4.悪役令嬢の雇い主
「というわけだ」
アリアと結婚をした次の日、フレディは義兄であるライアンの執務室を訪れていた。
離れてはいるものの、魔法省も同じ王城の敷地内にある。フレディは仕事前に朝一番でライアンを訪ねたのだ。
「というわけだ、じゃないですよ……」
アリアが悪役令嬢になった話を聞かされたフレディは、ライアンに向かって溜息を漏らす。
「俺は……本物の悪女だからこそ、簡単に捨てられると思って……」
「捨てて良いぞ? アリーも承知の上だ」
アリアを愛称で呼ぶ義兄に驚き、フレディが顔を上げる。
「何だ?」
その視線に気付いたライアンが、ニヤニヤとフレディを見た。
「いや……随分、彼女と親しく……いや、信頼しているようですが……」
面白くない、といった表情を見せる義弟にライアンは誂いたいのを我慢して言った。
「彼女は悪役令嬢役を全うしてくれたからね。お陰で王女に近付いた令息の中で、王家にあだなそうとしていた家を炙り出すことが出来た」
「そんな危ない役目を?」
満足そうに話すライアンにフレディは不満そうに視線を向ける。
「もちろん彼女に影の護衛はつけていたさ。 彼女の名誉のために言うが、もちろんアリーは清いままだよ?」
「当たり前です!」
ライアンの言葉に、フレディはつい感情的に言葉を発してしまった。
思い出の女の子――フレディにとっては初恋であり、最初で最後の恋だった。その思い出をも汚されたようで苛立ってしまった。
しかしライアンはそんなフレディの態度を気にすることなく続けた。
「まあ、それで、彼女の役目は終わったから、報酬を渡してシュミット領に移り住んでもらおうと思っていた所だった」
それをフレディの女避け&王女避けのために悪役令嬢を続けてもらうことにしたのだ、とライアンが話すのをフレディはぼんやりと聞いていた。
昨日見せた、本当の彼女は、昔のまま、少し自信がなさげで、まくし立てながら話す所も、他人のためなら大胆になってしまえることも、その優しいアップルグリーンの瞳も変わらなかった。
『この女狐めが!』
『いいか、俺はお前を絶対に愛さないからな!』
ふと自分がアリアに言い放った言葉を思い出し、頭を抱える。
「俺は……なんて酷いことを……」
後悔しても遅い。知らなかったとはいえ、大切な思い出の女の子に暴言を吐いてしまった。
「気にすることないぞ? アリーも仕事だと思って悪役令嬢になりきってるんだからな」
フレディの心の内を知らないライアンは、笑いながら気にするな、と言う。
フレディは思わず元凶になった人物――フレディをキッと睨んだ。
「姉上まで巻き込んで……彼女に何てことを……」
「……やけに突っかかるな? お前、アリーの噂を信じて軽蔑してなかったか?」
「そもそも、何故最初に教えてくれなかったのですか!」
「聞かれなかったからな?」
後悔の念に苛まれるフレディは義兄を責めた。だがそんなフレディの気持ちを知らないライアンは、あっさりと答えた。
「何だ? どうした? 悪女の方がやりやすいと思ってアリーを送ったんだ。女嫌いのお前が何をそんなに気にしているんだ?」
怖い顔のフレディにニヤニヤと話すライアン。「アリーを気に入ったのか? 女嫌いのお前が?」と聞いてきそうな勢いだ。
「彼女は……」
説明しようとして口を閉ざす。
フレディにとっては大切な想い出。あの忌まわしい公爵家を出て、魔術学院の寮を出て、魔法省の局長になるまで人を、特に女性を寄せ付けず生きてきた。
四年前、たった一度、触れた女の子以外は。
フレディが黙ってしまった所で、執務室のドアがノックされた。
「お、来たかな。入って!」
ノックの主をあらかじめ知っていたライアンは、声を張ってドアに返事をした。
「お待たせ。アリーちゃんは来た? ……あら?」
ドアを開けて入って来たのは、姉のレイラだった。
「姉上……? なぜここに……」
「それはこっちの台詞よ。アリーちゃんはどうしたの?」
フレディの問に、レイラは片手を頬に当て、首を傾げた。もう一方の手には大きなトランクケース。
「姉上……シュミット公爵家を出て行くつもりですか」
「そんなわけないでしょ!」
大きなトランクケースを見て真面目に心配したフレディは、姉から頭を叩かれる。
思い出の女の子に出会うまでは、姉は唯一触れられる女性だった。
「これはね、アリーちゃんのよ!」
「あの子の……?」
叩かれた頭を抑えながら、フレディは、そういえば悪役令嬢の姿を作ったのは姉だったと、ライアンの言葉を思い出す。
「アリーちゃん、完璧な悪役令嬢だったでしょ?」
何故か嬉しそうに話す姉にライアンは苦笑する。
「ええ……昔の彼女だと気付かないくらいに」
「フレディ、どうしたの?」
自分を揶揄する弟の姿に、レイラは心配そうな表情を見せた。
昔、あの忌まわしい家から救ってくれたのは姉だった。ライアンも力になってくれたので義兄にももちろん恩義を感じている。しかし、フレディが素直になれるのは、やはり姉だけだった。
「彼女は――……俺の女神なんです」
覗き込むレイラに、フレディは苦しそうな表情で言った。
そんな弟の頭を撫でながら、レイラはフレディをそっとソファーまで連れて行った。