奈は、本物のお姫様のように、ただ守られるだけではいたくないと思っている。童話の中で出てくるお姫様は、みんな心優しく強いのだから、紗奈だって強くなりたいと思うのだ。
。。。
いくら気合を入れ直しても、痛みはどんどん強くなっていく。安静にしていたのだが、どんどん足首ぎ熱を持っていくのを感じた。
もう少しで紗奈達一年生の徒競走が始まってしまう。その前に。と思って、紗奈は校舎付近にある水道の足洗い場に向かった。
「ちょっと、御手洗に行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
そう断って足洗い場に来たはずなのに、悠が後からそこに合流して、声をかけてきた。
「やっぱり、結構腫れてるじゃん」
悠にバレてしまった。紗奈は驚いて、焦ってしまう。ウロウロと視線をさ迷わせてから、紗奈は小さな声でこう聞いた。
「なんで?」
「え? なんでって、大玉の時に足捻ってたでしょ」
「見てたの!?」
誰も気づいてないと思っていた紗奈は、見られていた事に衝撃を受ける。
「そりゃ、見てるよ。俺は紗奈の彼氏だろ?」
悠はそう言いながら、ハンカチを水で濡らして患部に当てる。
「んっ……冷た」
「徒競走リレーは棄権しなよ」
そう言われると、紗奈も予想はついていた。悠は優しいから、紗奈の怪我を知ったら心配してくれる。やめた方がいいと諭してくるだろう。と。
それでも、紗奈は首を縦には振らない。
「やだ! せっかく四組の人、抜かせるようになったのに……」
「充分頑張ったでしょ。紗奈。怪我が酷くなる前に、実行委員に報告しに行こう?」
「…や」
紗奈は涙を溜めて、悠を見上げた。悔しくて、悲しくなってしまって、上手く声が出ない。
「頑張りたいのは分かってるから、紗奈。心配だから競技には出ないで欲しい。お願い」
悠は紗奈に視線を合わせるように、しゃがむ。お願いをする悠は、真剣そのものだった。
本当に心配してくれている。そう感じて、紗奈はただ「悔しい」と俯くことしか出来なかった。




